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枯骨の君と死の錆  作者: 月神 莉緒
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第1話


 この世で人という生き物を完全に理解できる、または言葉で表せることなどできるのだろうか。

 それは万の言葉を用いようとも表現しきることは出来ず、またそれを成すのは、この世で最も困難な事の1つであることは、誰にも否定できないはずだ。

 挑発的な言い方をすると、逆にもしいるというのなら、答えて欲しい事は星の数ほどある。


 例えば、これから話すシノサビのこともそうだ。


 それは一体何なのだろう。

 どこから来て、何が目的で、何が原因なのだろう。

 そしてそれは、人間の何なのだろう。

 何より、それを殲滅する方法があるなら、誰にもいい、教えて欲しい。




第1話 挑み始める者


 「柚莉愛!!逃げろ!!!」

 「でも、お兄ちゃん!!」

 「俺に構うな!!とにかく走れ!!!」

 「お兄ちゃん後ろ!!!」

 「うあ!!うああああああああああああ!!!」

 「お兄ちゃああああああああん!!!!」


 ガバッ!!

 悪夢から手段を問わず逃れるべく、彼女の無意識は無理矢理に彼女を飛び起きさせた。

 大量の汗、荒い息、激しい鼓動。

 夢から醒めたばかりの神崎柚莉愛(かんざきゆりあ)は、さっきまで見ていたものが夢であったことを認識し、深いため息をついた。

 夢として思い出したその忌まわしい過去は5年前のもので、あまり古い記憶ではないが、15歳の柚莉愛にはかなり昔のことのように思える。

 しばらく柚莉愛には立ち上がるための気力が欠けていたが、数秒で呼吸を整えると、ベッドから足を下ろした。

 今日は、琴葉の高校生活の始まりであると同時に、長く心の中に居座っていた目標が動き出す日なのだ。


 そう、撃冥士(げきめいし)としての目標が。



 朝食と身支度を済ませ、柚莉愛は今日から通う私立峰南高校へと向かい始める。

 先述の通り、柚莉愛は今日から高校生となったのだ。

 難易度の少々高いだけの平凡とした高校で苦もなく合格し、中学時代からの友人も共に通うこととなっており、特に緊張することもなく学校へ歩を進める。


 そう、高校生活に緊張する必要などない。

 真に気合いをいれるべきは他にある。


 同じく先述の通り、柚莉愛には達成すべき悲願がある。

 5年前、生涯をかけて成し遂げると誓ったーーーー


 「きゃあああああ!!シノサビよーー!!!」


 突如聞こえた悲鳴に、柚莉愛は一瞬身をすくませた。

 振り向く動作が終わると同時に視界に入ったのは、2体のおぞましい存在だ。


 それは、シノサビと呼ばれるゾンビのような存在だった。


 髪は散らかり、目は赤黒く光り、体色は茶と黒の中間といったところ。

 全身から体液らしきものが垂れ落ち、大きな動きで走り回る2体のシノサビは、どこからともなく現れ、人々を一瞬にして恐怖一色に染め上げた。

 

 しかし、柚莉愛だけはもう1つ別の感情があった。


 何を感じたのかは本人にもわからない。

 ただ1つ確かなのは、周囲の人が我先にと逃げ去る中、琴葉を立ち止まらせたのがその感情だということだ。


 ーーどうしよう。でも逃げて、それでいいの?


 ーー私は、やっと今日から撃冥士として……


 「ぎゃああああああああああああ!!!」

 柚莉愛が戸惑っていると、2体のシノサビは近くの中年の男を捕まえ、大きく開いた口で男の肩と腕を噛み砕いた。

 瞬間、柚莉愛は地面を蹴っていた。


 ーーもう迷っていられない。私が………!


 だが、猛然と突進していた柚莉愛を次の瞬間、視界に入った2人の影が止めた。


 撃冥士だ。


 30代前半と思しき男の2人は、それぞれに近い方のシノサビを蹴り飛ばし、細長く西洋然とした剣を抜くと、2体のシノサビの首を跳ね飛ばしたのだ。

 よかったーーと思うも束の間、重要なことを忘れている。

 シノサビに噛まれた男がいるのだ。

 2人の撃冥士は、シノサビを斬った剣をしまわず、片手にぶら下げたまま被害者の男に近づくと、再び剣を構える。

 2人のせんとしていることは、最初からわかっている。


 噛まれた男を殺すのだ。


 男は再び悲鳴をあげ、逃げ惑っていた人々は、その近くに群がり、固唾を飲んでその光景を見つめる。

 誰1人、止めようという人はいない。

 無論、柚莉愛を含めて。

 残酷すぎることだが、シノサビに噛まれたものは、すぐに息の根をとめねばならない。


 その人もまた、シノサビになる前にーーーーー


 柚莉愛がどうしようもないことに嘆いている中、三度目の男の悲鳴。

 2人の撃冥士の1人が、中年の男を肩から斬った。

 周囲の人は、シノサビを退治したことへの賞賛を送る気にもなれず、それを見届ける。

 柚莉愛はその光景を見て、改めて誓った。


 必ず立派な撃冥士になる、と。


 **********************


 「春の温かい日差しの中、私達は伝統ある……」


 漫画などでありがちな、ありふれた台詞だ。 


 ここは、峰南高校の体育館。

 今日を以て入学した300余人を迎える、入学式の最中だ。

 柚莉愛はその中の1人として新入生の大群にまじり、新入生代表の言葉を聞いている。

 ただ、耳に入ってはいるが、無意識の内にというだけのことで、内容は全く聞き取っていない。


 柚莉愛は、今朝のことを思い出していた。

 目標始動の日の朝一番で見たあの光景を繰り返し思い出し、その事に関する全てに憂いていた。


 50年前、突如降って湧いたシノサビという謎の存在に、日本は大いに動揺した。

 その後数年かけて措置がとられ、研究も最優先事項として予算が割かれ、あらゆる対策をとったが未だ犠牲者を完全になくすことは叶わないでいる。

 さらに近年、日本は打倒シノサビに関することで多大な損失をした。

 つい6年前だ。

 日本にはそれまで、新選組(しんせんぐみ)と呼ばれたシノサビ撃退部隊があったのだ。

 彼らは当時、シノサビの研究を日本最速で進めていた京都の聚楽郭(じゅらかく)に拠点を置き、全国に支部を設け、日本でおきるシノサビ被害を迅速に鎮めていた。


 しかし6年前のある日、新選組が、そして聚楽郭が落ちたのだ。


 ある日、新選組総隊長の命令で、日本全国の支部の主だったものが聚楽郭に召集された。

 何ヶ月経っても、人里離れた聚楽郭からは音沙汰がなく、聚楽郭には許可がない限り勝手には入れない。

 支部に残された新選組の組員たちを始め、日本中がくすぶり始めて、1年近くが経過した。

 政府はついに、聚楽郭への強行侵入を決行した。


 だが驚いたことに、聚楽郭へ通じる唯一の道の大門でさえ、呼びかけに応じなかった。

 とうとう大門を破壊して中へなだれ込むと、そこには大量のシノサビが転がっていた。

 それは聚楽郭を同様だった。

 そこで発見されたシノサビの数は、実に45万体。

 その地獄絵図っぷりに嘔吐したものもいたという。

 数週間に渡り捜索したところ、新選組の総隊長や聚楽郭を治める彼の父のDNAが検出された血が発見されたという。

 シノサビ化した人は、長くその姿でいると生前の面影をなくすため、はっきりとは分からないが、その事から、シノサビ殲滅の大きな役割を担う2人を失ったと政府は断定し、日本を震撼させた。


 政府は新選組に取って代わる代案を検討したが、これと言った案はなかなか出ず、苦肉の策で実行することとなったのは、『撃冥士』と呼ばれるフリーのシノサビ撃退士を頼るという事だった。

 そのシステムは至ってシンプルで、中学校を卒業した15歳以上なら、身体能力と被害を最小限に食い止める知能を測る特別な試験を受け、合格すれば撃冥士を名乗り、シノサビを積極的に攻撃していいというものだった。

 それまで一般市民は、正当防衛程度のシモサビに対する攻防は認められていたが、新選組でないにも関わらず、積極的に攻撃することは禁止されていた。

 生半可な実力では、ミイラを取りに行ってもミイラにされるだけだからだ。

 だが、撃冥士の資格をとれば、新選組の組員とほぼ同等の権利を得て、シノサビを積極的に攻撃してもよい…いや、しなければならない、というべきか。

 極めて危険な仕事だが、その制度の発表と共に撃冥士の資格を求めるものは少なくなかった。

 理由は大きく3つある。


 1つは単なる善意である。

 人の圧倒的脅威たるシノサビを討つことをしたいという人は多かった。

 さらに考えた人たちは、撃冥士の専門学校や道場まで開くに至ったほどだ。

 2つ目に、これも単純な理由だが、名声を求めてのことだった。

 元々人は、新選組という存在を絶大とし、シノサビに怯えるほとんどの人が何よりの頼りとしていた。

 その立場に立ち、シノサビを倒せば、多くの人に賞賛され、尊敬され、あるいは親•祖父母といった人たちから褒められるのは、誰も疑わなかった。

 3つ目に、これが大事なのだが、シノサビの数が大幅に減ったことである。

 減ったのは丁度、新選組が滅んだ6.7年前からだ。

 それまでは、1日に1度はシノサビが視界に入り、またその数が50以上と多かったのだが、今ではシノサビを見ない日も珍しくなく、先の事例の様に、1度に10体以下ということもあるほどだ。

 その理由は定かではなく、20体以上と多い時もあるが、そういった時は、撃冥党と呼ばれる撃冥士のチームがことを治めてくれるため、市民も逃げに徹していずれかの撃冥党の到着を待てば、大事には至らない。

 もしそんな状況でなければ、撃冥士を志願する人は今の3割程度か、あるいはもっと少なかったはずだ。

 皮肉なのは、新選組の壊滅によりシノサビの数が減ったなら、それも悪くなかったのかも、などと考える人たちがいることだ。

 ともあれそういったことが主な理由で、撃冥士を目指すものは多いということだ。


 そしてそれは、神崎柚莉愛も同じこと。

 5年前、当時10歳だった彼女にはあまりに残酷な過去を強いられて以来、都内の道場に通い鍛え続け、今日の放課後にある、撃冥士の試験に臨むこととなっている。

 試験の内容は老若男女問わず同じもので、最年少の女子たる柚莉愛にとっては極めて困難だが、強い決意と熱意、そしてたゆまぬ努力を思い出し、柚莉愛は今日、試験に、夢に挑む。


 **********************


 「しょうがないわよ。10歳の女の子がたった5年お稽古積んだだけでその点数なんて凄いじゃない」

 「そうだぞ柚莉愛。この調子だと、来月の試験には必ず受かるさ。自信を持て」

 「うー…もう少しだったのに……」

 試験日の2日後、時刻は20時。

 私は我が家の食卓でサラダを食している。


 撃冥士試験は、残念ながら不合格だった。

 お母さんとお父さんの励ましてくれて少しは楽になるけど、やっぱりもう少し落ち込んでそう……

 「はぁ……でも合格点の9割くらいしか取れてないんだよー……こんなんじゃ撃冥士になれるのにあと3回は試験受けないといけない………あ、おかわり」

 「そう言ってられるから柚莉愛はすごいんじゃない。大丈夫よ。来月は受かるわよ」

 「うーん……そーかなー……」

 「………じゃ諦めるか?」

 「諦めない!絶対次は受かるんだもん!」

 「ほらほらその意気よ。はいおかわり」

 「あ、ありがと」

 お茶碗を受け取りながら、私は心の中で励ましてくれたことにもお礼を言った。ありがと……

 「で、学校はどうだったの?琴葉ちゃんたちとはクラス同じになった?」

 「あっうん、みんな同じだった。小学校卒業して別れた人とかもいて、友達作りは大丈夫そう」

 試験に合格したかで私はこの5日間ずっと悩んでいたから、お母さんも聞きたくても聞かずにいたんだろうな。

 「あーそれはあんたにとって救いよね。あんた友達作るの下手だし」

 「な!そんなことないよ!現に今友達いるじゃん!」

 「じゃあ今まで自分から友達になりに行けたことあった?」

 「………いじわる」

 そう、私は自分から友達になるために行動できたこと……じゃなくてしたことはない。

 ずっと友達に紹介してもらったり、授業の何かできっかけができて、とかそんな感じ。

 「別にいいんだよ。私は多く作るより、今いる友を大切にする主義だから」

 「このタイミングでそんな迷言言われてもなぁ……まあ無理することではないにせよ、コミュ力が不足していると、撃冥士になってからも大変だぞ。撃冥党のどれかにはちゃんと入る気でいるんだろう?」

 「う……そこもだれかに紹介してもらったり……」

 「柚莉愛ちゃん?」

 「はいすいません」

 

 和やかな会話に彩られ、夕食を終える。

 2階の自室に入り、ベッドにダイブして携帯を開き、私は友達とのトーク履歴を見た。

 すでに友達には、試験に落ちたことを伝えて、やや荒い励ましをもらってたんだ。

 それを再び確認し、明日からまた再開する稽古に気合を入れる。

 試験日は不定期だけど、月に1度と決まってて、だいたい合否の発表日の20〜30日後。

 ついでに言えば、18歳未満で撃冥士試験に合格した人はほんの僅かだという。

 その点、中学を卒業したばかりの私が合格にあそこまで近づけたのは、お母さん達は言う通りまだマシだったんだろうな。

 ……因みに、これは決して言い訳じゃない。

 ただ、これしきでは諦めないということなんだ。

 その証拠に、明日からはまた目の色を変えて頑張るんだ。

 次の試験まではあと22日。

 それまでにもっとお稽古を積んで、次こそ撃冥士の資格を取るんだ。

 さて、気合いを入れ直したところで、何だか今日はもう眠い。

 勉強を少々と風呂を済ませて、早く寝てしまおっと。

 明日からまた、厳しくなるんだから。


 **********************


 翌日、登校中。

 今日から学校では、本格的に授業が始まるんだ。

 教科担当の先生や授業でどんな出会いのきっかけがあるか……いや、なくてもいいし。

 なくても問題はなし。

 今日からはクラスのやんちゃな男子や、注目される特技をもった女子にもお目にかかれるのかな、と期待に胸を膨らませ……


 「うあああああああ!!シノサビだああああ!!」


 突然の悲鳴。

 振り向くとシノサビが先日と同じく獲物を求めて現れた。

 多い。

 その数、6体。

 基本シノサビは思考が読みやすいけど、あんなに数がいたら、下手な撃冥士ではかえって餌食になっちゃう。

 その光景を見て、私は頭が痛くなるほど悔やまれた。

 なぜ日頃からもっとハードな稽古をしなかったんだろう。


 しかし、逃げ始めた周囲の悲鳴をきき、私は今度こそ被害者が出る前に、全力でダッシュしていた。

 もう、被害者が出るのは見てられない。


 でも、それも遅かった。

 シノサビの1体が、ランドセルを背負った男の子に掴みかかった。

 いやだよ。もう絶対……!!


 次の瞬間、再び悲鳴が上がった。

 でもそれは、男の子のものじゃない。

 その男の子に掴みかかったシノサビの悲鳴だった。

 そのシノサビは、血しぶきを上げて倒れていた。

 男の子は奇跡的に助かったことを構いもしないで、ただ恐怖のままにこっちに駆け寄ってきた。

 「大丈夫!?」

 私は男の子を受け止めると、噛まれた痕がないか、男の子の体を見回す。

 よかった。噛まれてないみたい。

 安心していると、前方から血しぶきを散らし奇声を上げる耳障りな音が耳に入った。

 その方向を見ると、さっき男の子を掴んでいたシノサビを弾き飛ばし、男の子を救ったと思える影が、半身(はんみ)の姿勢でその手で討った6体のシノサビを見下ろしていた。

 かなり若い男。

 多分、私と同じくらいの年かな。

 塩1つまみ分くらいの青が入った綺麗な銀髪。

 目もハーフなのか、すごく綺麗な水色だった。

 目にかかるほどの長い前髪のせいで顔は見えにくいけど、前髪の左端あたりを黒と青のヘアピンで十字に留めているから、左の横顔だけははっきり見える。

 左耳にはピアス。

 同い年に見える割に私服を着ていた。

 中卒でもう働いてるのかな……なんて考えてると、私の視線に気付いたのか、ゆっくりこっちを見た。

 な、何だろ……

 正面からみると、すごくかっこよかった。

 けど、目つきはちょっと気圧されるほどに強く、6体のシノサビを楽々仕留めた強さを物語っていた。

 多分男の子の無事を確認してたんだ。

 数秒こちらを見つめて、すぐにどこかへ行こうとした。

 でも、なんでだろう。

 「あ、あの!」

 立ち去ろうとするその人を止めちゃった。

 その人はもう一度ゆっくり振り返って、私を見据える。

 その人はしばらく黙っていたが、やがて、

 「……何だ?」

とだけ言った。

 だけど、自分でも何で止めたのかは分からなかったから、何て言えばいいかは分からなかった。

 「え、ええとぉ……」

 そもそも、ホントに何で止めたんだろ。

 同い年で撃冥士やってるっぽかったから?

 じゃあ何か質問したいのかな。

 いや違う、この男の子を救ったのはこの人だ。

 じゃお礼が言いたいんだ。

 ……なんかピンと来ない。

 でももう引き止めちゃったし、何か言わなきゃ。


 「あ、あの………!」


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