107話 罪の能力
届称は聖華に『罪の能力』について話す。
「罪の能力が……伝染だって?」
聖華は疑り深い目で届称を見る。しかし、彼が嘘をついているように思えなかった。
信憑性を増やすように届称は話し出す。
「元々、罪の能力とは作られたものなんだ。二百年前にね」
「二百年前……っていうと、無法騒動の時だねえ」
「私たちはある者から送られた、『謎の宝石』を溶かして飲むことで能力を手に入れた。なぜそれで能力を手に入れられたのかは、今となっては分からずじまいさ」
聖華は届称の話を聞きつつ、腕を組んで目を閉じる。
届称が勘違いしてしまうだろうが、決して寝ているわけではない。今日の記憶を思い出そうとしているのだ。
今日はあまりにも情報量が多い。そのため一日なわずかさっきのことでもアウトプットが遅れてしまうのだ。
「……聞いているのか?」
「ああいや、悪いね。少し今日のことを思い出すのに時間がかかった」
「ん? 今日のこととは一体なにかな」
「菫の能力で翔の記憶を写真で見たんだ。その中に確か、精霊みたいなやつが男に宝石を渡してる場面があったんだ。もしかしたらそれなんじゃ、と思ってねえ」
届称は目を丸くした。記憶を伝える術として、まさかそんな方法があると思わなかったからだろう。
彼は頬を緩めると同時に両手の指を絡ませる。
「なるほど。確かに一日でそれを全て知るとなると、情報を処理するのに時間がかかるわけだ。だが、おかげで話を進めやすい」
届称が話始める時に、ちょうど眼音は彼の隣に腰掛けた。
「和也、思ったより軽症でしたよ。『暴行罪』の能力はやっぱり凄いですね」
「そうか。それは良かった」
二人は顔を見合わせて、安堵を表す笑みを見せ合った。綿毛が風に乗るような空間が広がり、二人や聖華に安らぎを与える。
聖華はそんな二人を見て、自然と口角が上がる。
「二人はやっぱり心配なんだねえ。親心ってやつかい?」
「当たり前だよ、そもそも今も和也が生きていてくれている。それだけでもどれほど嬉しいことか」
遅れて聖華の隣に腰掛ける和也は、誰にも顔を見せないように顔を逸らしている。しかし、赤らむ頬までは隠せなかったようだ。
それを捉えた聖華はごみ捨て場を見つけたカラスのような、そんな意地悪でずるい笑みを浮かべる。
「よほど心配されてたんだねえ。死ねない理由が増えたんじゃないのかい?」
「か、からかうなよっ!」
和也は何度も彼の体をつつく聖華の肘を払う。
彼女はその反応を見てけらけら笑う。
「ま、あんたの傷が深くなくて良かったよ」
「逆に、聖華さんも一回蹴られたのに平気なのか?」
「あいつが手加減したからねえ。変なとこで気使うのは──なんというか、らしいね」
聖華は「悪いね」と言って、届称に話を促すハンドサインをする。
「いや、少しでもこんな時間が過ごせるのが幸せだよ。だけど、話はしないとだめだな」
彼は座り直して二人の方面に体を向ける。それを合図に緊張感を張り巡らせる。
「さっき君が言った、その宝石で私たちは能力を手に入れた。信じられない気持ちも分かるが、実際に起こった以上信じてもらうしかないね」
「真実ってのを知るなら、そういった妥協もしないとだね。うん、そうするよ」
聖華は半ば強引に、自分に言い聞かせた。
届称は彼女の言動に苦笑いをするも、気を取り直して話を続ける。
「まあ、こうして私たちは原初の能力者となったわけだ。しかし今、この世界にいる罪人らはそんな簡単な理由で成るわけじゃないね?」
「人を殺したっつう強い罪悪感だろ?」
「その通りだ。そこで私たちはルドラの能力を使った。能力の元となる寄生体を空気中に流し、全人類に取り込ませた。寄生体同士で繁殖もするから、空気中には常にずっと寄生体がいる。だから次の世代にも罪の能力が発現するんだよ」
聖華の背筋が凍りつく。寄生体という言葉の響きが生理的に受け付けなかったのだ。
「……そんな引きつった顔をするのも当然だね。だけど君たちが使っているその能力こそが、寄生体から発せられる──代謝のようなものだよ」
「寄生体っていうのはどこにいるんだい? 頭?
それとも心臓?」
「……聖華さんもしかして、虫が嫌いな──」
「ば、馬鹿言え。そんな訳ないだろ、いい加減にしな」
聖華は和也を睨む。しかし和也は、彼女の震える手を見て確信してしまった。
「はは……よく皆に今までバレなかったな」
「ま、まあ私も虫は苦手ですから気持ちは分かりますよ……?」
「でも安心してほしい。寄生虫じゃなく寄生体だ。虫のような形はしてないよ」
「虫でもそうじゃなくても嫌だけどねえ……あ、違う、えっと──そう! それを全世界の罪人が知ったら嫌がるだろうなって話だよ!」
自爆した。
「──話を続けよう。君の質問に答えると、寄生体は脳にいる。人が強烈な罪悪感……それも、人の死に対するものを感じると、それを養分として成長する。寄生体は脳神経や細胞に住み着いているから、人の感情や記憶も刺激を頼りに判別してる」
「うへ……」
「ちなみに使用許可証は寄生体が育つときに見せている幻覚の一種だよ。最初の方だとよく見えないが、寄生体が成長すると見えるようになる。そして寄生体が脳で判別してるから、宿主がその時に欲しがったものによく似た能力を使用できる。大まかに言えばそんな理屈かな」
「じゃあ、あたしはどうやって能力を手に入れたんだい!?」
聖華は震える声を隠すために、声を張り上げて話す。
「そうか、君はあの実験の被験者だったね。あれはルドラが担当してるらしいから、私も詳しいことは分からないよ。別の寄生体を入れて相互反応させてるか、頭を開いて手術しているか……」
「──今つくづく、聞かなきゃ良かったって思ってるよ」
「でも、そんな都合のいい寄生体っているのか?」
「……それがルドラの能力、『堕胎罪』なんだよ。都合のいい寄生体や生物を作り出す能力がね。って言っても、一応制限はあると聞くが」
「なんか厄介そうだな」と和也は眉間にシワを寄せる。
「まあとにかくだ。私は『能力がどのように作られ、伝染したか』を話したよ。これ以上私からは話せないから、次は眼音からよろしく頼む」
「……聖華さんは今の状態で聞けますか?」
「ああ、なんとかね……」
聖華はまさに、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
眼音は口に手を当て微笑する。その笑顔を一瞬で無くし、彼女は口を開く。
「分かりました。私からは……『青いマフラー』についてです」
ご愛読ありがとうございました。
次回も宜しくお願いします。