111話 執務室への訪問
聖華と和也が優貴と闘った二週間後の話。
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聖華と和也が届称らと話をした二週間後のこと。
一人の少女が三つ編みのツインテールを揺らして、恐る恐る執務室の扉を開ける。
「……あ、えっと──報告した通り、ただいま帰還しました。その……今まで来れなくてごめんなさい」
「あ、芽衣ちゃん! おかえりなさい!」
芽衣は怪我をしたことによる叱責を覚悟していた。しかし、美羽の声を聞くと鼻の奥がツンとする痛みに襲われる。彼女の声が曇天に差し込む太陽のようだったからだ。
美羽を含めた全員が芽衣を責める素振りはなく、むしろ『もう大丈夫なのか』と心配する顔をしている者も居た。
「────はい!」
自分でも分かるくらい、強がって張り上げた声だった。雲を隠すような、そんな返事だ。
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「あっ……えっとその、何と言うかぁ……」
「大丈夫さ。あたしらも何がなんだか分かんないんだ。──あ、翔さんを除いてね」
芽衣は四人の学者からの情報を聞いた。『無法騒動』、『七人の学者』、『能力の伝染』、『青いマフラー』……どれも常識に反するものだ。
当然、全て聞かされた彼女の結果は大混乱。頭の中に情報の竜巻が起きている。
少し整理できたところで、芽衣はあることに気がついて疑問を持つ。
「……でも能力の伝染なんて、どうしてそんなことを?」
「それは──あれ? 確かに変だねえ。目的がハッキリしてない」
聖華は思わず翔の方をチラリと見る。しかし翔はジトっとした目で、口の前に指でバツ印を作った。
「やれやれ、それも七分割の真実の一つかい。残る三人の学者に聞くしかないねえ」
聖華は呆れ気味にそう呟く。
この『真実を知る行為』にはたして意味はあるのか……。翔を除いた全員が、そう悩んでいた。
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「……おかしい」
椿はふと口に出す。
話が始まると思ったのか、聖華は頬杖をすると同時に彼の方を見る。
ふいに出た言葉だったが、彼女が椿を見るので話を続けることにした。
「最近、RDBの活動が激減している気がする。……あちらにトラブルがあったのか? それとも、もっとこう──意図的に減らしてるのか?」
「あぁ確かに。あたしが最後に闘ったのなんて、二週間前の優貴としたときだねえ」
天舞音はその話に興味を持ったのか、パソコンの作業を中断して二人の方を向く。
「でも確か、RDB以外の犯罪が増えたんじゃなかった? ほら、あの戦争が終わった直後は全く無かったのにさ」
「そう、だね。……ん? もしかしてRDBの目的って──」
──スーパーボールがスキップしたかのようなの音。
それは正しく、執務室の扉がノックされた音だった。
この扉がアポもなしにノックされるのは極めて稀だ。たまに立ち寄る京之介の可能性はない。彼はノックしないからだ。和葉はノックをするものの、してからすぐに扉を開ける。
この音が鳴ってすぐに扉が開かないので、どちらでもないことが分かった。
椿は聖華と天舞音、その他全ての班員にアイサインを送り、左手袋を口でつまんで机に落とす。
「……どうぞ」
扉が嘘のように静かに開く。それに準じて、扉の奥から彼女の存在が見え始める。
──赤い、存在が。
「……『初めまして』、じゃのう。取締班員の方々」
「っ!?」
彼女の存在が浮き彫りになる前に、翔は反射的に椅子から立ち上がる。彼は強ばった口ぶりで喉を揺らす。
「っ……なぜ、君がここにいる? 何をしに来たんだ、希!」
「まあ、そう慌てるでない。久しぶりの再会じゃ、思い出にでも浸ろうではないか。のう、リアム」
「リアム? それって……翔の本名じゃないか!」
「それに希って確か……上浦希、優貴くんの実母だったよね?」
聖華と椿の言葉に、班員は戦闘態勢をより強固なものにする。
「そんなにわっちを怖がらなくてもよい。何、ちょっとした偵察じゃよ」
「質問する。僕には君がそんな人だとは思えないけど? 本当は何が目的なの?」
「む、バレておったか。まあ、本当の目的は──ただの暇つぶしじゃ」
その言葉を聞いて、翔は緊張を緩めることはなかった。
「暇つぶし、とか言っておいて暇より先にあたし達を潰してくるのかい?」
「元より闘うつもりはないと言うておろう? わっちは闘いを好まん」
「よく言うねえ。あんた達のおかげでどれほど苦労してると思ってるんだい!」
「……まあ、わっちは構わぬ。だが、お主らは知りたくないのか? 『優貴の異変はなぜ起こったか』を」
その言葉に、その場の班員は心をざわめかせた。特に気になっているであろう美羽は、緊張しつつ落ち着いた口調で聞く。
「……どうやったら、聞かせてくれるの?」
「わっちに何も危害を加えぬと約束してくれたらじゃ。当然わっちからも手出しせん」
「……分かった、話を聞こう」
椿の言葉を合図に全員、戦闘態勢を少しだけ緩めた。
「助かるのう。……とは言っても簡潔じゃ。優貴をああさせたのは、わっちじゃ」
「何だと……?」
「まあそう怒るでない、和也。どちらかと言えば、あれが本当の優貴じゃよ」
「……どうしてそんなことするの? あんたは優貴のお母さんじゃないの?」
菫の問いかけに、希はウインクして答える。
「当然、優貴を愛しておるし、母親として守ってやりたい。じゃが、子の望むことを叶えてやりたいというのも親心だと思わぬか?」
「優貴くんが、自分から望んだって言うの?」
「まあ、語弊はないのう」
美羽は彼ともう一度話したい、と思う。それほどまでに、彼女にも優貴という存在が分からなくなってしまったのだ。
「まあ、わっちの本当の目撃は優貴が育ってきたこの班を一度見てみたかっただけじゃ。……よほど、愛されておるのう。感激じゃ」
そう言うと彼女は、赤い着物を翻しながら踵を返す。
本当に危害を加えずに帰ろうとする彼女を、班員らはただ見送るしかなかった。
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