表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第1話 存在意義
5/63

その5


「楓さん!」


 体が前後に大きく揺さぶられる。床に転倒していた楓は目を開けた。


「……ネフロ」


 目の前には相変わらず清楚なスーツと強い香りに身を包んだ男がいる。


「あなたは破壊しすぎる」


 楓は眉を潜めた。男はやや焦った表情で何かを発しているが、女には訳が理解出来ない。ネフロはバスの車内を指し示す。


「これは……」


 車内は呻き声が鳴っていた。転がって大声で叫んでいる者もいる。すすり泣く声もあちこちから聞こえていた。


「あなたも肩を刺されたんです」


 鋭い羽音がまだ車内をうろついている。近づいてきた蜂を、ネフロは脱いだ赤色の上衣で払い落とした。


「早く、出ましょう。また刺されます」


 男は楓の体を持ち上げて起こす。車外には人集りになっていて、警察や野次馬が囲んでいた。パトカーや救急車が何台もサイレンを鳴らして集結している。


「大丈夫だとは思いますが、念のために病院に行きましょう」


 ネフロは楓の腕を取って肩に掛け、警察の誘導で救急車に乗り込んだ。


「恐らく、あなたが疑われることはありませんが、やり過ぎました」


 一緒に乗り込んでいる救急隊員は、その会話に不思議な顔となる。


「一体何が起こったの」


 ネフロは女の顔を見た。


「判らないのですか?」


 楓は首を横に振る。ネフロはため息をついた。


「いいですか。あなたが放った一撃は彼の精神本体そのものを破壊し、脳神経のシナプス制御すら無くした。その行為行動まで記憶を無くした彼は、防衛機能を働かせるしかなかった。そう、本能的に身を守ることです。手に持っている物を放つしか、なかったのです」


「……ものすごい『臭い』が……。蜂から黒い目玉が出てきたの」


 人差し指を口にあて、ネフロは言葉を制止させる。


「あなたは狙われている。偶然だったと思いますか、あのバスでの出来事」


 瞳を大きく開いた楓はネフロを凝視した。


「何のために、私が」


「あなたの力は強大なのです。この間お会いしたときにわかりました。私なぞ、足元にも及ばない」


「……」


「ただ、使い方を知らない。闇雲に力を放出していては、あなた自身にも危険が及びます。能力の制御は決して楽なものではありません。まあ、あなたにはどうだかはわかりませんが」


 理解の及ばない説明に疲れを見せ、女は眉間に皺を再び寄せる。


「ともかく、あなたと話をしたいと言っている人がいます。逢ってくれませんか。私を信じて下さい」


 ネフロの香水の臭いに軽く目眩を覚えながら、彼女は頷いた。



 一人の女子高校生が、騒ぎになっている現場を野次馬の後方から混じって見ている。バスから次々と運ばれていく乗客らしき中に、一番酷く刺されている男が出てきた。担架に乗せられている男は体中を鋭い針に刺され、赤く手や顔が腫れ上がっている。口からは泡を吹き、目は見開いていた。


「もう、随分目立つじゃない」


 少女はその惨劇の片隅に、楓の姿を見つける。


「なんて人かしら」


「君もそう思うかい」


 銀髪の男がその隣に立っていた。


「僕の『おもちゃ』を跡形もなく壊すなんて」


 口元は細く微笑みながらも、髪に覆われている瞳は鋭く光らせている。


「ねえ。そんなにあの女が気になるの?」


「……そうだな」


 少女に視線を落として見つめ、顎に手を当てた。


「これからの僕には必要かも知れないな」


「嫌な人。私がいるじゃない」


 それを聞いた男は幾分呆れた顔をして、頬を膨らませている女を見てくすりと笑う。


「失礼。君も大切な人だ」


 少女は無言のまま、そっぽを向いた。


「もうすぐ、また逢えるよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ