103話 真実の写真
正体を明かした翔は、和也の親について話す。
「俺が、あの二人の……?」
和也はあの二人──届称と眼音の顔を思い浮かべる。しかし自分の記憶の中に、彼らが両親だと断定する証拠はないようだ。
「待ってよ……! 届称さんと眼音さんの名字は『雷』だったんだよ? この使用許可証にもちゃんと……ほら!」
椿は使用許可証の写しを机に広げる。『雷 届称』と『雷 眼音』の文字が刻まれているのを、その場の全員が確認した。
「確かに書いてますね! じゃあ……菫ちゃんの能力が間違えたのかな?」
「そんな訳ないでしょ? 私の能力は使用許可証をそのまま写し取れる。どうせ、翔が嘘ついてるんじゃないの?」
「ふっ……納得する。みんな、まんまとやられたね」
──まんまとやられた?
「まさか……眼音さんの能力?」
「同意する。眼音の『文書偽造罪』はあらゆる情報を操作できる。届称と眼音の頭の中にあった、使用許可証ごと偽造したんだろうね」
「まった、そんなことできるわけない! 百歩譲って赤い月とか紫の空とかを作れたとして、脳の中にある情報は操作できな──」
「否定する。眼音を見くびらない方がいい。彼女は僕たち七人の中で一番秀でた頭脳を持ってる。話しただけだと分からないと思うけど……冗談抜きで化け物だよ、彼女は」
翔の顔は、彼の言葉通り、冗談を言っているようには見えなかった。
「班長、聖華さん、和也、天舞音。この四人で届称と闘ったらしいね。届称でよかったね、闘う相手が」
「えっとぉ……もしボクたち四人が眼音さんと闘ってたら?」
「っ……彼女は優しいから、滅多に戦ったりしない。だけど本気の彼女と闘うなら……運が良くて全員精神崩壊。悪かったら為す術なく『終わる』」
天舞音は「ひぇっ」と顔を青ざめさせる。
「……今、あいつに感謝したい気持ちになったよ。最悪敵対してたらまずかったからねえ」
聖華の顔からちょっとした笑顔がこぼれる。あいつとはもちろん白虎のことだが、言う理由もないので名前は伏せておいた。
菫は机に両腕と、その両腕の上に顔を置く。色々と疲れが溜まっているのか、少し不機嫌そうに話す。
「とにかく、和也の両親がその二人でいいんだよね。あとは上浦……希? って人は誰なの? 優貴はその人の子ども?」
「説明する。優貴は現RDB所属の希と、RDBのボスであるノアの子だよ」
「優貴くんの親が……RDBのボス!? あの時会った、あの子が!?」
美羽の反応に、翔は頷く。
「っ……僕たち七人の内、僕とサーシャ、そしてノアは訳あって子どもの姿になってしまった。だけど元はみんな大人だったんだよ」
「その訳ってなんだい?」
「謝罪する。ごめん、それは言えない。──言えない、決まりなんだ。僕たちは当時のことを、七等分づつしか言えないからね」
「じゃあ翔の話したいことを全て聞くには、あと五人から聞く必要があるってことかい? 面倒だねえ。んで素朴な疑問だけど、そもそもどうしてあたし達がその真実を知る必要があるんだい?」
「答える。確かに、君たちにとってはRDBを倒すことが最重要案件だよね。だからこれは……ゲームで言うところの『サブミッション』みたいに思ってくれていい。だけど、それをクリアしてくたら……できることが増える」
翔は『できること』の説明をせずに話を戻す。
「さっき言った聖華さんの方法──『あと五人から聞く必要がある』っていうの、もっと近い道があるよ」
翔はもう一度和也の目を見る。そして目が合う。
「和也と優貴……君たち二人なら、全ての真実を話せる」
「また、俺か? でも、俺頭悪いから、何も覚えてないんだよ」
「……あいつを擁護するわけじゃないけど、私の能力で見た時にもおかしな点はなかったけど? もちろん、優貴もね」
菫は頭を搔く和也を指さして言う。
「っ……菫さん、君の能力は人の記憶を写真にして取り出すものだ。だけど二人はその記憶自体消されてる。だから取り出す先がなかったんだよ」
「記憶を消すって……なんかの能力でってこと? 人体実験だとか言ったら混乱するけど」
「謝罪する。ごめん、そこまでは言えない」
菫は、翔の言えない箇所が出てくる度に不機嫌になった。言えないところがあるのなら、どうしてここに呼んだのかと。
「あの、一つ思ったんだけど……いいかな?」
張り詰めた雰囲気の中、美羽が恐る恐る手をあげる。
「翔さんが言えないなら、翔さんの記憶を菫ちゃんの能力で見れたりしないかな?」
「おっ、いいアイデアじゃないか! 翔、それはできるのかい?」
「っ……分からない。だけど、確かに記憶には残っているはずだし、言えない制約がかけられていた班長ができた。やってみる価値はある」
翔も『自分に対して能力を使う』という、その発想は出てこなかったようで、驚きと喜びが混ざったような顔をしている。
菫はすぐさま立ち上がった。
「とりあえず、何があるか見てみればいいんでしょ? 《発動》」
こういう時の行動力は、彼女の誇るべき特技だろう。手袋を付けて早速能力を発動すると、座っている翔に近づいた。
翔は彼女の方を凝視しなかったが、代わりにその場の一人ひとりに視線を移していく。
「っ……写真に何が映っていても、驚かないでほしい。僕ですら、未だに信じれてないことなんだ」
翔はそう言い放って、口と目を閉じた。
菫はゆっくりと翔の頭に手を入れていく。途端、彼女は一度手を引き抜いた。
彼女が後ずさりして驚いたからだ。
「何、この記憶の量……ここから重要な場面だけを探せっていうの? ただでさえ何が重要なのか分かってないのに?」
菫の顔が青ざめていることが、翔の記憶の総量を深く物語っていた。
彼女は両手で自分の頬を叩くと、もう一度挑戦する。
「補助する。二百年──いや、正確には194年前辺りにあるよ。灰色の壁と多くのカプセルがある──」
「私の能力で取り出す記憶は、そもそも年号順で並んでないの! 使用許可証とか最近の記憶ならすぐ近くにあるんだけど……あっ、今あった!」
菫はその一部分を、荒々しく机に置いた。そうとうくる作業だったのか、既に息は切れており、汗は流れている。
もう一度、翔の頭に手を沈める。
「これだけじゃないんでしょ……? だったらもっとちゃんと……探さないと! ほら、翔! その時のこと、もっと思い出して!」
「理解しかねる。……こういうこと?」
「──あっ、そうそう! 多分これでしょ! まとめて……引きずりだす……!」
翔の頭から、大量の写真が生み出された。何も状況を知らない人が見ると、一種のマジックショーのようだ。
机の上に散らばる写真を翔は眺める。
「お礼を言う。ありがとう、これが真実が記されている写真だよ!」
菫は意識を朦朧とさせ、近くの長椅子にもたれかかった。
「菫! 大丈夫か!?」
椿の呼びかけに、菫は重力で頷く。
「休ま、せて……」
椿はしっかり頷くと、菫をその長椅子に寝かせる。彼女の体の上に、自分の上着をそっとかけて。
菫を心配して、思わず立ち上がった何名かを中心に、その場に続々集まっていく。
目線に被った写真を見る。そこにあった光景は──先程の彼の発言を裏切ってしまうほどに信じ難いものだった。
「なん、だい。これ……」
聖華でさえ、思わず目が釘付けになってしまうほど、特に目を引いた写真があった。
白衣を着た大人が数人、それぞれの反応で、畏怖、恐怖、困惑の表情を浮かべていた。
彼らの目線の先には、形が明らかに人間のそれではない──言わば異形の存在がいた。それは、体の境界線をあやふやにして空中で漂っている。
それの表情は全く分からない。ただ何故かひとつ、それについて分かるのは、その男女を等しく見下していることだった。
「これはさすがに……能力とかで説明つかないよね? 何かの精霊みたいな、悪魔みたいな、そんな感じの、ね?」
天舞音の言うことに、椿や美羽、聖華は同意した。
『幻影を見せる能力』、『見た目を変える能力』……。そんな可能性を感じさせないほど、神々しく、禍々しく、それはそこにあった。
「っ……続きは、これだね」
翔は次に、もう一つの写真を見せる。
それは、ある一つの宝石のような物を、一人の男に手渡している。その男は未だに怯えた表情を見せている。映像では無いのに、その男の手が震えて見えるほど。
他の男女は、本当にただ見ているしかできなかった。何も、できなかった。
「っ……やっぱり、驚くよね」
翔は、目を逸らしてそう呟いた。
この話は前話の後書きにある通り、水曜日に投稿しました。
ご愛読ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。