01 12歳、冬の日のパーティー会場にて
よろしくお願いいたします。
「ライ、待ちなさい!」
制止の声を無視して、会場内を駆け回る。
堅苦しい形式ばかりの挨拶をして回るなんて冗談じゃない、走りにくいドレスのスカートを裂いて少女──ライ・シャレットは窓の外へ飛び出した。
はて、今日は何を名目にしたパーティーだったか?
いや、いい。知ったところで分かりはしない。
なんせ、ライはこの王都には先日来たばかりだ。
兄の留学に引っ付いてやって来た彼女にとっては、どんな理由であれ「ふーん」の一言で興味も持たぬことだろう。
「なんだあの娘は!」
「なんて問題児だ。」
「元気で可愛らしい子供だねぇ?」
「ははは! なんだあれは。」
会場からは先ほどのライを指して笑う声が聞こえる。
逃げ回り、柱を登り、シャンデリアの上を走り……エトセトラエトセトラ。
まぁあれだけ目立つ行動をしたのだ、騒がしくならない方がおかしいと言うもの。
……今頃兄は頭を抱えている頃だろうか?
ふふん、と小さく笑ってライは屋根からテラスへと身軽に下り立った。
「あ、」
下りてから、人が居たことに気が付いた。
美しい、少年だ。
年齢はライよりも上だろうか。
まだ幼さをそのまま残した輪郭、雪のように白い肌、照明の明かりを受けて艶やかに輝く焦げ茶色の髪。
夜空を閉じ込めたような瞳は大人びた光を携えており、すらりと伸びた手足は細く、しなやかであった。
その少年の美しさは、率直に言うのであれば、人間とは思えぬ美しさだった。
芸術品、そう説明されれば素直に信じてしまうだろうくらいに、その美しさは無機質だった。
「……君は、」
声をかけられて、初めて彼がすぐ近くまで歩み寄ってきた事に気がついた。
なんてことだ!
パーティーをボイコットしている最中の彼女にとって、少年とここで話すことは避けたい案件だ。
人を呼ばれたら困る、小言を言われたらむかつく、とにかく良いことなど何もない。
ここは逃げるが最善手、とすぐ近くの階段を下りて中庭を目指した。
が。
「待て、腕を擦りむいているじゃないか。」
「え? ああ、本当ね。」
手首を捕まれては逃げられない。
何より、ハンカチを取り出し傷を手当てしてくれる少年には、敵意のようなものを感じなかった。
少年にはきっと、おそらく、ライを嘲笑したり
、叱ったりなどをするつもりはないのだろう。
そのことに、ライはひどく安堵した。
「……どうした?」
「ふふ、ごめんなさい。」
表情も声色も変化ないが、笑うライにきっと不思議に思ったのだろう。
そう思う。
「私、叱られるのだと思って。身構えちゃった。」
「叱るのは後だ。」
間髪いれず、少年が答える。
「あれだけ騒げば、ご両親はさぞ頭が痛くなっているだろう。
だがそれについての小言は後だ。
まずは、君のドレスをどうにかしなければならない。
君は、そんな姿で歩き回る事がどれほど常識外れなのか理解して──」
矢継ぎ早に続けられる言葉を半分も聞いていなかったが、ライは理解した。
前言撤回、この人もまわりと同じだ。
「結構よ、離して!」
「な、」
ライ・シャレットの性格を簡単に話すと、彼女は大層甘やかされて育った、ワガママな娘だ。
舐めかけの飴玉、子供のかんしゃく、予測不能の嵐。
それらを全部混ぜ込んだような人間性をしている。
「え? あっ、……!」
ライ・シャレット。
12歳、冬の日のパーティー会場にて。
「やだ、えっと、誰かー! 誰か来てーー!」
後に婚約者となる少年、キネヤ ヒムロを階段から突き飛ばして怪我を負わせる。
そう、物語はここから。
はじまり、はじまり。