105話 再再会
『来客』──優貴は、和也と聖華に会うとそっと微笑んだ。
優貴を見たとき、和也は気だるさなどどうでもよかった。
『再会の喜び』や『生きていたことへの安堵』以上に、『彼が放つ唯一無二の絶望感』がより、和也の心を深く抉った。
「奇遇じゃないか、優貴。今まで何をしてたんだい?」
口調こそ明るかったものの、聖華が臨戦態勢を解くことはなかった。
「すみません、聖華さん。用事があって外してました」
「退職届が出てないのを見るに、いつかはこっちに戻ってくる──って思っといてもいいのかい?」
「……今のところは、なんとも言えないですね」
聖華の口ぶりからして、彼女は優貴がRDBに入っていることは勘づいているようだ。
それは和也も同じだった。彼は聖華とは違い、真っ直ぐに疑問をぶつける。
「なんで、RDBに行ったんだよ。取締班じゃ、ダメだったのかよ」
「和也──俺は……そこに居るべきじゃないって思っただけだ。俺の意志は関係ない」
「じゃあ、お前はどっちが────ぐっ!?」
和也の腹に、鈍痛が襲いかかる。
彼の体は水切りの小石のように、地面と触れては離れを繰り返して吹き飛ぶ。背中と地面の摩擦によって、ようやく停止した。
「和也っ! あんた、随分と物騒なこったねえ」
「これでも、RDBとして振る舞わないといけないので。でも安心してください、殺しはしません」
優貴は聖華にも、容赦なく拳を振りかぶる。聖華は数歩後ろに引き、道中で右足を踏み込む。
「《発動》!」
聖華と優貴の間に、二つもの障壁が展開される。彼の拳はその障壁に防がれることになった。
「あたしたちが、大人しくやられるとでも?」
「ふっ、でしょうね」
優貴は微笑した。その口元を隠すように、左手で首元の青いマフラーを上に伸ばす。
余った右手の指を全て折り曲げ、手のひらを隠す。そしてその拳を腰の上で構え、腰を浅く落とす。多少違えど、その様子はまさに正拳突きの構えだった。
「【堕罪の反抗】」
正拳突きの中段のように殴る。
ただ、そこに『暴行罪』が加わっている。結果としてその威力は、聖華に予想できないほど強烈なものになっていた。
障壁を、二枚同時に壊したのだ。
「すみません、聖華さん」
優貴は右腕を伸ばした勢いを回転力にし、聖華に背を向けると、左脚で聖華を蹴り飛ばす。
「がっ……!」
和也ほどではないものの、聖華も地面に倒れ込んだ。
聖華と和也は互いに顔を合わせると、錆びたような体を無理やり動かして立ち上がる。
「優貴……お前、俺を殴るのはいいけどよ、聖華さんを殴るのは違うだろ。お前、散々世話になったんだろ?」
「確かに、聖華さんは色んなことを教えてくれた恩師でもある。戦い方の基本、基礎体力を付けるためのトレーニング、そして実践練習。どれも、かけがえのない時間だ」
「だったら──」
「だけど、話は別なんだ。聖華さんに習ったとはいえ、聖華さんに手を抜かないって話じゃない」
優貴は冷酷にそう告げた。しかし和也は、優貴の奥底に秘める思いを肌で感じ取っている。
「嘘つくなよ、お前が苦手な蹴り技じゃねえかよ。俺にだって、あんなへなちょこみたいな拳で殴ったじゃんか」
「──殺さないって言ったからな」
優貴は顔を背ける。
「……あたしはね、優貴。あんたが強くなって欲しいから色んなことを教えてきたんだよ。でも、今になって後悔してるよ。あんたを強くさせるべきじゃなかったって」
「聖華さん、優貴にだってなんか理由が──」
「理由とか知ったこっちゃないね!」
和也は聖華の顔を見る。
「理由はどうであれ、あいつはRDBとして行動するって言ったんだ。だからあたしら取締班は、全力であいつに抵抗しないといけない。これが……元仲間としての、あたしなりの決意なんだよ!」
彼女の顔も声色も、怒りと悲しみが混ざっている感情を表している。
だがその混ざった感情は、優しさのような温かみがあった。
遅れてしまい、申し訳ございません。
ご愛読ありがとうございました。次回も宜しくお願いします。