壱
―狗奴国―
邪馬台連合軍はヒミコの死を知ると退いていった。
それにあわせて狗奴国軍も自国に退いたのである。
強力な邪馬台連合軍に追撃を加えるだけの戦力はなかった。
父と共に戦争に出ていたカヒトはしばしの休息を取っていた。
しばらくすればこれからの外交についての議論が始まるはずである。
父ヒコミコ(彦御子・卑弥弓呼)は狗奴国王である。
カヒトは五男四女の兄弟の8番目で、生母の身分も高くない。
(この時代、国の重役はみな4・5人の婦人を娶り、庶民でも2・3人の婦人を娶っていた。)
次代の国王も長兄に決まっている。
それにカヒトは狗奴国に対して批判の目を向けてさえいる。
「邪馬台国は我が国に対して融和姿勢を見せていた。何故戦争に訴えかけるのだ。平和的解決も出来なくなかろうに。」
といつも思っている。
そのためか、父にも官僚にもあまりいい目で見られてこなかった。
理解者といえば一つ上の姉であるミマくらいだった。
ミマの生母はカヒトの母と違い同盟国国王の娘である。
そのため母とともにミマも大切に育てられてきた。
ミマは人当たりもよく、聡明で皆から愛される性格をしている。
聡明であるためにカヒトと同じく狗奴国の政策には疑問を抱いたのだろう。
しかし、ミマはカヒトと違いそのことを口にも表情にも示さなかった。
カヒトはミマに
「カヒトはよく顔に出しすぎます。自分の考えが正しいと思っても、この国では正しいとされている事にあからさまに反対してはなりません。」
とよく言われた。
そんなカヒトも15歳になり、さきの戦争で初陣を果たした。
目の前に広がったのは無残な光景だった。
数え切れないほどの死体が転がっていた。
カヒトには人の世と思えない光景がそこにはあった。
―伊都国―
イヨとホミキは伊都国に援軍の要請にきていた。
しかし、伊都国はすぐには取り合わず議論を行っている。
イヨとホミキは別室で議論の結果を待たされているのである。
ヒミコの死後、邪馬台国は乱れた。
ヒミコの遺言となった「次代王はイヨ」のセリフは真偽が問われた。
知る者はイヨとホミキだけであり嘘ではないかという意見があったのだ。
真とした者も13歳の少女を女王として立てることに異論を述べた。
イヨはヒミコの従女として働いていたため、官僚たちとは面識がなかったことも裏目に出た。
結局イヨを支持する者はホミキなど少数であった。
現在、邪馬台国では官僚の長であるイキマ(伊支馬)・次官のミマト(弥馬升)・将軍ミマワキ(弥馬獲支)の三勢力が王の座をめぐって争っている。
強力なイヨの支持者はナカテ(奴佳テ)だけであったといっていい。
ナカテはまだ壮年であるが国王以下の四人の実力者の一人である。
イキマ・ミマト・ミマワキほどの力はないもののその仕事振りはヒミコを納得させるものであった。
イヨは身の危険を感じ、ホミキ・ナカテら少数の人をつれて邪馬台国を抜け出した。
イヨ一行は邪馬台国の内乱を収め、邪馬台連合を維持するため援軍を求めることを余儀なくされたのだ。
そして向かったのがここ伊都国であった。
伊都国には大率と呼ばれる邪馬台連合諸国監察の役人が置かれている。
また、外国からの使者を迎える国としての役目もあり、邪馬台連合でも古株の国である。
そこをイヨ一行は頼った。
大率や伊都国王ならばヒミコの言に従って力を貸してくれるのではないか、と。
ヒミコの派遣した中国への使者団が伊都国に滞在しているのもイヨらを喜ばせた。
しかし、結果は議論に持ち込まれている。
邪馬台連合を率いる国の王には誰が向いているかは重要な選択である。
使者団の長であるナシメは邪馬台国の王として定まった者にしか結果は報告せず、それまでは手出しをしないという姿勢のまま動かない。
イヨ一行は議論の結果次第では殺される可能性すらあるのだ。
しかし、イヨやホミキ・ナカテには待つ以外のことは出来なかった。
イヨは思う。
「私が王として立つ必要なんてないんじゃないか?三人の内の誰かが邪馬台国と邪馬台連合をまとめる力を持っていれば、私が王になる必要はないんじゃないか?そもそも私に本当にまとめていく力があるのか?」と。
イヨはこのことをホミキやナカテに言い出せなかった。
伊都国では議論が続けられている。