104話 来客
(この話は先週の水曜日に投稿した話、『真実の写真』の続きです)
班員たちは、翔の記憶を映した写真を見て戸惑いを隠せずにいた。
精霊のような物体、怪しく光り輝く宝石、どれも言葉なしでは分からないものばかりだった。
考察しようにも、常識という枷が外れない。だが枷がついたままでも、ある程度は情報を得ることができた。
「ちょいと、この写真の女の人見とくれ。多分、眼音だろ?」
「うん、間違いないね。彼女のお腹も膨らんでるから、この後に和也くんが産まれたのかもね」
「ねえねえ、みんな。こっちには白い髪の女の子がいるよ。この子のこと翔くんやサーシャが言わなかったから、相当重要人物なんじゃない?」
「残りの五人の科学者のうち、誰かがその情報を持ってるってことですよね。届称さんと眼音さんのどちらか一方が持ってればいいんだけど……」
一見すると冷静に分析を進めているように見える彼らだが、全員が困惑を隠せずにいた。
またその間、和也は無言だった。まだ自分の生い立ちを信じきることはできずにいたのだ。
だが無言であるそれ以上の理由は、自分に苛立っていたからだ。
「悪いみんな。俺がその時のこと覚えてたら良かったんだけど……っああ、もう! なんでこんな大事なことも覚えてねぇんだよっ!」
和也はそう言うと、自分の頭を何度か叩く。
「だ、大丈夫だよ! 落ち着いて、和也くん。思い出したらその都度教えてくれればいいから。だから自分を責めないで、ね?」
「美羽の言う通りだよ。そんなに自分に怒ってるエネルギーがあるなら、今日の分のトレーニングをもっとハードにしてやろうかね?」
美羽と聖華の励ましで、和也は我に帰った。
「そう、だよな。俺がまだ思い出せなくても──」
和也はその後の言葉をそっと伏せた。
──優貴、お前は思い出したんだろ? だから、俺がまだ思い出せなくてもお前から聞けばいい。
彼は心の中でそう思っていた。
「提案する。これだけじゃ分からないから、届称と眼音にも聞いてきて。七分の四も集まればある程度考察できるはずだから……」
翔の声のトーンは落ちている。そう言ったのは、班員の混乱を解消したいからだろう。
椿は処理できない情報を頭の片隅に置く。
「翔くんの言う通り、二人に話を聞きにいこう。ここで頑張って考えるよりは、きっとその方がいい」
「それもそうだねえ。ただ今回は、前と違って戦う訳じゃないから人数は絞った方がいいかもねえ」
「──それもそうだね。じゃあ二人で行くとして……」
彼はぐったりと横たわっている妹の方を見る。
「班長はここに居ていい、あたしが行こう」
「いやでも、この中で車を運転出来るのは俺しか──」
「何言ってんだい、あたしだって免許は持ってるさ」
椿は他にも何か言いたげだったが、聖華はそれを無視した。
「ま、あんたが京之介や和葉、他の人を巻き込みたくないって気持ちは分かってるつもりだ。だけどあたしの運転が信用ならないなら、その二人に連絡取ってもいいよ」
「……いや、聖華さんの運転で行こう。──よし、そしてあと一人は誰が乗る?」
椿は取り繕った笑顔を見せる。
一人を除く班員は、嫌な予感がして顔を逸らす。
和也が手をあげる。
「俺、行ってもいいか? ……もしあの二人が俺の両親なら、会ったら何か思い出せるかも」
「よし! じゃあ早速、あんたの両親のとこに行くよ! 準備しな!」
聖華は間髪入れずに力強い声を出す。
天舞音は和也に「ご武運を」と声がけした。
*
「よっし、着いたね! ……おっ、椿の運転よりも早く来れたんじゃないかい?」
聖華はそう言って運転席から降り、爽やかな笑顔で体を伸ばす。
「ん? 和也?」
聖華は車の外から助手席を覗く。そこには青白い顔で意気消沈している彼の姿があった。
和也はどうにか魂を戻すと、震えた腕で助手席のドアを開ける。
両親のことが頭から飛びそうなほど、彼女の運転は非常にパワフルだった。
掠れた、それこそ死んでしまいそうな声で話す。
「あ、RDBの奴らを、車に詰めて運転したら……全部解決するぞ」
「ん、どういう意味だい? ああ、車酔いしたのかい。中に入ったら少し休んでな」
聖華はそう言って豪快に笑う。そのテンションのまま、インターホンを一回押す。
しばらくして出たのは、眼音だった。
「ご、ごめんなさい。今来客がいまして……」
彼女の声は、おどおどとした揺らぎを見せている。そして緊張しているからなのか、声を裏返らせた。
なにより、いつもは冷静を見せている彼女に似つかわしくない、日本語の不適切さ。
聖華は緊急事態だと確信した。
「罪人取締班の聖華だ、何があった? 助けがいるなら門を開けてくれ!」
「いえ、助けというより──え? 帰るって……」
眼音の音声はそこで途絶えた。それと同時に門が開く。
少しだけ体調を元に戻した和也は、聖華に問いかける。
「何が、あったんだ?」
「さあ、あたしにもさっぱりだ。とりあえず、家の中に入──」
聖華は声を詰まらせる。恐怖から、彼女の動悸が早まる。
眼音が怯えたような声を出すはずがないからだ。翔があんなに評価していたあの眼音が、だ。
彼女は次に、門の奥からある気配を感じ取った。不確かで奇妙なほど、おぞましい気配を。
本能が臨戦態勢を取れとうるさく叫ぶ。この先にいるのはよっぽどの強敵だ、と言わんばかりに。
和也も同様、ある気配を感じ取った。不穏かつ安心するような、そんな不思議な気配を。
ろうそくは頼りない光を放つ。なので、奥の様子を見ることはできなかった。
だが『来客』の足音が近づくにつれ、その正体が次第に明らかになっていく。
灰色のスーツ、黒に近い靴、そして青いマフラー。
『来客』がゆっくり顔を上げるのに対し、二人は目をゆっくりと開いて動揺を示した。
『来客』は、口元を覆っていたマフラーを下げる。
「……久しぶり、だな」
『来客』──優貴は、まるで子どもを見守るような、そんな穏やかな笑みを浮かべていた。
ご愛読ありがとうございます。
次回も、次の水曜日(18時)に投稿したいと思いますので、宜しくお願いします。