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僕らは心を振りかざす

作者: ツナサキ

 ある戦争があった。


 それはこの世の全てを巻き込み始まった。そして戦争の終結と同時に世界も終わった。

 世界には死した人々の『心』が怨念となり、醜い化け物へと成り果てた生き物『怨獣』が現れるようになった。


 人は求め、旅をする。

 怨獣のいない『安息の地』を求めて。


 彼もまたその内の一人だった。


 「ハッハー! さぁー盛り上がって参りましたよどう料理してくれようか!?」


 彼は今までの長旅に耐え兼ね、至る所が摩耗したボロボロのジャケットをなびかせながら黄色の砂漠を走っていた。

 笑いながら、楽しそうに。


 そんな彼を追いかける影を砂漠は映していた。

 何とも形容しがたい生物。表現としては『鮫』が正しいのだろうか。その鮫は全身が赤黒い色をしており、砂の中を回遊しながら彼の周りを警戒するように泳いでいる。


 そして砂上にはよだれを垂らし、呻き声の上げながら彼に近づいていく赤黒い『犬』がいた。一目で群れとわかる程に鮫も犬も数がいる。とても笑えるような状況では無い事は明白だった。


 「アハハハハハ! いつ見てもお前らキモいなぁ! 俺も死んだらこうなるのか死にたくねぇなぁ!」


 彼は丸腰。

 姿は旅人風であるが持ち物は何もなく、命綱となる食料が入ったカバン一つ背負っていなかった。

 それでも彼は笑っていた。狂ってるとしか思えない程に、その顔には笑顔が張り付いていた。


 彼は急に止まり、その場で振り返る。

 

 「そろそろ鬼ごっこも飽きたな。かかって来いよ『怨獣』共、全員まとめて返り討ちでござる」


 ふざけた口調で彼は言うが、その言葉には確かな自信が感じられる。負けないという、そんな意志が。

 彼は突然大地に足を置き、まるでこれから戦うといった体勢をとった。周囲は完全に怨獣と呼んだ獣に包囲されており、一斉に襲われれば武装も何もない彼が生きてこの場を去れるとは到底思えなかったが、


 「さあ見せてやる。俺のを」


 キメ顔でそう言った彼の手に、光が集約されていく。

 彼の体の中心から現れた光の粒子が、彼の腕へと集まっていく。そして光は次第に形を成していき、


 なんの変哲もない黒刀になった。

 装飾は無く、形も普通。刃、柄共に真っ黒の刀。頭上で熱く照らす太陽の光すら反射できない刀身は、遠くから見ればただの棒を持っているよう。


 だがそれを目の当たりにした怨獣たちは血相を変えた。

 ある個体は恨み、ある個体は憎しみ、ある個体は羨み、ある個体は恐れた。


――その刀こそ、彼の心。言うなれば心剣。いや心刀か。


 それは怨念の集合体である怨獣に対抗するたった1つの武器だった。

 心を斬るのは心のみ。


 心を『器』に注ぎ、『器』を以て怨獣を討つ。


 そして彼は黒刀こころを振りかざし、


 「見ろよ俺の心だぜ? これが喰いたいんだろう?」


 彼がそう言葉を発した瞬間、背後の犬が彼に襲いかかり、


 一閃。

 彼は持った黒刀で大きく広げた犬の口を更に大きく切り開き、軽く回転を加えながらポーズをキメてこう言った。


 「やべぇちょっと眠い」


 もしここに誰かがいたならば誰しもがこう思うのだろう。

 こいつは馬鹿なのかもしれないと。


 戦いの最中、360度囲まれた状況であるのにも関わらず彼は眠いらしい。


 「大体何でこの地帯砂漠なんだよ気持ちよく寝れねぇだろうがこの砂漠め! オラッオラッ!」


 睡眠不足を理由に砂漠を足蹴にするような動作をする彼であったが、怨獣に囲まれ剣を持ちながら地団駄を踏む彼は実に滑稽で、隙だらけだった。

 その隙を逃さず怨獣たちは彼に四方八方から襲いかかるのだが、彼は大群の群れをまるで流水の如く駆け、避けきれぬ怨獣は切り伏せて走り出した。


 斬る。走る。奔る。斬る。跳ぶ。しゃがむ。斬る。


 そうして気づくと彼の周りに動くものは居なくなっていた。

 辺りには赤黒く気色悪い血を流しながら絶命する怨獣の死骸。その上に血まみれで立つ一人の男。


 彼は再び砂漠を歩きだす。

 血に濡れた外套を捨て、旅をする。


 「……ん?」


 彼は遠くの方でまだ倒れながらも動いている生物を発見。

 その生物は、彼とよく似ていた。


 人間だ。

 倒れている人間も長旅に耐え兼ね所々に穴の開いた外套を纏っている。

 ただ彼と違う点があるとすれば、腰辺りまで伸びている雪の様な銀髪だろうか。傍らに物資が入っていそうなリュックが落ちており、その人間はどうやら何かに襲われたようで傷を負い血だらけだった。


 倒れている銀髪の人間は野盗のような厳つい連中に囲まれていたため何に襲われたのかは明白であったが、そんな事を気にも留めず、彼は久し振りに人を見かけたと目を輝かせて近づいて行った。


 「おーいあんたら何してんのー?」


 「……見てわからねぇか?」


 野盗の一人は近づいてきた彼に敵意を向けつつも観察するように頭から足まで目を向けた後、何も持っていないことに少しだけ溜息を吐く。


 「わかった人助けだろ!? あんたら偉いなぁー」


 「違ェよ! どこをどう見たらそうなるんだマヌケ!」


 彼のボケなのか本音なのかわからないようなテンションの投げかけに、野盗の一人は鋭い突っ込みを得意と言わんばかりに挟んだ。


 「え……じゃあサイン会か?」


 「何で砂漠のど真ん中でサイン書く奴が流血しながら倒れて囲まれてんだボゲェ!?」


 野盗の一人は彼にそう突っ込み、他の連中はさっさと殺すか追い払えと言った風に話す二人を見ていたのだが、


 「テメェいい加減にしねぇと――」


 「あ、さてはこの銀髪の人の体外に出せる水分を頂こうって事か? やめとけやめとけ、適切に処理しないと腹下すだけ――」


 「テメェわざとやってやがんな!?」


 「あ、バレた?」


 「ふざけやがって殺し――」


 野盗の一人はそう言って腰の剣を抜こうとし、それと同時に彼を袋叩きにするため野盗たちが彼をぐるりと囲んだ瞬間、足下から出てきた大きめの赤黒い鮫に野盗の一人が丸呑みにされた。野盗たちはその刹那的な状況変化に声の一つも上げることなく、


 「ひっ、退けぇ!!」


 その号令と共に砂漠を駆けて行った。

 とっさの判断、崩れぬ隊列、外敵への警戒。中々の練度を誇っていたようではあったが、地中からの攻撃には対処しきれないといった様子で大きめの鮫一匹に追跡されて一人、また一人と喰われていった。


 「あんたも『塔』に 向かって旅してたクチか?」


 彼はそんな仲間が喰われながらも撤退していく野盗を見送った後、何もなかったと言わんばかりに倒れている人間に明るく話しかけた。いつの間にか手には黒刀が握られており、あの鮫が自身を襲ってきた場合は応戦しようとしていたことが伺える。


 「……殺して下さい」


 「そうか」


 その人間は少女だった。

 血だらけであるものの凛とした目はまだ光を帯びており、生きていることが伺える。服装は血がこびり付いているものの乱れは少なく辱められた様子は無い。もっともその途中だったともとれるが。だがその命と運もここで尽きようとしていた。

 どうやら脚に傷を負っており、上手く歩くことが出来ないらしい。


 旅人にとって脚はとても大切なものだ。

 もちろん歩くからだ。それが出来ないという事はその場から動けないと同義であり、それが旅の途中であった場合動けないという事はこの世界では死を意味していた。


 「お断りします」


 「なっ」


 彼は少女の傍らにあったリュックを強盗紛いに拾い上げ、その場を後にしようとする。


 「ま、待って! 食料はあげます。なんなら身ぐるみ全部剥いで行ってもいい。だがら、せめてその剣で一思いに私を殺してから行ってください……!」


 「やだ」


 少女は全力を振り絞って大声を出す。このままこの誰も居ない砂の海で飢え死にや怨獣に喰い殺されるよりも彼の手で楽に終わらせてもらいたいと。

 だが彼はその願いを聞かなかった。


 「何で……どうしてですかっ!?」


 またしても声を荒げる少女に対し、彼は心底眠たそうに溜息をつきながら振り返って言った。


 「あのなぁ、この剣は俺の心なの。まだ助かる見込みをある人間を殺すのに使う程安売りしてないの。オーケー?」


 「たす……かる?」


 血だらけでキョトンとする少女に対し、「お前は馬鹿か?」と特大ブーメランの言葉を投げかけた後に彼は、


 「殺して下さいじゃなくて、助けて下さいだろ?」


 「――っ!」


 片手に持つ黒刀を彼は光へと霧散させ、その光は彼の体に帰っていくと同時に少女の物であっただろうリュックを肩に担いだ彼は倒れる少女に笑みを向ける。

 人を小馬鹿にするような、嘲笑の入り混じった笑顔であったがその表情と心遣いは少女の目に涙を浮かばせた。


 「助けて、下さい……」


 「承りました」


 嘲笑を安堵の出るような笑顔に変えた彼は血まみれの少女に近づいていき、血に濡れるのも気に留めず少女の体を持ち上げた。彼も多少怨獣の返り血で血だらけだったためあまり気にならなかったのだろう。


 「今日中に砂漠は抜けられるかな……いよいよあと少しだ」


 「ありがとう、ございます」


 「ハッハー! ちゃんとお礼はしてもらうかんな?」


 そうして彼は歩き出す。

 リュックを抱え、少女を抱え。


 彼が見据えるは天を貫かんと遥か遠くにそびえ立つ巨塔。

 塔の細部はよく見えず靄がかかり、雲を貫いているために頂上は見えない。


 彼はそこを目指していた。

 あの塔こそが『安息の地』であると信じて。

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