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嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第5話 生ける屍(後編)
34/63

その5


 それから目を覚ますまで、男は記憶を失っていた。今、肌寒い草野に横たわっている。状況が把握出来ず、暫く乏しくなった枝葉を見つめていた。ふと正気に戻ってコ―トを跳ね除け、起きあがった。薄明るくなってきた周囲を見回す。


「ここは」


 頭部と腹部に痛みを感じ、腕に擦り傷や打撲の後を確認した。


「一体誰が……」


 刹那、冷たい風の中に焼き焦げた臭いと、生温かさが混ざって鼻先を掠めていく。傍らに『死に人』が静かに立っていた。その顔は一点を見つめている。


「ここは、何処ですか」


 聞くだけ無駄であったが、つい口に出た。『死に人』がどうやって男一人を抱えて、ここまで辿り着いたのか想像も出来ない。


「いや、考えること自体が無意味ですね。二人が生きていれば、計画には支障ありません」


 突然、頭上を数機のヘリが爆音を鳴らして飛んでいく。次いでパトカーのサイレンが鳴り響き、何台も眼下を通り過ぎていった。その周辺では野次馬の声が聞こえる。どうやらここは丘の上らしかった。

 諸星はコートに手を入れる。幸いポケットに入っていたスマートフォンは無事だったようだ。


 おもむろに電源を入れ、大手検索サイトを開いた。一番上部に速報ニュースが流れている。動画配信中ボタンをタップする。


『深夜未明、山林に火柱。隕石か?』


「一夜開けた現場です。隕石が落ちたかのように中心一帯が陥没し、周囲は焼け野原です!」


 朝早くからこの周辺は騒がしかっただろう。


「辺りは黒く焼かれ、森林火事とは違った異様な光景が広がっています」


 アナウンサーは惨状に絶叫している。


「ちょ、ちょっと、待ってください!? あ、あれは、焦げた物体が複数転がっています! ああ! なんと言うことだ! ひ、人です! あれは人間の形です!!」


 カメラマンが地上の黒い物体に拡大し、フォーカスしていた。手元が激しく揺れている。


 場面が地上に変わった。待機していた女性報道者が画面中央に映る。


「現場周辺から中継です。現在ここから立ち入り禁止、現場まで約一キロ先一帯が封鎖されています」


 後方にも報道陣が多数入り乱れていた。生放送中だ。


「ちょっと待ってください。たった今入った警察の発表によりますと、現場には人と思われるような物が複数散乱しているようです。更に五台の車が衝突、横転しており、全てが燃え溶け落ちているとのことです。今回の事故について、車の事故により何らかの原因で出火、爆発し、連鎖的に周辺の車両が炎上したと見られています」


 画面が切り替わり、別の動画が流れ始めた。手振れが大きいが夜の出来事を撮影したものだ。そこに存在していた者だろう。


「独自に入手した画像には、事故とは思えない不可思議なものが映っています」


 暗闇に天に向かって赤い炎が立ち昇る。荒々しい爆風を伴い炎は大玉となって周辺を焼き、投稿者を吹き飛ばしていた。宙に浮いたスマ一トフォンは爆炎の中に物体らしきものを映し、転がって草影に隠れる瞬間までを映し出している。投稿者はリアルタイムに誰かに発信かクラウドに保存していたのだろう。


「この写っているものが何かのか、現在こちらで専門家解析中です。なお、現場車両は著しく損傷しており、車両の種類や持ち主を判明させるものが現在まで見つかっていないとの報告です。わかり次第、速報にてお伝えします……」


 女が視界を遮るように、諸星の目の前に立った。


「炎……」


 その言葉に諸星は息を飲む。


「これは、君の仕業ですね」


 『死に人』は返事はしない。ただ冷ややかな黒ダイヤの瞳で見ているだけだ。


「シ、ニ、ビト」


 諸星は大笑いした。笑い過ぎて、打撲の痛みが走り顔が歪む。


「面白い。いいでしょう」


 痛みを堪えながら立ち上がった。前に立ちはだかる女の両肩に手を掛けるが、微動だにしない。


「君の能力はこんなものではありません。もっと、僕に見せてくれませんか」


 首にある緑光勾玉が淡く光った。


「不思議です。これを見ると何故だか力が漲ってきます」


 諸星がその玉に触れようとすると、女は大きく身を引く。


「どうしても、見せてくれないんですね」


 手掌でそれを包み込みんで男を睨み返した。その眼孔には、鋭く冷たいものがある。


 前方へ諸星は踏み出した。


 この田舎に似合わないヘリの音と赤い点滅、サイレン。黒く焦げている大地。男の右異形上腕が無作為に踊った。


「やはり楓に、ふさわしい相手です」


「カ、エデ……」


 首元の緑色勾玉が勢い良く輝き始める。勾玉の中に何か別の意識体が存在しているようだった。


 見つめる諸星は、それが右異形腕の歓喜と呼応しているように感じる。

 

「君の名を教えておきます」


 騒がしい音を聞き流しながら男は口元を吊り上げた。


「君は『桂 桜子』」


「サク、ラ、……コ」


 黒ダイヤの瞳に中心から烈火色の赤いが滲んでくる。


「『吹雪 楓』とこの世を変える者です」




第6話に続く



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