100話 兄妹の癖
白虎は悪い夢を見たあと、目を覚ました。
* * * *
白虎は目を覚ます。あまりに無機質な天井、息が跳ね返る感覚、全身に有刺鉄線を巻いたような痛み──それで彼はすぐに気がついた。
「……何日経ったんだ、俺が手術されてから」
悪い夢をあんなにも鮮明にみたものだから、機嫌は当然悪かった。なので自然と嫌なことを思い出す。
RDBのボス、ノアによる攻撃。白虎ですら反応できなかった速度の、攻撃。
吐きたくなるような悔しさと怒りで、彼は歯をガリと鳴らす。
体は感情に従順で、今すぐ見つけ出して殺すと言わんばかりに起き上がった。
「つっ!」
有刺鉄線が食い込む。これに彼の体も危険と判断したのか、また上向きに寝転ぶ。
だからといってただ天井を見つめるのはあまりにも暇なので、彼はもう少し記憶を戻してみた。
彼にはプロ・ノービスで暴れていた頃は気がつかなかった、『幸せな家族が羨ましい』という感情があった。幸せそうな家族を見れば、つい壊してしまう。
だが幸せな家族を失った芽衣を見て、彼は家族がいない方が良いと結論づけた。
そんな芽衣に関して、彼は一つの疑問があった。
──俺は何故、あいつを助けたんだ? なぜあいつを『ほっとけない』と感じた?
それは過去に二人とも、両親にモノとして扱われたからであることを白虎はまだ知らなかった。
* * * *
金属がやわらかく擦れる音。
ドアを閉めた菫に、椿は思わず立ち上がって、慌てるような口調で聞く。
「芽衣さんはっ……!?」
「無事だって。今のところ、後遺症も見られないみたい」
椿は「良かった」と言って、ヘナヘナとした挙動で椅子に腰掛ける。
「そんなに心配するなら自分も行けば良かったのに」
「正直、そうしたいのは山々だったんだけどね……RDBの手口がバラバラな以上、連続して事件が起きるかと思ってここにいたんだ」
椿は受話器を見つめる。
「まあ、今回はそんなことなかったね。あはは……」
「……お兄ちゃん、こっちに来て」
菫は神妙な面持ちで椿を手招く。
ここ最近、菫の症状が悪化している。それを考慮して、椿はまた焦って菫に近づいた。
「どうしたんだい? そんな怖い顔して」
聖華は菫のほうを見て、心底心配そうに微笑む。
菫は何も答えずに、ただ椿を見ていた。
椿は小声で菫に話す。
「とりあえず、皆のいない所に行こう。皆に見られたらまずいでしょ?」
「──《発動》」
そう言って、菫は椿の頭に手を入れる。椿は当然だが、その場にいた他の人も驚いて声を発した。
「ちょ、菫! 何やってるの!?」
菫は天舞音の言葉も無視する。
「……あった。多分これでしょ」
そうして菫は自分の能力で、椿からある記憶を写真として複製した。
そこにあったのは、ある会議のワンシーンだった。班長会議と思わしきそれには、狩魔とサーシャの姿がある。
当時の椿は『建設的で有意義』と言っていた会議がこれだとすると、菫たちからすれば妙な話になる。
「これはなんだい? ステージの上に警察官の死体があるよ。ステージにいるのは……片方は分からないけど、もう片方は狩魔で間違いないねぇ」
「でも、こんなことがあったって班長言ってた?」
「多分、この二人に情報制限されてるんだと思う。例えばこの会議の内容を言わないことって。ここは私の予想だけど、多分これが前の緊急会議で聖華が言ってた『内通者』の正体」
椿は不意に、涙をこぼした。そして一言、「ごめん」と呟いた。
*
「まさか、内通者の正体が全国の班長全員だったとはねぇ。流石に予想してなかったよ」
「この班長会議を利用するなんて……随分とエキセントリックな悪戯だね」
「つまり……えっと、班長が今までずっと、黙って敵に情報を流してたのか?」
「黙って流さざるをえなかった……って言えないの?」
和也の言葉を不機嫌そうに訂正する菫。
睨んだ虎のような目つきに、和也はブルブルと震えて「わ、悪ぃ」とこぼす。
「あたしはてっきり翔さんかと……あはは、後で謝らないとねぇ。にしてもよく気がついたねぇ、菫」
菫は聖華の方を向く。
「当たり前でしょ。何年兄妹やってると思ってるの? お兄ちゃんが何か隠してるときの癖なんて分かってるんだから」
「えっ、どんな癖があるの……?」
「言わないに決まってるでしょ! 言ったら私が見抜けなくなっちゃうじゃん……!」
「だっ、だけど、悩み事があるときの菫の癖は知ってるよ! 言わないけど!」
「は、はあ!? ねえ言ってよ!」
そんな二人の言い合いを、聖華は嬉しそうに眺めていた。
* * * *
「ローラン、ヘルプミー! ここ最近、ポリスのインフォメーションがドントカム!」
「クハハ、思ったよりも早かったな。多分班長らをある意味の解雇にして、警察に関しての情報源から遠ざけたんだろうな」
「……しちゃう? 『キャンセル』を」
「まあ待て、もう少し泳がせたい魚がいる。そいつが自分の垂らした釣り針にかかるまでは何もするな」
ローランはそう言って、口角を釣り上げた。
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