伍
狗奴国使者団は謁見の間へ通された。
イマジはカヒトを見て思った。
「こいつはまた一回り大きくなった。」と。
前回会ってからすでに何年も経っている。
カヒトはいまや自分よりも大きい存在になっている、とイマジは思った。
それなのに国にカヒトを認める者はおらず、その才能は埋もれたままだ。
コイツはまさしく臥する龍よ。
能力があっても発揮する場がなくじっとしたままの龍。
コイツが動き出せば、倭国中がコイツに飲まれる。
イマジはそんな事を考えながら、謁見を続けている。
大使ホギは戦闘への助力の要請を述べ続けているが、それはカヒト次第だとイマジは決めている。
ホギの言葉を聞き終えたイマジは、
「ヒコミコ殿のこのたびの戦への熱意と、我々への好意はわかった。しかし、我々も中立を保ってきた国という信念がある。すぐに援軍を出すと言うことは残念ながら出来ない。協議の間、旅の疲れを癒しなさっていただきたい。」
と労いの言葉をかけ、貴賓室へと案内させた。
相手は太子のホギである。
ずさんな接待は出来ない。
これから、国王イマジも出席して宴会で接待しなければならない。
宴会の席で、カヒトはイマジを見て思った。
「イマジ様は何かよい事があったか。それとも、何か火遊びでもなさるつもりなのか。」
カヒトは火遊びだろうと思った。
狗奴国使者団の訪問を、イマジは快く思っていないだろう。
ならば、よい事など起こっていたとしても、それほど喜色を表さないだろう。
「火遊び、か。変な悪巧みでなければいいが。」
カヒトの知るイマジは国王としてのイマジだけではない。
一個人としてのイマジも知っている。
一個人としてのイマジは、悪ガキの一面を持っている。
火遊びのように、危険を伴うことやいじわるを好んでする傾向がある。
カヒトは何度かそれで痛い目を見たことがある。
そんな事を考えていると少女が酒を注ぎに来た。
まだ幼いこの少女を見たカヒトは、一瞬動きを失った。
「この少女は何者だ?」
イマジはその様子を見て笑いをこらえるので必死になった。
数時間前、イヨはイマジに宴会に誘われた。
もちろん接待される方ではない。
する方として、だ。
しかしイヨはホミキやナカテの静止を聞かず、従女の一人として宴会に参加することに決めた。
イヨはイマジの言った、倭国大安を夢に描く者をどうしても見てみたかった。
「そんな方がいるのなら、一目でも見てみたい。私と同じ事を理想とする人を。」
その人物は、今自分の目の前に座っている。
「この方が狗奴国第五公子、カヒト様。」
イヨは心の中でイマジに聞いた事を思い出す。
イヨは目の前にした男に、ヒミコと同じ光を見た。
「あぁ、この人ならイマジ様の考えることも納得できる。」
カヒトの頭は、イヨを見て回り続けている。
「この人は姉上並の輝きがある。いや、この人は姉上とは違い、自分の才能に気付いていない。才能に気付き、磨けば姉上をも超える。」
ここまで考えて、ついにカヒトはこの少女が誰だかわかった。
「この方が、イヨ様か。」
イマジ様の火遊びの、なんと豪快なことか。
邪馬台国最大の敵である狗奴国の使者をもてなす宴会に、邪馬台国の次期国王候補を従女として参加させるとは。
カヒトはイヨを見つつ苦笑をもらしてしまった。
それを見たイヨも、こちらを向いてつられて笑った。
イマジはそれを待っていた。
「カヒト殿はその娘が気に入ったか。ならば今宵はその娘を寝室に招きなさったらどうか。」
とイマジは笑って言った。
宴会の席は笑いに包まれる。
13歳の少女と枕を共にしようとする男などいない。
しかしカヒトは、
「イマジ様とこの娘の承諾が得られるのなら、是非そういたしましょう。」
と笑って言った。
イヨ様と会話できる機会など、狗奴国の公子であるカヒトには二度とないかもしれない。
イマジとカヒトの話を聞いたイヨは、顔を真っ赤にして宴会の席から走るように去ってしまった。
「どうやら了承は得られなかったらしい。」
と言って宴会の席に笑いを誘ったカヒトは、別の従女に、
「あの娘は了承いたしました。」
と言われ破顔した。
その様子を見ていた狗奴国使者団はカヒトの意外な一面を見て驚いた。
「カヒト様が女性に興味を示すとは。しかもあのような幼い少女に。」
そんなこともあり、宴会は大いに盛り上がった。