第3話
第3話 なにかが悪い再会
私は今、我が家近くの住宅地の道角で、難しそうな書類を手に、しゃがんで停止状態になっていた。
理由は、つい一週間ほど前に少しだけ顔を合わせた、同い年くらいの撃冥士の男の子と偶然ぶつかってたからだ。
この人とは実は、まだ語ってないけどあの時一悶着?的なことがあったんだ。
その人は、自分が落として私が集めた書類を私の手から引き抜くと、今度は私が落とした撃冥党のパンフレットを拾うべく、私の後ろに回りながらきいてきた。
「どうかしたか?そんなに強くぶつかってはないはずだが」
「あ、いえ……」
あれ、なんか違和感。
ちょっと気になったので、勇気を出してきいてみる。
「あのー…もしかして私のこと、覚えてない…?」
「は?」
その人は、全くもって心当たりがないといった表情で振り返った。
「えーー…と…?」
まさか。
あんなことが。あったというのに。
「ま、まさか本気で覚えてないんですか!?一週間ほど前の朝に会ったんですけど!?」
「そんな喚くな耳が痛い」
「あ……」
な、なんか全然知らない人に怒鳴っちゃった。
こんなこと初めてだ。
あんなことって言っても、そんなに怒ることでもないのに。
「あー…まぁその、あれだ。1回ちょっと会っただけでそんな覚えられんから」
「あ、はっはいそうですよね。なんかごめんなさい」
当たり前のことを言うすました口調で彼が話す。
ホントに彼の言う通りだ。
「つーか興味ないやつ片っ端から覚えてるわけねーだろが」
「…ハイソウデスヨネ」
なんか…今のも彼の言う通りな感じだけど……正義の味方レベルですごい存在の撃冥士が、そんな発言していいのかと思わなくもない。
「なんか、そんな大事なことでもあったのか?」
「あ、いえ、気にしないでください」
「ふーん……ま、いーや。ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
彼が拾い集めて渡してきた撃冥党のパンフレットを受け取りつつ、小さくお辞儀しながらお礼を言う。
「撃冥党のパンフか……撃冥士になりたいのか?」
「……はい」
パンフレットを見ながら彼がきいてきた。
と、そこで1つ思いつく。
もしかすると、これはチャンスかも知れない、と。
再び勇気を出してきいてみる。
「あっあの、あなたも撃冥士ですよね?」
その問い、いや確認に、彼は一瞬驚いた様子を見せる。
直後、若干険しい顔。
「…なんでわかった?」
なんか悪い雰囲気だったので、私は慌てて答えた。
「い、いやその。さっき言った一週間前のことで、シノサビを6体も倒してたのを見たので」
「……あー」
やっと険しい表情を解く。
私が少し安心するや否や、彼が再びきいてきた。
「で、それがどうかしたのか?」
「あ、はい。私も撃冥士を目指してて。それでちょっと、色々相談したいなー……なんて……」
そう、ききたいことと聞いて欲しいことが………て、はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?
なんか私、普通に知り合ったばかりの人にこんな事言っちゃってる!?
こんなこと、今までの私にはとても……
もしや、いくつもの撃冥党をまわってるうちに、そうゆうことへの免疫がついたのかな。
お喜びあれ、マイベストフレンド。
私は今、大きな大人の一歩を踏みました。
いや、実は今までやってこなかっただけで、別にこーゆーの苦手とかじゃないんじゃ。
いやそーだよね、最初からそんなことわかって
「やだ」
バサッ!という効果音が脳内で響く。
なんで!?
やっと私、勇気出せたのに!
ダメだ、引き止めよう。
「いや、そこを何とか!」
しかし、あくまですました彼の声。
「いや、やだよたるいし」
「な……!」
信じられない。
この私の一世一代の渾身のアタックをすげなくいなしたんだこの男は。
「いやその、用事があるとかじゃないならお願いします!私、立派な撃冥士になりたいんです!」
「あ、そーいや用事が…」
「いや嘘ですよねそれは!?」
どーしよ。
でもここまで来て引き下がりたくない。
用事ないってつまりヒマってことじゃん!
なら少しくらいいいのに!
ホントあり得ないくらい冷たい人だった。
「あーもうガタガタガタガタうるせーなー。立派な撃冥士になりたいなら、ちゃんと修行して試験合格して、自信ないなら党に入る。それでしまいだろうが」
「いや、でもちょっと行き詰まってて。あまり時間は割きませんからお願いします!」
ここまで言ってムリならもう諦めよっかな……ホントは嫌だけど、この人の態度見てるとなんか諦めたくなる。
その人はしばらく黙って私のことを見ていたが、やがて口を開き、
「っ……しゃーねーな、じゃ少しだけ話し聞いてやるよ」
キターーーーーーーー!
ヤバい、ついにいった!
なんか無意識に緊張してたからか、やっと胸を撫で下ろす。
……と同時にその胸の平さが内心で露わとなったが、とりあえず落ち込むのは後回しだ。
「けど、長いようなら立ち話はごめんだぞ。座れるとこねーのか」
「あ、じゃーそこの公園に行きましょう。あ、遅れましたけど、神崎柚莉愛です」
その場所からもう目の前にある公園を指差し、とりあえず名乗る。
……なんかホント、なんでここまで自然に話せてるの私。
なんか自分で自分が少し怖いくらい。
「䋝田切業だ、まぁよろしく」
もう完全に観念したのか、まだ少しだるそうな表情を浮かべつつ、䋝田切さんも名乗ってくれた。
なんかやっぱ緊張するなー…
「はい、よろしくお願いします」
ペコリ、と会釈して、䋝田切さんを促しつつ公園に向かう。
**********************
「で?何が聞きたいんだよ」
公園に入ると、私はブランコの側のベンチに腰をかけ、䋝田切さんはブランコの柵みたいな鉄棒に半立ちで寄りかかった。
「あ、はい。まずですね、䋝田切さんのことを先に色々と聞きたいんですが…」
私がまだ若干緊張気味に喋り出すと、䋝田切さんが急に片手をあげて私の言葉を遮った。
「その前にまず、敬語とさん付けはやめてくれ。俺まだ15だし、同い年なんだろ?」
「あ、はい…うん」
頭を少し掻きながら䋝田切さん…䋝田切君は訂正を要求してきた。
やっぱ同い年だったんだ……
「てゆうか、なんで同い年だってわかったんですか……わかったの?」
多分予想通りの答えが返ってくるだろうと思いつつも、とりあえず聞いてみる。
「制服見りゃ分かんだろ。そのリボンの色、今年の峰南の1年の色だろ?」
「あ、は…うん。よく知ってるね」
やっぱそうだよね。
「それに、6日前の朝会った時、カバンに新入生の花のやつ付けてたろ。入学して結構経ってたってのに、ガキみたいなやつだな」
「あ……」
そういえばまだ付けてる。
だって琴葉達と同じ高校行けて、テンション上がっちゃってたんだもん……
「まぁ、色々あって……てやっぱ覚えてるじゃない!」
「さっき思い出したんだよ。てかいちいちでけぇ声出すな、近所迷惑だろ」
「っ……」
なんだろ、なんか調子狂うなぁ。
「まーいーや。なり脱線したけどとりあえず本題に戻ろう。で何だっけ?」
「あ、うん。まず䋝田切さん…君のこと色々聞きたいだけどいい?参考になることありそうだし」
「…ま、あんま立ち入ったことは聞くなよ」
「あ、うん。それは勿論」
なんで撃冥士を目指したのかとかは聞くなってことなのかな。
「…どーでもいいけど、さっきから『あ』が多いなお前」
あ、確かに。
て、また言ってるし、心の中で。
……てゆか、気になるかも知れないけど、ホントにどうでもよかった。
「ま、まーそうだね……えっとまぁ、それはともかく。䋝田切君は何歳から撃冥士を目指してたの?」
あ、今の立ち入ったことだったかも。
でも幸い䋝田切君は眉1つ動かさず、
「8歳からだ」
と至極簡潔に答えてきた。
「わぁ、私より早いね…じゃあその頃から鍛えてたんだよね。どこの道場?」
「道場じゃねぇ。俺に撃冥士のイロハを叩き込んでくれた師匠がいたんだ…師匠っても実の祖父だけど」
「へー…その人って、やっぱり凄いの?」
「ああ、じいちゃん自身撃冥士の資格を取って、じいちゃんのいる静岡のど田舎では、シノサビが出てもじいちゃんがいるから安心だってみんな言ってる…て、その話はまあいい。とりあえず、俺はそんなじいちゃんに8歳の頃から鍛えられたってことだ」
「なるほど…で、䋝田切君はこないだの試験で撃冥士になったんだね」
「いや、3月のやつだ。俺んとこは卒業式が早かったから」
「あ、そーなんだ。じゃあ次の質問ね。䋝田切君はどこかの撃冥党に入ってる?」
「ああ」
またも䋝田切君の簡潔な答え。
「まぁ、やっぱそーだよね…なんてとこ?」
「『キマイラ』」
「へー…キマイラ…キマイラ…」
しばらく小声で連呼してみた。
聞いたことのない名前だ。
あんまり強くないとこかな。
「聞いたことない名前だね」
とりあえず率直に言ってみる。
そーゆー事言っても、この人あんま怒んなそうだし。
「対策支部にいっても目にしない名前だろうしな。パンフやポスターも作ってないし、あまり積極的に勧誘はしていない」
「へー…あの…ちょっと聞きにくいんだけど…強い?そこ」
今度こそ挑発的な言い方をしてしまったが、䋝田切君はまたしても怒るような様子を一切見せず答えた。
「そりゃもちろん。精鋭揃いだぞ。数は少ないが、皆俺の認めた優秀な撃冥士たちだ」
ん?俺の認めた?
「ちょ、ちょっと待って。もしかして、リーダーって䋝田切君なの?」
「そうだけど?似合ってないか?」
「い、いや…その年でリーダーってすごいね…」
これまた驚いた。
私と同じ年で撃冥士ってだけで十分凄すぎなのに、まさか撃冥党のリーダーまでこなしてるとは……
「俺今高校通ってないしな。その辺の融通は利くんだよ」
「な、なるほど……じゃあそのさ、もし私が次の試験で受かったら、その党に入れて欲しいなー…なんて」
あー…ちょっと突っ込みすぎたかも。
さすがにこんなヒヨコちゃんを入れてくれるだなんて…
「んー…まあうちの連中がいいって言ったらいいけど?」
「えっ!?」
うそっ!?
まじで!?
「えっと、そこって女の子いる?」
咄嗟に不純なこときいちゃったけど、䋝田切君は何てことない顔で答えた。
「4人いる。うち3人が同い年だ」
……やった、最高だ。
今日朝イチで絶望感味わわされたけど、これはもしやいい縁だったり…
「ただし、条件がある」
と、そこで急に厳しい䋝田切君の言葉。
「撃冥士試験の合格点は320点だ。だが、うちに即入りたきゃ、せめて400点はとれ」
「な…!?」
それは、あまりに希望のない宣告だった。
320点ギリギリで受かるというのは、もちろん撃冥士の中では底辺の点数だ。
でも、400点といえば、試験を受ける前から合格すること前提で、むしろ何点取れるかしか眼中にない人の取る点数だった。
「次の試験で合格したら、点数を開示してもらっておれんとこまで持ってこい。400点以上ならその場ですぐ歓迎してやるが、未満なら受かってもしばらくは入れてやれん」
「そ、そんな……」
なんか色々聞けてやっぱいい人なのかなとか思ってたけど、やっぱ冷たい人だった。
「まあその場合は、シノサビ退治をしばらく我慢して、修行して鍛えてまたうちの門を叩いてみるか。つっても別にそんなにうちに入りたいわけでもないだろうし、他の党と今からコネ作っとくかだな。因みにオススメの党とかはねえぞ」
「…………」
もう何も話す気になれない。
てゆうか……考える気にもなれない……
「聞きたいことはもうないか?なら俺は帰るぞ。じゃあな」
「あ、うん…じゃね……」
あえて落ち込んだ声で返したが、まるで気にしないように軽い足取りで去っていく。
明日からもっとハードに鍛えるべきか…他の党を探すべきか……