その6
楓のアクティブ・アクセスによる身体へのダメージは、二人にもわかっていた。鬼の攻撃を交わしながらも桜子に抱かれている女は異変を伝えている。時折、毛を逆立てては血を吐き、体は痙攣を起こしていた。皮膚から汗疹も酷くなっている。
「さ、桜子さん……」
茜は見るに耐えられない様子に動揺し、怯えていた。現実界の鬼の攻撃も激しさを増している。それは楓の体の衰退とも関係があるはずだった。ビルの崩壊も進んでいる。桜子の額にも汗が滲んだ。
「楓を気にするくらいだったら、ちゃんと前を向いて予知して」
その言葉に我に返り、周囲を見回して目を凝らす。
「右から!」
桜子と茜は火炎移動した。だが察知するのが一歩遅く、足元が抜け落ちる。三人は階下の床に叩き突けられた。桜子は素早く起き、咳き込む茜を引き擦って物陰に隠れる。茜は疲労と緊張のためか呼吸が荒く、肩で上下に振るわせていた。
「茜の能力も限界だ。それにもう時間が、無い……」
楓を引き寄せ、その黒い煤だらけの頬を撫でる。眉間の皺が女の苦痛と戦いの凄さを物語っていた。
桜子は鬼の背後にある、縦に一直線に切れた空間を見定める。禍々しいほどの天空の傷のその奥には、異次元が静かにこの世の入れ替わりを凝視しているようだった。九つの目玉はやがて金色に変化し、あたかも世の支配者の如きを誇示するように異臭のする躰で咆哮する。
「……まだ終わっていない。流」
楓の肩を強く抱きながら、女は念じるよう呟いた。
「必ず、戻ってくる、楓」
鬼の体から放射された金色の棘たちがビルを覆う。何本もの金色の棘は触手のように辺りを這いずり回り、三人が隠れていた場所を突き止めた。桜子は念焼力で対抗する。しかし執拗なほど絡み続けるそれは、爪のように地面を掻きながら足元を突いた。必死にその場から離れようと後退りする。
「そっちは、だめ!」
茜の言葉の直後、付いた手の床が脆く崩れ去った。
「桜子さん!」
バランスを失って階下へ落ちかかる。瞬間、受け身を取るために楓の身体を離したその時だった。一本の金色の棘が女から引き剥がすように楓を包み込む。そして抜け殻となっている女を宙へ持ち上げていった。
「ま、待て! 楓を連れていくな!」
後を追う指先を、金色の棘は剣先で撥ねて排除する。別の棘の束が一斉に襲いかかった。
「桜子さん! 危ない!」
身を投げた茜は女に体当たりして、その攻撃を辛うじて避ける。フロアに転がりながらも桜子は視線で行方を追った。
「楓!」
ざわめく金色の棘たちは、鬼の九つの目前に楓を張り付けて献上する。
『これで、最後だ。とどめを、さしてやる』




