第44夜 『スポーツ刈り……それは苦い青春の思い出』
こんばんは。
枕崎純之助です。
皆さん、子供の頃の髪型って覚えていますか?
昔の写真を見ると僕はサラサラの黒髪で坊ちゃん刈りというスタンダードな髪型でした。
今でいうマッシュヘアーみたいな感じでしょうか。
そんな僕が……大きく髪型を変更することになった出来事が中学生時代にありました。
僕にとって非常に辛く苦しい出来事だったことを覚えています。
今夜はその時の苦い思い出をお話しいたしましょう。
中学生時代、僕はサッカー部に所属していました。
我が母校のグラウンドはそれほど広くなく、グラウンドをサッカー部と野球部で半々くらいの割合で使っていました。
僕の時代、「野球部は丸刈り」というのが当たり前の常識でして、そんな野球部の姿を横目に見ながら、「よかった~野球部に入らなくて。丸刈りはゴメンだぜ」と胸を撫で下ろしたものです。
サッカー部は髪型についてはそれほど厳しくなかったのが僕がサッカー部に入部した理由のひとつでもありました。
しかし……そんな平和は長くは続かなかったのです。
ある時、我がサッカー部は市の予選大会であえなく初戦敗退を喫しました。
すると敗戦に怒った顧問の先生がとんでもないことを言い出したのです。
「おまえたちは気合いが足りていない! 試合に負けた責任で全員スポーツ刈りにしてこい! もちろん補欠も全員連帯責任だ!」
……はっ? えええええええっ!?
スポーツ刈り。
それは丸刈りよりも長めではありますが、要するに田舎くさい坊主頭です。
(現在スポーツ刈りの方ゴメンなさい。個人の感想です)
じょ、冗談じゃない!
僕は生まれてこの方、そんなに髪を短く刈り込んだことはないのです。
しかも!
下手くそな僕は補欠だったために、その負け試合にはまったく出場していないのです!
いや、僕が出ても普通に負けていたでしょうけれど、それにしてもいきなり有無も言わせずスポーツ刈りなんてひどすぎる!(涙)
しかし敗戦に怒り心頭で鬼の形相の顧問の先生を前にそんなことはとても言い出せません。
現代でしたらスポーツ刈りの強制はハラスメント問題となったでしょうけれど、この時代は普通に学校の先生にビンタされたりする時代です。
逆らうことは出来ませんでした。
事情を親に話しても「そう。仕方ないわね。たまにはスポーツ刈りもいいじゃない」というだけです。
仕方なく僕はその翌日に重い足取りで近所の床屋に向かったのでした。
近所の馴染みの床屋では、昔から髪を切ってくれている主人のオジサンが僕の申し出に驚いて目を丸くします。
「ス、スポーツ刈り? 純之助くん。そんなに短くしちゃっていいのかい?」
僕のサラサラ黒髪を知っている床屋のオジサンは戸惑ってそう言いますが、僕は項垂れたまま言いました。
「試合に負けたので、部員全員そうしなきゃいけないんです」
「そ、そうかい……」
僕は覚悟を決めて床屋の椅子に座ります。
死刑囚が電気椅子に座らされる気分です。(大げさ)
しかし床屋のオジサンは僕の髪をバッサリ切ることにどうしても抵抗があったのでしょう。
「ス、スポーツ刈りまでいかなくても、ちょっと短めくらいにしておくかい?」
やめてくれオジサン!
せっかく固めた僕の決意が揺らぐじゃないか!
僕の決意はちょっと固めのプリンくらいなので、すぐにプルプルと揺らぎます。
僕の心の中で悪魔たちが囁きます。
【スポーツ刈りってお願いしたんだけど床屋のオジサンがこんな感じにしちゃいました~テヘッ、で誤魔化せるよ。馬鹿正直にすることはない】
【そうだそうだ。顧問の先生だって鬼じゃないんだから、「もう一回行ってこい!」とはさすがに言わないって。平気平気】
僕の心はあっさりと悪魔たちの誘惑に負けました。
「じゃ、じゃあそうしようかな……」
しかぁぁぁぁし!
そう言いかけたその時、僕は目の前の鏡を見てとんでもないことに気付いたのです。
何と……僕の隣の椅子に同じサッカー部の新井くん(仮名)が座っていたのです。
「あ、新井(仮名)!」
「よう枕崎。偶然だな」
何てこったぁぁぁぁぁ!
誤魔化してスポーツ刈りじゃなく、ちょっと短めくらいの髪型で済ませようと思った矢先に同じサッカー部の新井(仮名)が!
これはまずい!
「先生。枕崎の奴、約束を破ってスポーツ刈りにしませんでした」
とか後で言いつけられたら大変なことになる(汗)。
僕は恐る恐る鏡越しに新井(仮名)の顔を見つめます。
新井(仮名)はすでにスポーツ刈りにし終えており、「俺はもう罰を受け終えたぜ。次はおまえの番だ」みたいな顔をしています。
馬鹿野郎!
新井(仮名)!
オメーは元々万年スポーツ刈りだろ!
今さらスポーツ刈り命令を受けたところで、ノーダメージだろうが!
なに禊を終えた感出してんだコノ野郎!
こっちはサラサラ坊ちゃん狩りからダサダサスポーツ刈りにされる寸前なんだ!
通常運転のおまえとは違う!
被る痛みはとてつもなくデカイんだよぉぉぉぉ!(涙)
そんな僕の内心を知ってか知らずか、新井(仮名)は僕の顔をじっと見つめ、無言の圧力をかけてきます。
見てるぞ。
俺は見てるぞ枕崎。
そんな新井(仮名)の圧力に負けて、僕は力なく声を絞り出しました。
「あ、新井(仮名)と同じ感じで……」
そして30分後。
すっかりサッパリしたスポーツ刈りの僕が鏡に映っていました(絶望)。
完全に意気消沈して店を出る僕を、床屋のオジサンは気の毒そうな顔で見送ってくれます。
ちなみのこの床屋は僕の同級生の家でもあったので、僕の自宅の連絡先を知る床屋のオジサンが心配して僕の親に電話をかけてきてくれました。
「純之助くん。すっかり元気を失くしてしまって。悪いことしちゃったと思いまして……」
ありがとう床屋のオジサン。
オジサンは何も悪くないよ。
悪いのは顧問の先生と新井(仮名)だ!(怒)
(新井は別に悪くないですね(笑))
すっかり短くなったスポーツ刈りで帰宅すると母親は僕を見て爆笑し、父親は僕の頭をグリグリと触って「こいつは気持ちいい。いいじゃないか」と言いました。
何も良くない!(怒)
うぅ……明日学校行くのやだな(涙)。
そして翌日……僕が登校すると皆が僕の顔を二度見します。
いや、正確には僕の頭を二度見します。
やめろ!
見るな!
コソコソしながら昇降口に向かうと、下駄箱に靴を入れている僕の前に数名の女子が駆け寄ってきます。
そして僕の頭を見て大爆笑しながら逃げて行きました。
サッカー部がスポーツ刈りにした、という噂を聞きつけて笑いに来たのでしょう。
ぐぬぬ(怒)。
この日、すっかり涼しくなった僕の頭は一日中、寒風と好奇の目にさらされることとなったのです。
くそー!
早く伸びろ髪の毛!
そしてこのスポーツ刈りのせいで、僕にはもう一つショックなことがありました。
数カ月経過してようやく髪の毛が伸びてきたのは良かったのですが、それまでサラサラだったの髪の毛が……うねるクセ毛になってしまったのです(涙)。
オーマイガッ!
ちくしょーっ!
僕のサラサラヘアーを返せ!
以上がスポーツ刈りにまつわる僕の苦い青春の思い出でした。
今の若い人たちには信じられないでしょうが、昔は髪型すら強制されることがあったのです。
髪型くらい誰かに強制されることなく自分の好きにしたいですよね。
以上、今夜はこの辺でお開きです。
それでは皆さん。
おやすみなさい。
今宵も良い夢を。
またいつかの夜にお会いしましょう。




