その4
『これがこの世の答えならば、何人も、我に逆らうことは、許されぬ』
天空中に高く、不気味で奇怪な声がこの世界に響いた。闇夜が静まり返り、無音の時を刻む。
『うぬらの運命は、我の手中にある。全て、死せよ』
瓦礫の僅かな隙間に、三人は息を殺して潜んでいた。
「どうすることも……」
茜はその予知能力から、事の顛末をすぐに放棄しがちだ。
「嘆くのは、全てが終わってから」
鬼をなおも睨みながら、桜子は女を叱責した。
「で、でも……、三人で、何が……」
言葉を遮るように、隣の楓は茜の手を握る。
「茜ちゃん、私は諦めてはいない」
「……楓さん」
その手の温もりを感じ、女は少しだけ安堵した表情を見せた。
最初に出会った頃と違う、能力者として目覚めている楓を認知したからである。
「ここには、三人だけでは、ない」
桜子の方を楓は振り返った。真摯な眼差しで、まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。
「楓が生きていることを知った時、憎しみが込み上げた。あの能力を封印するために、命を掛けた。全てが終わったと、思った。……でも、生きていた」
その言葉に、茜は顔を引きつらせた。
「だが全てを知り得た今、楓と争う理由は無い」
口元を引き締め、確りとした口調で言う。
「田山翡翠は、私の中に生きている。私が甦った理由は、彼をこの世に再び蘇らせ、楓に逢わせること。私が亡骸になって、あの地へ葬られなければならなかった」
神妙な顔つきで楓は口隠る。
「楓、言っておかなければ、ならない」
眉に皺を少しだけ寄せて、桜子は幾分緊張を伴った。
「シバサキは、『吹雪 流』は、あなたの兄」
「え……」
「流は、あなたを危険なことに巻き込まれないように、ずっと見守っていた。あの時に私を撃ったのは、楓のためだった。今、このための」
困惑する楓に桜子は言葉を切って、顔を背ける。
「最期、あなたと共に、使命を果たせと」
楓の視線はその顔を追った。爆炎で瓦礫になった建物へ辿り着く。
「……それじゃあ、この状況を」
いても立ってもいられず、茜が呟いた。
「知っていた、かも知れない。三人がこうやって、鬼に立ち向かうことも」
桜子は地面を踏みしめて、忌々しい顔で鬼に歯を立てる。
「運命的な予知って、まさか諸星の言っていた『アカシック・レコード』を知っていたっていうこと」
これまでの物事を整理しきれなくなって、茜は戸惑いの声をあげた。
「茜、決まっていることなど、何もない。無限の可能性が並んでいるだけだ。それをどう選ぶかは、自分の意志でしかない」
楓は立ち上がり、桜子の隣に並ぶ。鋭い臭気が二人の間を通り過ぎていった。慌てて茜も腰を上げる。
目前には巨大な鬼が、嘲笑うかの様に睨んでいた。
「自分で決めたことを、信じて、進んで見せる」
そう言い聞かせるように楓は呟く。
『うぬら、この世ともども、死せよ』
鬼は呆れるほど高笑いした。
「消せるなら。やってごらん」
臆していない楓と桜子の眼力は、九つの金色の目を刺激する。
『おもしろい。何も選択できぬ、うぬらに、一体どんな力があるか』
鬼の手刀が、鋭くアクセス塔を切り裂く。鉄骨の床と階下のフロアーが崩れ落ちた。三人は逃げるように違う階へ跳び移る。
「桜子、力では無理。能力を使ってあいつの中に入る」
楓の言葉は力強かった。
「……そうね」
目を伏せ桜子は頷く。
「もし、出来なかったら……」
恐れながら茜は問いた。
「あなたも知っている通り。人間は邪悪な目玉たちに、全て体を喰い尽くされる。後は亡者だけが残り、そしてこの世はあの鬼の支配になる」
桜子は冷ややかな視線で、茜を再び怯えさせた。
「開いた空間は、あと僅かな時間で完全に閉じてしまう」
女はなおも続ける。
「鬼を封じ込め、もとの空間に戻さなければ、この世は永遠に闇に落ちることになる」
次の鬼の腕が上がり、大きく振り降ろされた。再び三人は飛び跳ねる。
「茜、私たちの援護を」
茜は驚いて、桜子の方を振り返った。女は真っ直ぐ鬼を睨み続けている。
「私が、援護するの……」
「能力を使っている間、楓の体は抜け殻になる。私が攻撃をかわして守るから、あなたは鬼の動きを予測して欲しい」
「で、でも私の予知って不安定だし、大まかなことしかわからないよ」
「二人を抱えるのは大変だ。鬼の動きが少しでも先にわかれば。それに……」
桜子は見せたこと無い穏やかな瞳で茜を見つめた。
「あなたを、信じている」
そう言うと元の表惰に戻り、口元を引き締める。
突然、楓の体が脱力して倒れそうになる。桜子はその体をしっかりと受け止めた。
「流、楓は護る」
もう片方の手を茜の腰に回す。
「茜」
「左から来る」
火炎は三人は浮き上がらせた。




