112話 レジスタンス
希が執務室を後にする。その時に緊張の糸が切れたのか、天舞音は脚の力を全て抜いて椅子に勢いよく腰掛けた。
「はぁーっ! 本っ当にびっくりしたよ!」
「……ふふっ、そうだね」
椿は彼女に倣って肩の力を抜く。──と同時に、何事も無かったことに安堵する。
しかし、菫は未だに表情を険しくしたままだった。
「……さっき翔が言ってた『そんな人には思えない』って何?」
「答える。さっき自分で言ってたように、希は戦闘は好まない人。だから、単身で敵地に身を乗り出すような行動をするはずないんだ」
「じゃあ、皆はなんでそんな安心してるの? そんな行動をしたんだからもっと怪しむべきでしょ。あの人が外で能力とか伏兵を使ったりして、今から攻撃することはないの?」
彼女の言い分も一理ある、と椿は思った。
もし希がそんな人だとしたら、『優貴の職場だった所を見たかった』と誤魔化して何か企んでいる可能性がある。
しかし彼女の言葉を受けた翔は、柔らかく首を横に振る。
「推測する。多分、それはないと思う。彼女がここを攻撃すれば、警視庁もさすがに黙ってない。それは戦争後に言っていたRDBの行動理念である、『仲良く共存』と逸れちゃう気がする。──まあ実は、彼女がここに来た理由は分かる気がする。だって……」
「……だって?」
「──だって、彼女は極度の『親バカ』だから」
彼の一言で辺りがしんと静まり返る。
それは否定の静寂ではなかった。むしろ納得の静寂だ。
今思い返せば、希は優貴のことを中心に話していた。
「……あぁ、うん。何となく理解できた」
菫は、あまりにも分かりやすく呆れた顔を見せた。
あの傍若無人であるRDBの幹部に人間味を感じた、貴重な時間だった。──椿はそう思うことにした。
*
彼女が退出してからおよそ二時間後のことだった。突然、執務室の扉が開いたのは。
「皆、大丈夫!?」
扉の奥からそんな声が聞こえた。か弱い小鳥が叫んだみたいな声が。
その正体は、椿にとってもはや馴染み深い人物だった。
「サ、サーシャ!? どうしてここに──」
「どうしてもこうしてもないよ! 希が来たんでしょ? 何かされてないの!?」
彼女は珍しく焦った表情を見せている。
他の班員とは顔すら合わせたことがないというのに、その者らを心配するのは恐らく偽りのない彼女の優しさだろう。
「大丈夫さ。あいつはただ、優貴の元職場を見たがってただけらしいよ」
サーシャとは打って変わって、聖華は妙に落ち着いた素振りを見せた。
もはや聖華だけでなく、ほとんどの班員が戦闘態勢をとることは無かった。全員がレジスタンスであるサーシャの存在を知っているからだ。
唯一、戦闘態勢を取ろうと立ち上がる和也も、周りを見てすぐ椅子に座った。
「そ、そっか。まあ、あの人ならそうするだろうね。……さっそく本題に入るけど、君たちに紹介したい人がいるんだ。入って来て」
苦笑いのサーシャがそう言うと、取締所と外を繋ぐ扉から人影が二つ見えた。
その人影はやけに──疲れているように見えた。
「はぁっ、はぁっ……ちょ、サーシャ、速すぎだってばぁ……!」
「……帰りたい」
二人はそんなことをボロボロ言いながら、執務室に入る。
「もうっ! 可能性を変えられる身にもなって考えてよっ! いくら速く着くとは言っても、死んじゃったらダメでしょ!?」
「二人はこのぐらいで死なないから大丈夫だと思ったから、『ここに時間通り着く可能性』を限りなく大きくしたけど……ダメだったかな?」
「ダメだよ! ダメダメのダメージジーンズだよっ! おかげで体力無くなっても走り続けることになったんだよっ!」
「……の、割に元気そうだね。さすがアイドル」
サーシャの言葉に頬を膨らませて、彼女はパタパタと地団駄を踏む。
ラメ入りの短いスカートにフリルが多めの白いトップス、金色の短いツインテールが特徴的な女子だ。純粋なハートを連想させるほどに、明るい桃色の眼がキラキラと光っている。
『アイドル』と言われても納得するほど、彼女からはそんなオーラが発せられていた。
「あれ? もしかして……シャイニさん!?」
「あっ、私のこと知ってる人がいた! 嬉しいなっ! あ、そうだ! ね、後で連絡先交換しよ!」
「美羽さん、知ってるの?」
「むしろ知らないんですか!? 色んな番組に引っ張りだこの、あのシャイニさんですよ!?」
美羽は『シャイニ』という女子に影響されたように、少し大げさに驚いた。
芽衣や菫、天舞音、翔までも知っているようで、椿の発言に目をぱちくりさせている。
「うっ……何だか冷たい視線が」
「だ、大丈夫だよ班長。あたしもさ。はあ、テレビ見ないツケが回ったねえ……」
「すまん! 知らん!」
聖華と和也の反応も見たサーシャはちょうど良い機会だと、半ば呆れ気味に話し始めた。
「……じゃあ、とりあえず自己紹介と能力の説明を」
「はーいっ! RDBのラッキーガールこと、シャイニでーすっ!! 『賭博罪』っていう、その時の運によって色んな力が出る能力です! よろしくねっ!!」
もしこれが小説だとしたら『!』が多くつきそうな元気の良さが、彼女の性格の大部分なのだろう。
さらには、まるで太陽のような明るく可愛らしい笑顔。テレビで大人気なのも頷ける。
「まあ、本名は枕木恵子。純正日本人だよ」
「ちょっと、サーシャ!?」
恐らく既出情報ではないのだろう。なので美羽は「そうなんだぁ……!」と関心を抱いていた。
サーシャは続いてもう一人のほうを指さす。
「こっちは『バードルード』。本名は無いから自分でつけたらしいよ。……せめて自分で言ったほうがいいと思うんだけど?」
「──皆、こっちを見てる。怖い、怖い……」
「……とまあ、こんな性格。『外国国章損壊罪』っていう能力を持ってる……らしいけど、能力も教えてくれないから分からないんだよね」
「あっ、ううっ……」
彼の顔はやせ細っていて、体型は黒い大きなジャンパーによって隠されていた。蒼い目は常に泳いでいて、肌は青白く染まっている。
聖華はその二人を見てから、落ち着いたままサーシャに尋ねる。
「……結局、この二人はあんたの何なんだい?」
「この二人こそ、正しくレジスタンスのメンバーだよ」
「えっと……もしかして、今のレジスタンスは三人なのかい?」
「いや、あと五万人くらいは──」
「さすがに嘘だねえ」
聖華はぎこちなく笑う。
サーシャはため息をついて、「この三人だけだよ」と話し、紹介を終えた。
遅くなり、申し訳ございません。
ご愛読ありがとうございました。次回も宜しくお願いします。