108話 青いマフラー
眼音は『青いマフラー』について話し始める。
青いマフラー、それは全くの他人が聞いても何のことかさっぱりだろう。
しかし眼音の言う『青いマフラー』に特別な意味が込められていることを、聖華は察する。
「青いマフラーねえ……。もちろん、ただのマフラーじゃないんだろ?」
「はい。聖華さんと和也は、実際に優貴くんが付けているところを見てますよね?」
「うぅーん? ──そういえば、付けてたような気もしなくもないな!」
和也は顎に手を当てる仕草をすると、晴天のような明るい声を出す。
「先程夫が話した『謎の宝石』、その余りの一部を毛糸に吸収させて、マフラーとして編みました」
「ちなみに、なんでそれを編んだんだい?」
「マフラーを編んだのは、宝石が持つ無生物への有用性を見る実験のためでした。生物──特に人体への反応は夫が話しましたね。しかし無生物に能力が宿るのかは不明でした。もし宿れば、暮らしや社会がもっと豊かになる発明品を作ることができます。裏を返せば液体を実験で使わずに、その発明品を作るまで保存しなくてはいけないと考えたのです」
眼音の話を聞いて、和也は今にも頭を抱えそうな勢いだ。
聖華は彼に、眼音の話を簡潔に伝えることにした。
「人間が宝石を飲むと能力が出るけど、じゃあ毛糸とか生きてないやつに宝石をつけるとどうなるか。それを確かめるためにマフラーを作ったってことかい。もし生きてないやつにも能力がつけば、例えば火が出る剣とか作れるから大事にとっとこうって話だね」
「おお、なるほどな! 何となく分かった!」
「ご、ごめんなさい。専門的な話になるとつい周りが……」
眼音は手で顔を覆う。彼女にとったらそれなりに恥ずかしいようだ。
気を取り直すように咳払いを一つすると、彼女は自然な表情で話を続けた。
「ちなみにマフラーだった理由は、液体を使う量がちょうどよかったからです。他の実験用に液体を保存するとなると多くは使えない。だからと言って極端に少なくしても、効果が表れたか確認しづらいですからね」
「それにマフラーだったら、身につける以外にも色々役に立ちそうな形だからねえ。して、どうだった?」
「結論から言うと……ダメでした。マフラーに能力はつきませんでした」
聖華は内心驚いた。優貴が身につけていた理由が、まさに他の能力が使えるためだと思ったからだ。
「それじゃ、結局あれはただのマフラーだったのかい?」
「いえ。確かに能力はつきませんでしたが、代わりに『能力を増強する効果』があることが判明したのです」
「能力を増強……例えばあたしがマフラーを巻いたら、障壁の強度が上がったりするのかい。それは欲しいねえ」
眼音は眉を八の字にして、悲しそうに首を振る。
「実際に巻いた方が一人居ます。その方が能力を使うと同時に制御ができなくなってしまい、そのまま『自分の能力に取り込まれてしまった』のです」
「……そいつの名は?」
「ルドラです。──実験として彼が『青いマフラー』をつけた途端、寄生体に身体を乗っ取られました。それ以降、話す言葉も意思もボロボロになってしまい、元に戻すことはできませんでした」
彼女の言葉の端々が揺れていた。話し終わると同時に、彼女は目元を見せないように俯いてしまった。
届称がそっと、彼女の背中を撫でる。そんな彼もまた、眉間にシワを寄せて目を閉じていた。まるで当時のことを思い返して悔やむように。
そんな二人の様子が、当時の七人の科学者の中で、ルドラの人望がどれだけ厚かったかを物語る。
聖華は「……そうかい」としか話すことができなかった。和也も口を閉ざしてしまった。
「……ごめんなさい。とにかく、そのマフラーの危険性を考慮して処分しようとしました。しかしそのマフラーはなぜか破壊も焼却もできませんでした。なので、箱に入れて保管することにしたのです」
「それを優貴が手に入れたのかい? なんか腑に落ちないねえ」
「私や夫も、彼がここに尋ねてきた時に問いただしました。『それをどこで手に入れた』って。それに対して、彼は何も言うことがありませんでした。ただ能力を制御しているのを見るに、恐らく偽物じゃないかと思っています」
「偽物……可能性は無くはないね。だとしても目的が分からないけど──ま、あいつ自身に聞いてみるかねえ」
聖華は体を伸ばして疲れを解す。
「ごめんなさい、疲れましたよね? こんな内容の濃い話を聞き続けるなんて」
「まあ、ちょっとね。後、何か情報はあるかい? できることなら一気に知りたいからねえ」
聖華の問いかけに、届称と眼音は各々で考える素振りを見せる。
少しした時に、眼音が口を開く。
「……あっ、そこまで関係ないですが──情報を七分の一しか言えないようになったのは、紛れもない私の能力のせいです」
「ん? じゃあ今それを解除したら、わざわざ残りの奴に聞かなくてもいいんじゃないのか?」
「いえ、できません。なぜできないのかは長くなるので、簡単に言いますね。一つの絵の具Aがあって、それと何種類かの絵の具をぐちゃぐちゃって混ぜたら、そこから元のAに完全に戻すのは難しいですよね?」
「……さっきから思ってたんだけど、あんたってもしかして説明下手くそなのかい?」
聖華は呆れ顔で言い放つ。それを聞いた眼音は、「ううっ」と頭を抱える。
「そう、そうなんですよ! でも間違っては無いはずだし……どうしたら上手く伝わるのでしょうかぁ」
「まあ、あんたの例に沿って聞くけど、そのAに戻すのは厳しいのかい?」
「できなくはないのですが……今からすると五年はかかりますね」
「なっがいねえ! だから、残りの奴らに話を聞いた方が手っ取り早いってことかい」
眼音は大きく頷く。
「そうだな……すまないが、私からは何もないな。ただ──」
届称はポケットから何かを取り出し、机の上に置いた。
「これを持って帰ってくれていい」
「これは……ボイスレコーダーかい? 確かに、忘れた所もあるはずだから助かったよ! ありがとね!」
その返事を聞いて、届称は頬を緩めた。
*
「にしても、怖いもの知らずかと思ってた聖華さんが、まさか虫が苦手だなんてな!」
「こっ、こら! それ、誰にも言うんじゃないよ! ……そういや、このボイスレコーダーにもその会話が入ってるんだよね!? なんとか菫に頼んでそこだけ消してもらうとするかねえ……」
聖華は焦ったように口を動かし続ける。
最初は彼女の反応を見て笑っていた和也だったが、車が見えると、この先に待ち受ける地獄を思い出して顔を青ざめさせた。
今週の水曜日18時にも投稿したいと思います。
ご愛読ありがとうございました。次回も宜しくお願いします。