呪いのビデオ
僕、 砂毬 志人はオカルト部に所属している。不本意ながら。
週に2回は必ず参加、十ヶ月契約というふざけた条件。所詮数合わせという役割ではあるが、幽霊部員だと心象が悪いし退屈だから来いと言われている。
今日は月曜日。見せるものがあるからどうしても来いと言われ、部室である社会科準備室に僕は来ていた。
「と、言うわけでね。今日はなんと掘り出し物がありまーす。」
と、部長である 深瀬 英子が机の上に無造作に置いたのは、一本のビデオテープ。
「なんです?これ。」
僕はまじまじとそのビデオテープを見る。 僕の物心ついた頃には既に廃れていた、いうなればオーパーツ。古すぎて逆に新鮮だ。
ラベルやシールなど、中身を示す情報は何一つない。
「呪いのビデオ、でしょうか。」
部員の一人、安藤 絆李さんが頬に指を当てながら呟く。
彼女は三年生なのにもかかわらず、二年生の英子に部長の座を譲っている。目立つのは苦手だそうだ。
「敏いねぇ、さすが絆李!なんとこれ、帰り道のエロビデオ屋のワゴンにあった呪いのビデオ!」
「どっから突っ込めばいいですか?」
高校生が、それも女子が、学校帰りにエロビデオ屋でワゴンセールの呪いのビデオを買う。とても正気とは思えない。
「だって気になるだろー?それに私らはオカルト部だ。だからこれも部費で計上できる。」
「エロビデオ屋の買い物を部費で賄うのは……」
「でも、他に使いみちもありませんし。いいんじゃないでしょうか?」
絆李さんは英子に甘い。そして僕は絆李さんにはあまり逆らえない。三すくみというやつだ。 英子は僕にすくむことはないのでカーストともいう。
僕が絆李さんに逆らえない理由は一つ。彼女は美人だからだ。
目立つのは嫌、と伊達眼鏡をかけ、髪を三編みにしてはいるがそれでも隠せない華やかさが彼女にはある。
と、話が逸れそうになっている。戻そう。
「まぁ…買っちゃったものはしょうがないとして。なんなんですこの呪いのビデオ。」
「出てくるタイプのやつだ。」
「何回ビデオデッキに入れても?」
「それはただの不良品。百聞は一見にしかずだ。見てろよ。」
英子はビデオをビデオデッキに──どこから持ってきたんだ?──入れ、リモコンを操作する。
ざらついた暗い画面に映るのは、おそらく井戸。
社会科準備室の蛍光灯がちかちか瞬き、消える。
同時に部屋が少し寒くなった気がする。
これは…まさか本物?
井戸から手が伸び、その縁を掴む。
細く、爪の長い指に力が入り、その主が頭を出す。
表情が長い髪に覆われて見えない、白い着物を来た女。
ふらりふらりと体を揺らしながら、画面の手前の方に近づいてくる。
そしてその顔が画面いっぱいになるほどに近づき、伸ばした女の手がテレビの画面から水面を割るように出てきた。
間違いない、この呪いのビデオは……本物だ。
女は手を地面に……あ。
テレビは台の上に置かれている。手をつく場所はない。
その手は困惑するようにわきわきと動くと、テレビの画面の縁を掴んだ。
恐怖に声も出ない。逃げることも。
頭が、胸が、胴体がテレビの中から徐々に「はい終わりー。」
ブツン、という音とともに、画面が暗くなり女の出現が止まる。
「え?」
暗くなっていた蛍光灯がつく。明るくなった部室、英子の手にはなにかコードが握られていた。
「なにそれ……」
胴体がテレビから生えたままの白い服の女は出ることも戻ることもできず、あたふたしている。
「ビデオの出力端子。これがないとビデオの中身をテレビに映すこともできないのだ、えへへー。」
機嫌よく笑う英子、あたふたする白い服の女。
絆李さんはにこにこと笑っている。少しくらいこの女──たぶん幽霊か何かだろうが──を可哀想だと思ってあげてくれ。
「英子ちゃんは賢いねー。すごいよー。」
「でしょでしょ?で、こっからどうしよう。あ、そうだ。ビスケットとかいる?」
英子は女幽霊にビスケットを差し出す。
女幽霊は悲しそうにふるふると首を振った。
「いや、多分それどころじゃないでしょその人……戻してあげようよ、あまりにも不憫だよ。」
「えー?駄目だよ。何万何億何兆もの人間を葬ってきた呪いのビデオに与える天誅としては優しすぎるくらいだよこれ。」
英子曰く人類を百回以上に渡り絶滅させるほどの恐ろしい存在なら、こんなふうににっちもさっちもいかなくなることは無さそうなものだが。
「さて、そろそろ飽きてきたな。のこぎりとかなかったっけ?」
「学校内でスプラッタをおっぱじめようとするなよ!?」
突然のこぎりで切り落とされそうになった幽霊はぷるぷると震えている。恐怖の象徴が怖がるな。
「大丈夫大丈夫。多分血とか出ないし。出たらマフオクで売るし。」
「サイコパスかなんかなのかお前?」
幽霊をぶった切りマフオク──オークションサイトだ──で売っぱらおうとするその精神。学生どころか人間なのかすら怪しい。
「残念、石斧しかないや。」
「準備室の資料!それは準備室の資料!」
「ちぇー。」
英子は石斧を棚に戻す。石斧で胴体切断なんて拷問以外の何物でもない。幽霊相手とはいえ最低限のモラルくらいは持っていてくれ。
絆李さんに助けを求めようとしたが、にこにこと見ているだけ。
彼女は英子以外にはひたすらに無関心か残酷かだ。
「あの……ほんとに、なんとかして帰してあげたほうが……」
「いやだ。」
「可哀想だと思わないのか?」
「滑稽だろ。見てみろ。ヤドカリみたいだ。」
ごとり、と英子はテレビを地面に置く。ずるずると幽霊は悲しげにテレビごと這いずる。
「床傷つくだろ、やめろ。」
「台車に乗せればいいかな?」
と、這いずる幽霊のテレビを、立て掛けてあった台車に乗せる。
「レッツラゴー!」
英子はそれをがらがらと引っ張り、突然廊下にリリースした。
「え、ちょっと、待て!」
仮にも呪いの顕現したものを人がいるであろう──今の時間だといないかもしれないが──廊下に放つなど、どう考えてもまともな行動ではない。
「まー、大丈夫っしょー。」
「扉!開けろよ!」
追いかけようにも英子ががっしりと扉を抑えているため、廊下に出られない。
数分後、ガシャーンと大きな音が響いた。
「ほら!言わんこっちゃない!」
「あー、やば。やっちゃったかな……」
「かなじゃない!」
音のした方、廊下の突き当りの階段。
「酷いな…」
粉々に画面が割れたテレビと台車が、目下の踊り場に転がっていた。
幽霊の姿は無い。死んだのだろうか。
幽霊が死んだ、というのもおかしな話だが。
「や、やばい……結崎先生にまた怒られる……」
「幽霊より顧問を怖がるのってどうなのかね。」
「まあ、怖い人なのは確かですしー。やってしまったことは仕方ないので、みんなで謝りにいくのが一番ですねー。」
「はぁ…」
僕はため息をつき、台車だけでも回収しようと階段を降りる。
台車を拾い上げようとした僕の手首を、テレビから伸びた白い腕が掴んだ。
「ーーーーーーーー!!!?」
声にならない悲鳴。思わず手を上に振り払うと、真っ白な腕だけが僕の手首を掴んだまま振り上がった。
「え?」
地面にぼとりとおちた腕は何か手振りをしている。
なんか…何かを書いているようなジェスチャーだ。
「書ける?」
手帳とボールペンを手渡すと、手はさらさらと何かを書き始めた。
左手なのに字がかける。ということは左利きか。
書き終わったらしき手は僕に手帳を返す。
[こまったね]とだけ、ひらがなでかいてあった。
「まったくだよ!」
「おー、何だそれ。面白そうだな。」
近づいてくる英子から白い腕を庇う。こいつに渡したらろくなことにならない。
「この子は僕が責任持って預かるから!英子は職員室でごめんなさいしてこい!」
「へーい。」
明らかに反省していない様子で英子は職員室に向かう。
その後僕ら三人は鼻から脳が出るほど怒られたが、まあこれはいつものことだ。
「さて、と。」
翌日、僕はまた社会科準備室のドアを開ける。鞄から少し不安そうに様子を伺うのは真っ白な左手。
「おお、来たか!今日は──」
これが僕の放課後、そしてクソしょうもない青春だ。




