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嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第9話 破滅の彼方
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その2


『……最後まで、諦めてはいけません』



 朦朧とする獣の意識下に微かな声が聞こえた。


『あなたが本当に望む選択でなければ、運命なぞは決まっていません。その瞬間、あなたがどう考えて、どう行動するかが大切です。諦めでは答えになりません』


 田山翡翠が幻影のように、獣の目前に浮かんでいる。


『あなたはまだ、選んでいない』


 獣は縛られている体から、呼応するように両幻肢を抜き出した。その指先の一本一本は縋るものを掴もうと探している。


『何を選ぶのですか』


 その指を翡翠は先程と違う細めた目で睨んだ。


 瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていく。感情が崩壊し、それは幾筋も流れた。翡翠はその顔を凝視する。野獣は『吹雪 楓』を取り戻そうとした。



『桜子さんも同じです。心の中で自問自答していました。あるべき存在理由を』


 力強い男の瞳は楓に、ゆっくり頷く。


『三百年後、闇夜に現れる鬼を退治するために、私は死を選びました』


 鼻息を荒くする巨大な黒い塊を見据えた。


『桜子さんとともに甦り、そして、あなたと逢うことを』


 金色に光る眼球の一つが感受して威嚇し、臭気が突風となって通り過ぎる。それは幻影を掻き消そうと、女の体を包み込んだ。歯を食いしばり、体を硬直させる。させまいと鬼の手掌が更に締め上げた。血反吐を垂らす。


『今、この世を見捨てる訳には、いきません』


 不意に鬼の九つの目が爆炎に包まれ、それは眼前を覆った。鬼は鼻息を鳴らす。


『鬼と対峙するのは、あなたです』


 緩んだ鬼の手から滑り落ちていく体が、火炎とともに跳躍してきた桜子に抱き止められた。そのまま向い側の屋上に転がり、瓦礫に突っ込む。二人の周囲に粉塵が舞った。

 大きく見開いた眼で見つめ、咄嗟に赤い棘が飛び出す。それは女の肩に突き刺さった。血が流れて獣に伝っていく。


 つい先ほどまで憎しみの対象でしかなかった桜子がそこにいた。女の邪悪な臭気は嗅覚を疑うほど無くなっている。


「私も、選んだ」


 桜子は獣の頬に手を伸ばす。退く血塗れの顔は遠ざかるが、その手は追った。


「楓には、楓しか出来ないことがある」


青白い手は脅える表情を捉える。鷲掴みにされる頬の眼は、次第に人間の瞳を取り戻していく。


 憂いある表情を楓は見つめた。過去に狂った楓のために死に至った時と同じ、優しい瞳だった。鋭く突き出た赤い棘が躰に収まっていく。


『吹雪楓、目覚めなさい』


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