母と私
私はこれまでの時間を母と共に過ごしてきた。
朝起きるときも、食事をするときも、どこかへ出かけるときも、寝るときも、ずっと一緒に。
そんなことを言ったら周囲の人間から奇異な目で見られてしまうのだろうが、私と母にとってはそれが当然であり、後ろめたいことがあるわけでもない。それは他の人においても同じこと。だから、事情を知れば誰もが納得する。
正直な話をすると、私は体が不自由なため、補助なしに自立することができないのだ。
だからこそ、実際に他人から気味悪がられた例は一度だってなかった。
親戚なんかは優しく微笑みながら私の方を向いてくれるし、何度も声をかけてくれる。
その様子を母はいつも嬉しそうに眺めていた。
私の存在が母の生活に支障を与えてしまっている事実を包み隠すことはできないが、少なくとも幸せであったことは確かだ。
ただ一つ残念なことを言うならば、父が単身赴任しているため、あまり会うことができないこと。一緒に過ごせる時間は短く、これまでにおいても数えるほどしかない。
私の夢は、いつか必ず三人で暮らすことだ。
そして、親子円満な日々を目指すためにも、私が置かれている不自由な現状を一刻も早く脱したいと思っている。
ただ、それには相応の時間を要するため、結果が出るのはまだ先の話。
もちろん、焦りは禁物だ。
早まり過ぎると自分の身を滅ぼしかねない。母を悲しませてしまっては本末転倒になる。
落ち着いて、自分のペースで成長していくことこそが重要なのである。
だが、そんな未来が訪れることはなかった。
ある日の夜、私と母はいつものように同じ部屋で過ごしていた。
母が私のために子守唄を歌ってくれていたため、私はとても心地よい時間を送っていたわけだが、そんなとき、インターホンが鳴ったのだ。
真夜中というほどの時刻でもなかったため、母はなんの疑いもなしに玄関へと向かった。私も同行して。
それから母は、鍵をかけた扉越しに何用かを尋ねた。
すると、若い男性の声が返ってきて、届け物があると言う。
どうやら配達員のようで、彼は父の名前を口にした。
父からの届け物らしい。
用件を把握した母は、そのまま鍵を外して扉を開く。
もっと警戒をすべきではあったのだが、父から何かを送ってくることは珍しく、気が緩んでしまったのだろう。
ーー開いた扉の先には、配達員の格好をしながらも、片手に包丁を持った男が立っていた。
母は驚く間も無く、飛び込んできた男に腹部を刺された。
次第に流れ落ちる母の血。
それを見た男は、満足そうな顔をしてどこかへ走り去って行った。
母の元にいながらも、手も足も出すことが出来なかった私。
こんな体でなければ、母を救えたかもしれないのに。
そう悔やむ暇もなく、母が床へと倒れこむ。
そのときにはすでに、一つの命が消えていた。
それは母ではなく、他の誰でもない、私自身。
母の腹部に刺さった包丁は、私の小さな体をいとも簡単に切り裂いていたのだ。
母と共にしてきたわずか数ヶ月の日々。
自分だけでは何をすることもできず、母に任せきりだった時間。
叶うならば、人間として生を受け、いつかその恩返しをしたかったものである。