表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第5話 生ける屍(後編)
33/63

その4


「ヨミガエ、ル……」


 揺れる車内の助手席で、何度も同じ言葉を繰り返している。


「ナン、ノ、タメ……」


 絡めた細い指を女はただ何となく見つめていた。


「随分、引っかかっていますね。あの警察官の言葉」


 少し不機嫌になった男の眉が吊り上がる。


「君は僕について来るだけでいいのです。君の主は、この僕です」


 少々乱暴に男は言葉を吐いた。正面を向いたまま『死に人』は呟くのをやめる。急に車内は静まり返った。異常なほどの暗闇がライトに照らされては、通り過ぎていく。


「僕は君に『死に人』だと言いました。これまで幻のような『死に人』は、知っています」


 車は赤信号で停車した。諸星は女の手を取り、握り締める。瞬間強張りがあったが、すぐに力を抜く。その握ったままの手を、男は自分の頬に触れさせた。


「だが、『死に人』は実体などありません」


 信号は青になっていたが、車は発車しない。


「君の脈打つ鼓動を、僕は感じるのです」


「コ、ド、ウ」


「そうです。胸から鳴る音を聞いて下さい。君は確かに『生きています』」


 女は瞳を閉じる。


 音が鳴った。またひとつ。規則正しい音のリズムが、体の中の隅々まで音楽を奏でている。


「イキ、テ、イル……」


「そうです。生きているのです。君が蘇った理由は、生きなければならない、意味があるからです」


 満足気に男は細く微笑んだ。


「そう。君は新たな時代の『礎』となるために甦ったのです。でなければ、意味がありません」


 女は一瞬だけ、黒いダイヤの瞳を諸星に向ける。


「完全なる世界への扉を開けて下さい。君にはこの世界を滅ぼして欲しいのです」


「……ホロ、ボ、ス」


 思わず男は大笑いした。


「君を目の前にしては、どんなことを言っても嘘にはなりません」


 車内の空気が一変する。


「僕はこの世界を、きっと変えてみせます。そのための道具は揃いました」


 右腕が膨らみ僅かに震えた。




 突然、大きな音とともに後部トランクに衝撃が加わった。運転席に一人の男が現れ、スパナでドアガラスを割る。前方のトラックが後進して、ボンネットに突き刺ささった。割れた破片が、諸星の顔に飛び散り、エアバッグの衝撃が来る。窓の隙間から催涙スプレーが顔に浴びせられた。バールでドアがこじ開けられて、諸星は引きずり出される。念動力でその一人を吹き飛ばす。しかし催涙スプレーと照明が顔に当たり、視界が確保できず周囲の状況がわからない。

 『死に人』に集中する余り、付近の警戒を怠ってしまった。


「お邪魔ですかぁ~。この道、結構物騒なんで、俺ら、巡回パトロールしてんスよ」


 堅いパイプのようなもので、諸星は何度か殴られた。息が詰まり、腹部を押さえて道路にのたうち回る。手に触れた人間を再び能力でねじ曲げた。何人いるのかがわからない。念動力で全てを蹴散らすことは出来るだろう。だが『死に人』を巻き込んでしまう恐れがあった。全体を把握しないと反撃出来ない。


「こいつ、ヤベえ武器使ってんぞ! やっちゃえ!」


「この女! すげー、いいぞ!」


 助手席のドアが開けられ、黒髪の女を三人の男達が拘束した。


「お姉さん、俺らとこれから遊ぼうよ」


「……ア、ソブ」


「そうそう、遊んじゃおうよ。あんな変な奴放っといてさ」


 女は出来事に理解対応出来ない。少しだけ見開く黒い瞳に、その輩たちを写し出すだけだ。


「やめなさい! 彼女に触れてはいけません!」


 『死に人』はまだ能力を使える程、生長していない。


 顔の近くに人の気配を感じた瞬間、頭に鈍いものが当たる。念動力でその方向に圧力を掛けると、車輌の弾ける音と人の悲鳴が聞こえた。まだ複数の人間が束になっている。潤む視界の中、未だどれが『死に人』なのか判別出来ない。


 暴漢程度に襲われて身動きが取れないなんて、全く未熟でとんだ失態だ。これで世界を変えることなど出来るのか。頼みの闇黒の右手も躍らず、役に立っていない。無力だ。

 一体自分の使命は何処に存在するのか。


「お前、何だよ。うっせーよ、ばーか!」


 怒号の後、強い衝撃が脚と頭部に加わり、そのまま意識が遠退き動けなくなった。


 やはり理不尽な世界には、鉄槌を下さなくてはいけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ