1話 優貴と和也
この小説に目を付けて頂き、誠にありがとうございます!
黒髪の少年がパンクしてイカれた頭を使って必死に呟く。目は虚ろかつ、焦点が定まっていない。
まるで壊れたオーディオのように、同義の……それどころか同じ発音の言葉を、ただひたすらに呟く。その音は誰に聞かせるのか、壊れたオーディオごときに知る由もない。
……俺が殺した。
俺が殺した。
俺が──
* * * *
ゲーム内で発せられている、殴る蹴るの音が単調に聞こえる中、不意に彼は言った。
「なあ、提案があるんだけど……」
「いや、遠慮しとく」
「まだ何も言ってないだろ! ……あっ」
「また俺の勝ちだな」
言ったあと俺は、「ふぅ」と1つばかり誇らしげに息を吐き出す。
俺たちは対人戦型アクションゲームで勝負していた。読み合い成分の多いゲームだが、実は隣で悔しがっている彼はそういうゲームは苦手だ。
「確か、これで3回勝ったら、負けた奴に何か命令できるんだったよな? さあ、どうしようかな……」
「そ、それは勘弁! な、優貴……!」
彼は微妙に茶色に輝く瞳で、俺を真っ直ぐ見て懇願する。まだ何も言ってないし、そもそもふっかけてきたのは、紛れもなくこいつからだ。
……もう一度言うが、こういう類のゲームは、彼は苦手なのに。
そして、彼の瞳に映っているだろう俺は、正しく優貴という名前だ。
「……誰に言ってるんだ?」
面白おかしい反応が見たく、わざととぼけてみた。
彼は面食らってぽかん、としていたがたちまちに眉をひそめ、目に角を立てて怒った。
「お前に! 上浦優貴さんに言ってるんですよ!」
彼の仰る通り、名字は上浦だ。『上浦優貴』。こんな『曖昧な』名前を授かって、『訳も分からない』生命を働かせている、しがない18歳だ。
……なんて、知らない人に紹介してるのか、ただの確認なのか、もはや気まぐれなのか。
「でも、約束は約束だからな」
こちらも、あえてフルネームで言おう。『来藤和也』は、「うぅっ……」と唸りながら頭を抑える。
わざとではないのに、いちいち反応が大袈裟なのが彼の専売特許だ。
そして突然、神でも仏でもない俺に対して、手を合わせ始めた。
「……じ、じゃあもう1回だけ! ……いいか?」
「まあそれはいいが、もう昼の時間だ。だからそれはまた後で、だな」
一般的な日常ならここで、母か父が、「2人共、ごはんにしなさいー!」とかでも呼びかけてくれるだろうか。そして居間に行って仲良く食事ができるのだろうか。
しかし、無限に膨らみづける期待とは裏腹に、ここでは大抵……
「はい、みなさん! お昼ごはんの時間ですよー!」
と、決まった時間に必ず『亜喜先生』という呼び名の女性が呼びかける。持ち前の、底抜けな明るさに影響されている声は、もちろんその場の『全員』に届いていた。
全員……いや、子供たちは従順に、食堂に足を進めた。その子供たち、には俺と和也も入っている。
*
まあ確認するとすれば、俺たちがいる場所は、親も知らない子供たちが集まる、『国立の孤児院』だ。
しかし、この孤児院は普通のものとは違う点が2箇所あると、先生から強く教えられた。
1つ目は、ここは引き取り手が見つかるか、20歳になったら退所するということ。通常は18歳までらしいが。
俺を含め、子供たちはここの敷地内から1度も出たことない。だから、早く外に出ることを皆夢見てるのだ。
2つ目は様々な設備があること。
俺たちがやっていたゲームコーナーやグラウンド、プール……さらには1人1人の個室まで。教室もあるから、授業もそこで受けることができる。
だから、ここは大体の学校のおよそ3倍位の大きさらしい。……しかし、俺は元の学校がどのくらいかは分からないのだが。
……なぜ、俺がこの孤児院について再確認したかというと、昼食時での和也との話を理解する上で、これは必要事項だからだ。
*
俺たちは席に着いて、既に用意されていた食事に手をつける。「いただきます」は全員で合わせて言わなくても、各自がそれぞれで言うため、倫理的問題は大してないだろう。
「「いただきます」」
隣同士で座った俺と和也の声は、相談しても無いのに揃う。そして食べ物を口に運んだ。料理は決して不味くなかった。
まあ、ここに来る前までの食べたものなど、何一つ覚えてないから基準は無いのだが。
*
ある程度食事が済んだ後だろうか、和也はこちらに向き直るとこう言った。
「そういえばさぁ優貴、『ここの噂』って知ってるか?」
突然和也はキラキラと目を輝かせて言う。その目だけ見ると、さながら何かに憧れる、夢追い少年のようだ。
少年、か……俺たちはもう高3なのにな、と恐ろしく硬い笑みを浮かべながら話す。
「噂って?」
「ふっ……驚くなよぉー?」
彼は良くぞ聞いてくれた! と言いたげな表情を顔に出す。
身を少し乗り出した彼の茶髪が、窓から来る太陽の斜光によって照らされる。
眩しい、と思わず目を細めた。ただ、本当に眩しいのは太陽か彼かは知らない。
「この孤児院の周りって、何で囲まれてるか覚えてるか?」
「何って……緑の金網だろ?」
随分と簡単なことを聞くなと思いながら、俺はほどほど適当に答えた。
この孤児院は、子供の脱走防止の為に緑色のフェンスで囲まれている。
それに対し和也は、目を閉じて大きく息を吸う。そして困り果てたように首を横に振りつつ、ため息混じりで反論した。
「そうっちゃそうなんだけど……。いやもっと、その先だよ」
「フェンスの奥は……木、しかないぞ?」
俺がそう答えると、彼は首を3回縦に振る。待ち望んでいた答えだったのだろう。
ここを囲むフェンス自体は、数多の木で囲われている。
さらにその奥には川があるのだろうか、大きな堤防が見える。
さらに奥には、かなり発展しているように見える街が、フィルターをかけたようにうっすらと見える。
なぜ、この土地に建てようと思ったのかは永遠の謎だ。是非とも先生に聞いてみたい。
と、俺が物思いに耽っていると、彼は指で東西南北の方向をなぞりながらこう言った。
「噂だと、どこかに『人体実験』をしてる施設があるらしい。木で隠されてるから見えないけどな。でも、どこかにはあるらしいんだ」
「……へぇ」
「いや、興味なしかよ……」
彼はひどく落胆する。これもまた、わざとらしく頭のみを下げ、手は力無く真下へとぶら下げながら。
*
和也は昔から分かりやすかった。ここに来て付き合い始めて十数年の間、こいつの感情を読み取れなかったことはなかった。
しかしこいつは本当に子供っぽく、そしてすぐにいじける。
もしそれが自分をあざとく見せようとする演技だったら、俺はもう人を好きになれない。
*
俺はせめて、彼がいじけないための緩和剤を、と思い少し弁解をすることにした。
「だ、だって絶対それただの噂だろ? ここ、国が認めてるんだからあるはずないだろ」
「はあ……夢がないなぁ優貴は。もっとこう、ここの孤児院はダークな施設だった! ……とか思わないのか?」
和也のあまりに突飛した話に、俺はついに突き放すように言う。
「だからありえないって」
「だから現実見るなって」
そういうと和也はクスクスと笑う。俺は、いじけなくて良かったと安堵した。調子に乗った和也は、そんな俺の苦労も知らずに続ける。
「じゃあさ、明日実際に行って探してこようぜ」
イカれてんのか、という言葉を胸にしまう。代わりに俺は、警告の意味で和也に告げた。
「絶対俊泰先生に怒られるぞ。中2の時にもこっそり抜け出したけど、結局捕まったかと思ったら俊泰先生にカンカンに怒られたの忘れたのか?」
俊泰先生という男性は、この孤児院の生活指導役を担う人だ。先程、ごはんの呼び掛けをした亜喜先生も俊泰先生と同じ生活指導役だ。
*
ちなみに、この2人の何もかもが対照的だということは、もはやこの孤児院の常識だ。
俊泰先生は体格がとてもしっかりしていて、筋肉も隠せないほどに凹凸となって表れている。
一方、亜喜先生はすらっとした足と手をしており、微かな色気を放っている。
そして、俊泰先生は子供に対して厳しいが、亜喜先生はとても優しい。
まさにSとN。プラスとマイナスだ。
*
「た、確かにあれはひどかったな……。でも俺たちはもう高3だ! それなりの言い訳ならできるって! ……多分!」
言葉は謎の自信に満ちているようだが、視線は明らかに俺を避けている。……本当に分かりやすいな、こいつ。
俺はこういうときに使える(と聞いた)、「考えとく」を使うことにした。
そのあとは就寝時間になるまで和也とゲームをしたり、夜ご飯を食べたりして過ごした。昼の噂以外は、平凡な1日だ。
*
「みんな、就寝時間ですよー! 個室に戻ってねー!」
亜喜先生の鐘のような声を合図に、俺たちは個室に戻る準備をする。
俺が個室に入ろうと、ドアノブに手をかけたとき、少し離れた所から和也が「優貴!」と呼び止めた。
「……どうした?」
早く寝たかった俺は面倒臭そうに言う。それとはほぼ真逆に、和也はキラキラとした目で訴えかけた。
「明日の話、宜しくな!」
こういう顔をするときは、おおよそ良からぬことを考えてるときくらいだ。
「……ああ」
和也の心躍らせる声に威圧されながら返事をして、俺は個室に入った。
*
俺は灰色の、動きやすい寝巻きに着替えて、
「施設……か」
と独り言を零す。それは、和也と話した際に、否定しながらも少し興味があったからだ。
明日は日曜日。授業はない日だから、行けなくもないのだが、確証がないと行く意味無いしな。
俺の個室の窓からは林が見えるため、カーテンを開けて林を眺めた。しかし、暗くて何も見えなかった。
いや、やっぱりあるわけない、とカーテンを閉めようとした。しかしその時、林の中で不自然かつか弱い光が見えた。その光は不規則に揺れて奥へと進んでいく。
「なんだ……あれ」
俺は光に夢中になる。しかし期待と添わず、すぐに光は消えてしまった。あの動きはまるで、人がランプを持って、木を躱しながら進むような様子だった。いや、しかし……。
俺は明日、和也への返事を決めて布団に入る。
*
「まじか! よっしゃ!」
「朝っぱらからうるさいな……」
俺は和也に行くと言ったとたんに和也は、ぴょんぴょんと、ジャンプして喜んだ。これまた子供のようにはしゃいだ。
もう高3って言ったのは誰だよと、彼を見やりながら呆れつつほほえむ。
*
俺が提案を呑んだのには2つ理由がある。
1つは俺が行かないと言ってもこいつは絶対1人で行く。それが心配だからだ。
もう1つは単純に気になるからだ。昨日のあの人魂のような光が、嫌に気味悪く記憶に残っている。
*
「で、作戦はこうだ。朝ごはんを食べてすぐに外に出て、グラウンド側じゃなくて、孤児院の裏の金網を越える! 以上!」
彼は誰にも聞こえない程度の大声で話した。周りに人は居ないのにだ。
逆に俺は、至って普通に話す。
「いや絶対見つかるだろ。」
「へへっ、大丈夫だって。俺とお前の足ならな」
俺につられたのか、彼ももう普通の話し方だ。
こんな和也だが、運動神経はとても良く、もちろん足も速い。俺も……まあ、多少なりは自信がある。
「はぁ……分かった、やるよ」
俺は渋々という雰囲気をあからさまにして了承した。それに全く気づく様子もなく、彼はガッツポーズをする。
しかし、次は腕組みしたかと思うと首を傾げた。本当、忙しいやつだ。傾げた理由は彼の口から聞かされた。
「……ただ、場所が分からないからな。探すのに時間がかかるな」
昨夜の、光が消えた時の方角にある可能性が高いな、という事を根拠にこうとだけ話す。
「いや、場所なら多分……分かるぞ?」
「おお! お前すげーな! じゃあ俺たちに向かうとこ敵無しだ!」
俺の事を何一つ疑うこと無く、また彼ははしゃいだ。何故俺が大まかな場所を知ってるのか、本当に聞かなくていいのだろうか、と俺の立場からでも不安になる。
「みんなー! 朝ごはんだよー!」
そんな不安でさえも、亜喜先生の声の前では塵となっていった。当然、俺たちは食堂に向かった。
*
だがこの時の俺は知らなかった。この朝食が、和也と共に食べられる最後の食事だとは。
もし宜しければ、次回も宜しくお願いします!