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嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第9話 破滅の彼方
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その4



『これがこの世の答えならば、何人なんぴとも、我に逆らうことは、許されぬ』




 天空中に高く、不気味で奇怪な声がこの世界に響いた。闇夜が静まり返り、無音の時を刻む。




『うぬらの運命は、我の手中にある。全て、死せよ』




 瓦礫の僅かな隙間に、三人は息を殺して潜んでいた。


「どうすることも……」


 茜はその予知能力から、事の顛末をすぐに放棄しがちだ。


「嘆くのは、全てが終わってから」


 鬼をなおも睨みながら、桜子は女を叱責した。


「で、でも……、三人で、何が……」


 言葉を遮るように、隣の楓は茜の手を握る。


「茜ちゃん、私は諦めてはいない」


「……楓さん」


 その手の温もりを感じ、女は少しだけ安堵した表情を見せた。


 最初に出会った頃と違う、能力者として目覚めている楓を認知したからである。


「ここには、三人だけでは、ない」


 桜子の方を楓は振り返った。真摯な眼差しで、まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。


「楓が生きていることを知った時、憎しみが込み上げた。あの能力を封印するために、命を掛けた。全てが終わったと、思った。……でも、生きていた」


 その言葉に、茜は顔を引きつらせた。


「だが全てを知り得た今、楓と争う理由は無い」


 口元を引き締め、しっかりとした口調で言う。


「田山翡翠は、私の中に生きている。私が甦った理由は、彼をこの世に再び蘇らせ、楓に逢わせること。私が亡骸になって、あの地へ葬られなければならなかった」


 神妙な顔つきで楓は口隠る。


「楓、言っておかなければ、ならない」


 眉に皺を少しだけ寄せて、桜子は幾分緊張を伴った。


「シバサキは、『吹雪 流』は、あなたの兄」


「え……」


「流は、あなたを危険なことに巻き込まれないように、ずっと見守っていた。あの時に私を撃ったのは、楓のためだった。今、このための」


 困惑する楓に桜子は言葉を切って、顔を背ける。


「最期、あなたと共に、使命を果たせと」


 楓の視線はその顔を追った。爆炎で瓦礫になった建物へ辿り着く。




「……それじゃあ、この状況を」


 いても立ってもいられず、茜が呟いた。


「知っていた、かも知れない。三人がこうやって、鬼に立ち向かうことも」


 桜子は地面を踏みしめて、忌々しい顔で鬼に歯を立てる。


「運命的な予知って、まさか諸星の言っていた『アカシック・レコード』を知っていたっていうこと」


 これまでの物事を整理しきれなくなって、茜は戸惑いの声をあげた。


「茜、決まっていることなど、何もない。無限の可能性が並んでいるだけだ。それをどう選ぶかは、自分の意志でしかない」



 楓は立ち上がり、桜子の隣に並ぶ。鋭い臭気が二人の間を通り過ぎていった。慌てて茜も腰を上げる。

 目前には巨大な鬼が、嘲笑うかの様に睨んでいた。


「自分で決めたことを、信じて、進んで見せる」


 そう言い聞かせるように楓は呟く。




『うぬら、この世ともども、死せよ』




 鬼は呆れるほど高笑いした。


「消せるなら。やってごらん」


 臆していない楓と桜子の眼力は、九つの金色の目を刺激する。




『おもしろい。何も選択できぬ、うぬらに、一体どんな力があるか』




 鬼の手刀が、鋭くアクセス塔を切り裂く。鉄骨の床と階下のフロアーが崩れ落ちた。三人は逃げるように違う階へ跳び移る。 


「桜子、力では無理。能力を使ってあいつの中に入る」


 楓の言葉は力強かった。


「……そうね」


 目を伏せ桜子は頷く。


「もし、出来なかったら……」


 恐れながら茜は問いた。


「あなたも知っている通り。人間は邪悪な目玉たちに、全て体を喰い尽くされる。後は亡者だけが残り、そしてこの世はあの鬼の支配になる」


 桜子は冷ややかな視線で、茜を再び怯えさせた。


「開いた空間は、あと僅かな時間で完全に閉じてしまう」


 女はなおも続ける。


「鬼を封じ込め、もとの空間に戻さなければ、この世は永遠に闇に落ちることになる」


 次の鬼の腕が上がり、大きく振り降ろされた。再び三人は飛び跳ねる。


「茜、私たちの援護を」


 茜は驚いて、桜子の方を振り返った。女は真っ直ぐ鬼を睨み続けている。


「私が、援護するの……」


「能力を使っている間、楓の体は抜け殻になる。私が攻撃をかわして守るから、あなたは鬼の動きを予測して欲しい」


「で、でも私の予知って不安定だし、大まかなことしかわからないよ」


「二人を抱えるのは大変だ。鬼の動きが少しでも先にわかれば。それに……」


 桜子は見せたこと無い穏やかな瞳で茜を見つめた。


「あなたを、信じている」


 そう言うと元の表惰に戻り、口元を引き締める。




 突然、楓の体が脱力して倒れそうになる。桜子はその体をしっかりと受け止めた。


「流、楓は護る」


 もう片方の手を茜の腰に回す。


「茜」


「左から来る」


 火炎は三人は浮き上がらせた。



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