第7話
第7話 撃冥党『キマイラ』
合格発表の翌日、電車内。
私は、宇都宮線を赤羽駅に向けて走行中。
今日は学校が休みだから制服で行く理由がなく、少しだけ気合いを入れたコーデで、撃冥党『キマイラ』のアジトに向かってる。
今日ばかりは、琴葉たちを連れて行くわけにはいかない。
でもやっぱ緊張するなー……
ちなみに、どの駅でとか電車とか、昨日調べるのにすごい苦労した。
理由はこの地図だ。
これのわかりにくさったらない。
近くの主な建物とかが書いてあったから、お父さんに聞いてなんとか突きとめられたけど、駅をおりてからどう行けばいいかはほとんどわかんない。
7時集合であるにも関わらず、これだけ早い時間に行くのはだからなんだ。
そうこうしてるうちに、赤羽駅に到着。
『まもなくー、赤羽ー、赤羽に到着です。お降りの際、足下にーーーーーー』
さて、ここからだ。
こっちの改札口なのは間違いないはずだから、あとはお父さんのこの地図をもとに…
「わっ!!」
「きゃあ!!」
突然の声にビクッとする。
相変わらず聞き間違えることのない印象度をはらんだ声だけど、なんか違和感が……
「䋝田切君!もう!おどかさないでよ!」
「はっはっは!まあまあ。てかやっぱこの時間か」
急にわけのわからないことを言い出した䋝田切君。
「昨日うちの連中に今日のこと伝えたら、『お前の地図テキトーすぎてわからねえだろうし、迎えに行ってやれ』って言われてたんだよ。大丈夫だとは思ったけど、予想どおりだったな」
一応早い時間に来たから大丈夫そうだったとはいえ、優しい気遣いをくれたメンバーの人に感謝だな。
「ホントだよもー。なんか䋝田切君非常識だし不安だったけど、まともな人もいそうだね」
何となく突っぱねた言い方をしてみる。
「ははっ、はっきり言うやつだなぁ。まー時間早くはあるけどとりあえず案内しよう。来な」
「あ、その前に!」
最初に気になったこと、言いにくいけど聞いとこう。
「さっき私のこと、柚莉愛って呼んだ?」
すると䋝田切君は、キョトンとした顔で振り返った。
「そうだけど?なんか問題あったか?」
色々あるような……てか、まだ数回しかあってないのに、何でそこまでナチュラルな対応できるんだろ……
「い、いや。ちょっとビックリしただけ。大体䋝田切君、苗字でも私のこと呼んだことないし」
「あーそういやそうだったっけな。まーうちでは皆、下の名前で呼び合うことになってるから、お前もいきなり名前で呼べよ」
「え!い、いや、前にも言ったけど私、人と話すの苦手で……いきなりその………」
「おれも言っただろ、そんなん知らんって。てかいい機会だしその人見知り的なやつも治しちまえ。大体、おれは人に気をつかうのが苦手だ」
「あ……うん……」
……なんかもう…ホントに不安になってきた……
ホントに大丈夫なのかなぁ………
「まあそんな不安そうな顔すんなって。皆は基本常識人だし。んじゃそろそろ行くぞー」
「……………」
なんかもう………喋る気になれない………
不安でいっぱいの頭が重たくなったのか、私はがっくりしながら、䋝田切君の後に続いた。
………あ、業君だっけ。
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歩いて10分ほどでついたそこは、暗いとことまでは行かないけど、あまり人通りのない裏道で、そこの一角にアジトはあった。
看板には筆記体のような字で『crescent fairy』と書かれている。
「これなんて読むの?」
色んな意味で理解できない看板を指差して訊いた。
「『クレセント・フェアリー』。三日月の妖精って意味だな」
……なんかカルマ君に似つかわしくない可愛らしさ。
入り口は階段を降りたとこにあって、入るとそこには、なんかすごいセキュリティ装置みたいなのがあった。
「ここは?」
「玄関みたいなとこだ。入り口をくぐったら次は、ここで声紋認証、指紋認証兼パスワード入力、虹彩認証を通ってやっとアジトに入れる。お前を迎えに行った理由の1つはこれだ」
「そ、そんなに……なんかすごいね………でも、DNA認証とかはないんだね」
「セキュリティをここまで厳重にするのは、ここに乗り込もうって輩を阻むためだ。さっき言った4つは調べたり入手したりが困難だが、DNAはそーでもないしな。䋝田切業」
声紋認証の通過を終え、今度はパスワードを入力し始めた。
「な、なるほど。でも、そんな見られたらヤバイこととかあるの?」
「まあ、変な意味はないが、俺が認めたやつじゃないと入れるわけにはいかないからな」
…………不安度………120パーセント…………
最後の虹彩認証を終え、分厚い鋼鉄の扉が開く。
開くと、そこには4.50畳はあろうかというほどの広いバーラウンジがあり、その拾いスペースを、たった3人で歓迎会の準備をしてる。
しかも、皆若い。
多分全員10代だ。
「あら、カルマ。その子が新入り?」
バーカウンターから1人の女の子が顔を出した。
短い茶髪で、少し背の低い女の子。
「あ、はい!神崎柚莉愛です!」
親しくしろみたいなこと言われてたけど、なんか敬語になっちゃう。
「有沢伊佐美(ありさわ伊佐美)。よろしくね柚莉愛。敬語はなしでいいよ、同い年だし。私達のことも下の名前で呼んでね。最初は緊張するだろうけど、そのうち慣れるから」
「あ、は……うん。よろしく、伊佐美ちゃん」
なんか、おだ…カルマ君の時みたいな受け答えになっちゃった。
1つ大きく違うのは、あの時よりずっと安心できることだけど。
けどなんか……やっぱカルマ君って慣れないなー……
「茅子は?もう来てるか?」
突然カルマ君が口を開いた。
「奥にいない?チコー!」
奥に向かって、えっと……伊佐美ちゃんが叫ぶ。
反応はなし。
「いないみたいね」
「あーまだか。歓迎会の前に柚莉愛のロック解除登録済ませたかったんだがぅお!?」
急にカルマ君が悲鳴をあげる。
カルマ君の後ろを見ると、小さな女の子が立っていた。
随分若い。多分中学生。
「どうかしましたー?」
あどけない顔で悪戯っぽく笑うその子は、セミロングの淡いピンクの髪で、右上に花飾りが乗っている。
「急に膝カックンすんなよなぁ……気配の消し方を教えたのはそんなためじゃねんだけど」
「あははははっ!まあまあいいじゃないですか!それより、この人が?」
「あ、えっと、神崎柚莉愛。よろしくね。えっと……君もしかして…中学生?」
すると、平らな胸を張って得意げに答えた。
「ふっふっふ、確かにチコは13歳ですが、これでも既に海外の大学を出た身です!魔女谷茅子、キマイラのプログラム担当です!」
「だ、大卒!?」
なんとまあ、そんな人リアルにいたんだ。
「すごいんだねぇ……10代で大学出た人なんて初めてだよ」
「ふっふっふ!まあそれはそうでしょう!チコほどの頭脳を持った人はそうはいないはずです!キマイラには2人ほどいますけど」
え……それよりすごい人がここには?
てゆか、魔女谷ってすごい苗字。
「けど、確か撃冥士の試験が受けられるのって、15歳以上でしょ?なんで受けられたの?」
そこで、また急にカルマ君が口を開いた。
「そもそも、なんで15歳以下は受けられないんだと思う?」
質問の内容もまた急だなぁ。
「えっと……何だろ」
「未来ある若者を危険な目に遭わせないようにってのと、働く上で大人の常識的なものが要るからなんだよ。その点、チコはすげぇ強いから危険はないし、大学で大人にもまれまくったから、その辺の心配もない。そういう場合は、特例の審議にかけられて、クリアすれば試験も受けられるんだ」
「へえー、じゃチコちゃんはそういうのもパスして撃冥士になったんだ」
あと気になったのは……
「あとさ、気になったんだけど、プログラム担当って言ったよね?ここ入る時も思ったんだけど、キマイラって普通の撃冥党じゃないの?」
すると、チコちゃんと伊佐美ちゃんが首を同時にかしげた。
「え、なにカルマ。やっぱり話してないの?」
え?話してないって………なにを……
「仕事が軌道に乗ってからだ。もうしばらくは普通の仕事が続くし、今話す必要はない」
……なんか、やっぱり何かあるのかな、この党。
まあ色々あるんだろうし、こっちも今は聞かないでおこう。
「ま、その事に関しては心配はいらねえ。言わなきゃならねえ時はちゃんと言うし、変なことに巻き込まれることもねえから。お前次第ではその限りじゃねえけど。チコ、とりあえず柚莉愛のロック解除登録先に済ませてくれ」
「はいはーい、りょーかいでーす。柚莉愛さん、こちらへどーぞー」
「あ、うん」
結局不明な点だらけだけど、心配ないって言ってたし、余計なことは気にしないで仕事しなくちゃ。
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「つーわけで、新人の柚莉愛だ。んじゃ、自己紹介どーぞー」
「あ、えっと神崎柚莉愛です!主要武器は刀2本です!多分この中で一番弱いと思いますけどよろしくお願いします!」
午後7時、キマイラのアジト。
自己紹介をして、女子陣営の中に放り込まれると、散々もまれまくった。
ロック解除登録と各メンバーとの初対面を終え、私は歓迎会の騒ぎの渦中にあった。
キマイラには、男子が4人、女子が私を含めて5人いて、そのうちの男子1人が今日は来れないということだった。
「いやーこれまた可愛い子が入ったねー。カルマの周りには何でこう可愛いのが多いかなー」
やっと落ち着いて座れたところを肩組んできたのは、人をからかうのが好きな御室蓮香ちゃん。
長い赤髪に3本金色が入ったポニーテール。
からかうと言っても恋愛がらみに限った話で、普段はここの女性陣の相談にもよく乗ってる姉御肌らしく、歳も私より2歳上。
私は驚くほど早くこの党に打ち解けたけど、それも全て彼女のお陰だ。
「いやいや、私は全然だよー。むしろみんなの方が可愛いじゃない。莉里ちゃんなんか特に」
私は急に右隣に座る井川莉里ちゃんに話をふる。
すごく落ち着いた大人しい子で、黒髪ロングのストレート。
「そうとは思えませんが、恐縮です」
照れる様子が皆無の無表情で莉里ちゃんが答えた。
ここの女性陣はチコちゃん以外は15歳以上らしいけど、莉里ちゃんは誰にでも丁寧な口調で話す。
あと大人しいというよりは、無口と言った方が正しいかと知れない。
「そーいえばカルマ君。何かわけわかんないことばっかだし、よくリーダーなんてやってるよ」
突然グチに話を切り替えると、莉里ちゃんのさらに右に座る伊佐美ちゃんが苦笑しながら話す。
「まあカルマが創った党だしね。けど、私達の中ではリーダーはカルマだけど、対策本部に登録してるうちのデータでは、リーダーはカルマじゃないのよ」
突然の話に少し戸惑う。
「え、そうなの?」
「ほら、あそこで今カルマと喋ってる人が公的なリーダーってことになってる。新人が創党手続き通るのって難しいから、あの人が私達が試験にうかった直後に創党手続きしたの。だから対策支部との連絡とか仕事の依頼とかもあの人が受け持ってる。名前聞いた?」
「あ、うん。足立野詩音さんだよね」
別のソファではその詩音さんが、カルマ君ともう1人の男の子と喋ってる。
彼は19歳の高卒らしく、卒業と同時に撃冥士の資格を取ったらしい。
「詩音さん試験では480点取った超凄腕で、しばらく党に入らないで活動してたんだけど、カルマに『俺が試験でその点を超えたら、俺の党のメンバーになって、公的なリーダーをあんたがしてくれ』ていうお願いをのんでこうなったんだって」
「よ……480…?」
その驚愕の一言に、私は言葉を失った。
撃冥士の試験では、筆記で最大130点、面接で最大50点までとれる。
最低ラインの320点を超えるには、満点のない身体力で140点は必ず取らなければならない。
480点というのは、筆記・面接で満点をとり、さらに身体力で300点取らなければならない。
撃冥士は身体力がずば抜けて高くある必要があり、それでも140点は難しい。
300なんて言ったら、体を銃弾とかで何発も撃たれても平気で立ってられたり、片足になってもシノサビ40体は相手にできたりと、常人の身体能力を何十倍も上回る人の点数だ。
しかも、それを超えたカルマ君の点数って……?
「カ、カルマ君って、試験で何点とったの……?」
私は驚愕のあまり声がうまく出ず、かすれた声を何とか絞り出してきいた。
「それが教えてくれないのよ。知ってるのは詩音だけだって」
「も、もしかして500とか……すごい感じはしてたけど、どんなにすごいんだろ……」
すると、今度はチコちゃんが急に浮き足立った声で語ってきた。
「カルマさんはすごい人ですよ!柚莉愛さんは色々もめたみたいですから信じられないかも知れませんが、昔からおじいさんに育てられて、それはそれは厳しい修行の日々だったとか」
「創党以来何個か仕事も回ってきたけど、あいつ作戦立てたりとかすっごいうまいしね。メンバーの特徴とか得意不得意もよく見極めてるし、リーダーの素質はすごいあるよ」
蓮香ちゃんも同調してきた。
皆はよっぽどカルマ君のこと信頼してるんだなぁ…
私にはまだよくわかんないけど。
「そういえば、皆は試験でどれくらいとったの?皆3.4月の試験でうかったんだよね」
多分皆私より高いんだろうけど。
「私は423でした」
「439です!」
「419だったっけ」
「456だよ」
「なっ………………!」
莉里ちゃん、チコちゃん、伊佐美ちゃん、蓮香ちゃんの順に答えた。
すごすぎる。皆凄いんだろうとは思ってたけど、これほどとは。
これは試験受ける時、緊張とか微塵もなかったんだろうなぁ………
そういえば、カルマ君が私に入党条件として最初、400点は超えろって言ってたけど、他のみんなは余裕でそんな点数クリアしてたんだ。
「皆すっごいね!私なんて356なのに……」
ここにいるのが場違いに思えるほど落ち込むと、蓮香ちゃんが優しい声で言った。
「数字なんてここじゃあんまり意味ないよ。カルマから聞かなかった?」
「?何を?」
怪訝に思って訊くと、
「ここにはカルマが認めた人しか入れない。だから柚莉愛も、カルマに認められた1人なんだよ」
それは、ある意味納得の行かない言葉だった。
認めた?カルマ君が私を?
確かに認めた人しか入れないって言ってたけど、実力がないと、とも彼は言ってた。
「私たちが400点超えられたのは、あいつの期待に応えるため。あいつは実力なんてさほど気にしてないんだよ。何を認めたのかはそのうちわかるよ」
結果、不明点が増えただけだけど、今は気にしてもしょうがない。
皆に遅れないよう、頑張らなきゃならない。
いよいよちゃんとしたプロとしての仕事感に、少したのしみでもあった。