表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作家は《作文》と向かい合うところから……。

作者: 有知 春秋

 傲慢だった過去の自分へ向けた作文です。

 それをご理解の上でお読みください。

 私は物語を書く前に文化祭を思い出します。

 文化祭には【最初から最後まで必ずやり抜く】というテーマがあるからです。

 クラスの課題を決めて役割を決める。(起)

 仲良くもない連中と班になり一つの役割を更に分担。(承)

 班の役割が完遂し、クラス全体の創作物の一部になる。(転)

 クラスの創作物が完成し、得た喜びや創作物の評価が自分を成長させた。(結)

 起承転結とするには間違いかもしれません。ですが、【最初から最後までやり抜く】のは【起承転結】に繋がるものがあります。


 それは幼稚園の頃のお遊戯会から始まり、小学生の時の学校祭にも経験しています。


 幼稚園児や小学生でもテーマを元にして【最後までやり抜く】。もちろん、中学生や高校生、大学生もテーマのスケールに大小はありますが同じです。


 社会人。毎日の生活にテーマはありますか?

 朝起きて身支度し、会社へ行き、仕事をする。後は家に帰って一日にやった事を振り返らずに身体を休めるでしょう。

 しかし、物語の冒頭は朝起きた時から始められます。

 そして、身支度し会社へ行くだけの当たり前な日常に『私は本当は何がしたかったんだ?』と思う時があると思います。


 どんな仕事をしたかったのか……?


 今の仕事や学生生活に満足できないから『本当は何がしたかった』のかを創作できると思いませんか?

 それは二次元的なモノでも、平凡な日常を変える、という点では創作に活かせます。


 ここで一つ、二つの【言葉】に私なりの自己解釈から返答したいと思います。

【満足できないから創作できる】

 コレは勘違いです。

【満足できるだけの努力ができないから創作に逃げている】

 コレは正しい。

【満足できないから創作できる】のは『完結作からの結果』を掴み取った作家、もしくは『完結作からの結果』を求める作家だから満足できないのです。

 作品とは、小説なら序章から終章まで書いてあるのが小説です。

 作家とは、小説なら序章から終章まで書くのが当たり前です。

 画家や作詞家のように未完や未発表作でも作品が評価される小説家は『宮沢賢治』レベルの偉人です。


 先の【言葉】から思い返してみましょう。

【満足できるだけの努力ができないから創作に逃げている】から『自分の創りたい物語を完結させられない』だけです。

 幼稚園児や小学生は、テーマがあれば親御さんを感動させられる素晴らしい作品を作るではありませんか。

 中学生や高校生、大学生はそれ以上のテーマに挑み、周囲の人を楽しませ、自分達も感動できる作品を創られるではありませんか。

 幼稚園、小学生までの経験しか無い人でも、作品を完結させられる経験をしているのです。


 自分には何が足りない?


 才能?


 違います。

 創作者としての才能は、万人受けできる作品を作れる才能です。けして、自分の作品の停滞や足りない努力の言い訳ではありません。


【満足できるだけの努力ができないから創作に逃げている】


 幸せ者だと自分を解釈してください。

 小説を完結させた時の評価は今までの努力を満足させるモノではありません。当たり前です。自分の作品が一番おもしろいと思いながら執筆しているのです。他の作家よりも評価が低かったら、完結まで書いた分の挫折があります。


 完結できない事を謝罪するのは簡単です。読んでくれる読者の期待を裏切るだけですから。


 完結させても万人受けしていない作品なら、その結果は現実です。

 そして、その現実が【満足できるだけの努力ができないから創作に逃げている】に繋がります。


 作品を完結させられない作家(?)と万人受けしない作品を完結させた作家、どっちの努力が報われていないと思いますか?


 その努力の差に才能という言葉はありますか?


 努力する才能という言葉をたまに聞きますが、作品は自分が書き始めるモノです。完結させられない理由に努力をする才能という言葉を当てはめてしまうのは自画自賛、もしくは『小説を書く俺って知識人!?』という自己満足、完結できない事に謝罪すれば自作自演です。


 努力以前、筆を持つ前に【満足できるだけの努力ができないから創作に逃げている】だけになりました。


 もし、自分の作品を完結させられない作家(?)が、現実を受け止め、読者や作家仲間と作品で語りたいと思いながらこの《作文》を拝読したなら、お遊戯会•学校祭•文化祭を思い出してください。

 文化祭で何をしたかを冒頭のような【起承転結】に分けたら、作品を書く前に【流れ】を当てはめてみてください。


 おそらく三〇〇〇字ぐらいになるでしょう。


 それがあなたの完結させた初めての《作文》になり、初めて完結まで書ける可能性がある小説の種になります。

 小説の知識は無くても、読者や応援してくれる作家仲間を裏切る事なく完結まで書ける、と思いませんか?


 きっと、闇雲に頭の中のアニメーションを描くだけの長編小説を書くよりも、三〇〇〇字で起承転結を創る方が難しいと理解できます。


 自分は脳内アニメーションで書ける!


 もちろん書けますとも。私みたいな素人でも脳内アニメーションで書けるのですから。

 ですが、素人では限界があり、完結まで書けない、という現実にぶち当たります。私の作品では朱の足跡がそうですね。

 脳内アニメーションで完結まで書ける作家は、才能ではなく努力してきてます。いえ、積み重ねと言葉を変えた方が良いかもしれません。


 読者として小説と向き合う事で身に付いた読解力。


 と仮定したら、何十何百冊という小説を『最後まで読む』事で『完結まで書くための何十パターンの道筋』を脳内アニメーションで創られるように『なった』。と私は思います。

 脳内アニメーションで完結させられる作家は、完結へ向かう道筋、流れが無意識に見えているのです。才能ではなく、努力で身に付いた結晶、パッシブスキルということです。つい最近、小説を読み始めて二、三年の私が脳内アニメーションで小説を書こうなど、身の程知らずだったのです。


 脳内アニメーションでスラスラ書けるのは作家の才能ではありません。完結まで書けるようになってからなら、才能と自己評価しても良いと思います。


 そもそも脳内アニメーションを作家としての才能にするなら、プロット以外の描写はほぼ全て脳内アニメーションです。作品を書いてる作家は誰でもやってる事なので、全ての作家に脳内アニメーションで書く才能がある事になります。先にも言いましたが、脳内アニメーションで完結まで書けるようになってからなら、才能と自己評価しても良いと思います。


 小説は読まないし物語を書いた経験も無いけど……もしかして、俺ってば小説を書けちゃってる?


 すごい勘違いです。

 キャバ嬢と番号交換しただけで『脈あり?』『モテ期到来?』と思えるぐらいの幸せ者です。


 その勘違いは、処女作を書いてる最中に全ての作家が通り抜けてきた、黒歴史。

 そしてキャバ嬢は社交辞令のプロ。身近な女優です。ビジネスを恋愛と勘違いできる……私はなんて幸せ者なんだ。


 キャバ嬢への勘違いは兎も角、作家としての勘違いを本当の意味で自覚した時、作家仲間の作品がどれだけレベルが高く、どれだけ自分の創作へ向ける努力が米粒程度だったかを無理矢理理解させられます。


 あなたは自分の脳内アニメーションに振り回される幸せ者でいますか?


 それとも完結した作品から挫折を繰り返す作家になりますか?


 最後に一言。

 前者後者の先にある自分の物語を、どんな形にしていけますか?



 

 過去の作品を読む度に思うのですよ。傲慢だな、て。

 自分の脳内アニメーションを書いているだけで共感を求めていない、ような。

 かといって、今は共感を求めているのか? と言われたら、意味が違います。


 過去の私の文章は雑すぎて解読が必要なのですよ。

 今は共感してもらえる文章になりつつある。という感じでしょうかね。

 過去の私は文章もストーリーも書き殴るという言葉が当てはまる書き方だったのです。


 そんな過去の私に届けぇぇぇぇ!


 一分一秒を小説の勉強につぎ込めぇぇぇぇ!!


 今の私には経験値が圧倒的に足りないんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うんうん、非常によくわかります。私も元はジャーナリズムの学校で創作のいろはを習いにいきましたが。文芸クラスの大幅の人間が「尊敬している作家は?」という教師の言葉に「人の作品興味ないし俺は凄い…
[良い点] 過去の自分に宛てた作文なのですね。 色々な要素が詰まっていましたが、まさかのキャバ嬢の喩え、面白かったです。:+((*´艸`))+:。 [一言] あ、拙作は脳内アニメーションで書いてますよ…
2017/01/31 17:49 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ