普通使いの夢見習い
試しに書いてみました。
お口にあえば嬉しいです。
「さて、今回の問題はこちら。君ならどうする?」
青い空を染める無数の赤い竜たち。
その先頭を進む紅蓮の炎を彷彿させる、一際巨大な赤竜を地上からまっすぐに見つめる。
青髪で艶姿の美女、セリナは、竜の大群を指差しながら脇に控える少年へと問うた。
天を引き裂く雷鳴のような咆哮をあげる赤竜たちは、ここより4つの丘と9つの山を越えてきた。
彼らは一様に鋭い眼光を光らせ、巨体を纏う怒気は目視できそうな程であり、いかなる生物をもってしても、怒れる赤竜の群れから怯え逃げ出すだろう。
現に、セリナと少年の周りといえば、広大な丘の頂上に居るというのに、辺りを見渡すせど生物の気配など欠片も存在しない。
すでにここら一体の生きとし生けるもの全て逃げ出している。
そんな中、赤竜の群れは迷うことなく目的地を目指し進んでいる。
セリナたちの居る場所に向かって。
「視界を覆い尽くさんばかりの憤怒の化身、か」
浮岳エルジャーラに住む、異界グランデラで最も恐れられている赤い竜エル・グラン。
気性は元来は穏やかであり、長命な彼ら竜は、他の生物に基本的には敵対しない。
基本的には。
「さしもの温和な赤竜も、竜族で至高とされる宝を盗まれるとなるとねぇ・・・」
と、セリナがぼやく。
傍らの少年はというと、竜の咆哮に驚いておぉーとか呆けた声をあげるのみだ。
赤竜エル・グランが普段の温厚さを失い憤怒の化身と化した原因として考えられるのは主に2つ。
身内が理不尽に嬲り殺しにされ一族の誇りが穢された時。
実際に、過去に竜族を愚弄し調教せんとした過去の人族の国家が滅ぼされている。
そしてもう一つが、
「世界至宝『竜星』の強奪、か」
「リューセイ?」
そこで、間抜け面のまま竜を眺めていた少年が訪ねる。
「そう。『竜星』はエルジャーラに住む竜族の宝。
この世界が創られたその日の夜、空から流れてきた謎の鉱石。
別名は神の涙とも言われ、世界創造を終えた神が、この地に生きる全ての種族が争い自滅する未来を予言し、悲しみ嘆いて流した涙が天より零れおちて来た、という伝説に基づいてる。
飛来した神の涙はエルジャーラに流れ着いたとされ、世界創造の時代から存在しているらしき竜たちは、神が予言した未来を避けるために選ばれた種族であると誇り、その鉱石に『竜星』と名づけ、今なお世界の秩序を守っているわけ。
だから、彼らにとって自分たちの存在証明だったりする『竜星』は彼らの命よりも大切なもの。
それが、盗み出されて竜族が怒ったってのが今回の話。
って、長々と説明をしたけど、言葉が通じないんだったね、君」
ふーっとため息を吐くセリナ。
少年はというと、リューセイ、リューセイと口にしている。
心なしか楽しそうだ。
その和やかな雰囲気とは対照的に、赤龍エル・グランの群れは、彼らの体表をおおう巨大な鱗の隙間を数えれるほど近づいてきている。
エル・グランの長であろう先頭の巨大な一頭など、怒りを伴った強力な威圧がビリビリと痛覚に訴えかけてくる。
何より、彼ら龍族がその種族で特有の体内器官から炎を生成し、口腔より放出するブレスの射程圏内はもうすぐである。
ブレスを吐かれてしまえば、生身の人間ではひとたまりもない。
近くで感じる竜たちの存在感に冷や汗を流しながら、セリナは少年の肩を抱いた。
少年はまだ年の頃は9か10といったところ。
そんな彼を左腕に抱きながら、彼の目をみつめる。
少年もそんなセリナの振舞いに呼応して、その純粋無垢な黒い瞳で彼女と見詰め合う。
「異世界の迷い子。何事を成す能を持たず、何事も話す言葉を持たない子。いつもの奇跡を、頂戴?」
普通使いのセリナは、妖艶な笑みで少年には伝わらない言葉と知りつつ語りかけ、頬に口付ける。
少年はニコリと愛嬌たっぷりに笑うと、
(オッケー!)
セリナに伝わらない、いや、この世界の誰にも伝わらない言葉で、ただ肯定の意思を宿した笑みと共に、彼は答えた。
少年は左肩に回されたセリナの腕をそっと解くと、彼女の正面にたつ。そして、自分の頭を右手の人差し指で指し、そして見上げた空に届けとばかりに両の手のひらを掲げる。
ただのジェスチャーだ。
しかし、そのジェスチャーから意を汲み取ったセリナは頷き、右手に握った桧製の杖を掲げる。
杖の先に装飾された紅玉を翳すと、キラキラと向日葵色の光が顕れ、少年を包み込む。魔法だ。
異様な事態を察したのか、先頭の巨大な竜が速度を落とす。
それに倣い、竜たちが次第に動きを止める。
赤竜の長の鋭利な牙の揃った口からは、閉じているのにもかかわらず火が漏れ出ていた。
いまにも火炎のブレスを吐き出さんとする直前。
セリナの魔法が発動。少年は、右手を天に突き上げた。
『コレ・・ハ・・・』
赤竜の長が怒りを忘れ、空を見上げる。
流れる。
流れていく。
光たちが。青空に線を引きながら。
輝いて、瞬いて、流れていく。
昼間でありながら、陽の下でありながら、なお輝く光たちが。
1つではない。視界を覆いつくさないばかりの、光たちが。
いくつも流れて、消えて、また流れていく。
それは、少年がいつの日か、父と母に連れられ眺めた、流星群の星空だった。
見れば、全ての赤竜たちが、進むことを止め、流れ続ける光たちを眺める。
青い空に、赤い竜の群れ、そして、何にも勝る輝きの流れ星。
「きれい・・・」
思わぬ幻想的な光景に、セリナも感嘆の溜息を漏らす。
少年はその中で、ただ笑顔で空を眺めていた。
『ニンゲンノオノコ。ナンジ、ナニモノ』
赤竜の長が、どこぞとわからない場所から大地を響かせるような声で、人の言葉で語りかけてくる。
「グランデラの監督者にして誇り高き赤竜の長よ、無礼をお許しください。
私の名前はセリナ。
普通使いの夢見習いセリナ。
その子は名も無き子、私が保護している言葉を解さぬ少年です」
あまりの光景に見蕩れていたセリナが、竜の声で我に返り答える。
赤竜の長は口から漏れ出ていた炎がいつの間にか消え、怒り心頭だった目からは、今では理性的な感情を見て取れる。
そして、セリナより少し離れた大地に着陸した。
どうやら、話をさせてくれるようだ。
地面を揺らしながら近寄る巨大生物にセリナが慄いたが、少年はただその巨体を見上げていた。
『ナルホド。ナンジ、ヒトニナダカキ、セリナ。コタエヨ。コレハ?』
「・・・幻覚の魔法の一種です。投影の魔法。対象の相手が記憶や思い出を映し出す魔法です」
まさか遠く離れたエルジャーラの地まで自分の名が届いてるとは思わなかったことに驚きながら、セリナは答えた。
『カコノキオク・・・ダガ』
「えぇ、私たち、いや、歴史上の誰もがみたことないものでしょう」
なにせ、この世界に『星』は1つしか存在しない。
彼らの世界を照らす、たった一つの太陽しか。
故に夜空に星が流れる、ということもないのだ。
過去に一度、そう、『竜星』が流れた時に、しかも1つだけしか。
『デハ、コレハ』
「この子は、この世界の人間ではありません」
『ナニ?』
「そう、いま私たちがみているのは、彼が見た、異世界の光景なのです」
『ナント、ソノヨウナ・・・オノコ、ツタワルマイ。ワガココロ』
首を下ろし少年に顔を近づけ、彼に語りかける。竜の鼻息で少年の前髪が舞う。
『ワガナ、エル・マギア。ワガソフ、ソノソボ、エル・シャニア、ミタ。ナガレシ、リュウセイ』
それは一体、何年前のことなのだろうか。悠久を生きる竜の寿命は1000年とされている。少なくとも、4000年以上前だということか。セリナたち人間は短命故に、4000年も前の歴史など失われている。人族では失われた『竜星』の歴史が、エル・マギアというこの赤竜の長から語られた。
『シャニア、コドモノトキ、リュウセイ、ミル。ヒトツノヒカリ、エルジャーラ、オチル。
サワル、リューセイ、ツメタイ。トキノオサ、シル。コレ、カミ、ナゲク、ナミダ。』
それは、『竜星』に伝わる伝説。
神が嘆き流した涙であるとした歴史。
『ダガ、ナンジ、ワラウ。オノコ、ナゼ、ダ?』
言葉が伝わらないことを知りながら問う赤竜の長。
本来なら一触即発の事態にハラハラとしながらことの次第を見つめるセリナの視線の先で、少年は。
空を見上げた。
竜もまた、空を見上げ、セリナも見上げた。
まだ、魔法は続いていた。
流れ星という名の魔法が。
赤竜の長が少年に視線を戻すと、少年はただ、ニコニコと笑っていた。
『ソウ、カ。ワレ、シル。コレハ、カナシミ、チガウ。ナゲキ、チガウ』
『ヨロコビ、ダ』
何か得心がいったのであろう。腑に落ちたとばかりの瞳の赤い竜の長は、元来の温厚そうな雰囲気に戻った。
少なくとも、セリナたちを害する気持ちはないらしい。
セリナは、ホッと一息の安心を得る。
先ほどまでの、この世の終わりを感じさせる緊張感はなくなっていた。
「誇り高きエル・マギア、お伝えしたいことがあります」
『キコウ』
「我々人族の恥知らずが、あなた方の竜星祭の最中に至宝たる『竜星』を盗み出した件についてです」
『フム』
「人族の国では現在、盗人である『蒼の天命』という組織を捜索しています。
おおよその潜伏場所がわかりましたが、組織が大人数の戦闘員を抱えていることが確認されました。
よって、我々人族は、あなた方、竜族への敬意と誠実さを示すため、組織を討伐し『竜星』を奪還する連合軍を結集しています。
数日中には彼らを討伐し、『竜星』を奪還、その後、竜族にお返しいたします。
今回の不始末について、我々の力で解決し、我々の謝罪と誠意を示させて頂きたいのです」
『ヨキヒト、ワルキヒト、チガイ、ワカラズ。
ワレラ、リューセイ、ミツケルマデ、ジンゾク、コトゴトク、ホロボス』
「不遜と承知の上での願いです。一度手を引いては貰えないでしょうか?」
『シカラバ、ワレラ、テダシ、ムヨウ、ト?』
「なんとか、お願いできないでしょうか?」
今回の件で、初めて怒れる彼らを目撃した者は、みな思ったことだろう。
滅ぼされる、と。
それは正しく、実際に滅ぼされるところであった。
滅ぼされぬため、問題解決に向けて全てを尽くしてきた人族の国家は、しかし、激昂する竜の進行に間に合わせることができなかったのだ。
そして白羽の矢がたったのが、自称『普通使いの夢見習い』こと、万能魔法使いセリナだった。
『オノコ、ツタエタ。
リューセイノ、カミノ、シンイ、ヲ。
ワレラ、コトゴトク、リカイ、シタ。
リューセイ、カミノ、カナシミ、ナミダ、チガウ。
カミノ、ヨロコビノ、ナミダ、ト。』
それは、彼らにとっては青天の霹靂だったのであろう。
神が嘆いて零した涙と伝えられてきた宝が、祝福の涙であったのではないか。
流星を喜びと表した少年から、彼らは感じ取ったのだ。
生きることへの、祝福を。
『ワレラ、ヒトタビ、カエロウ。
ツキ、ニド、ミチ、ヒガ、ノボル、マデ、マトウ』
「ありがとうございます!」
『ヒトニナダカキ、セリナ。ナンジ、オノコ、トモニ、トドケヨ』
「私たちが、ですか?」
『ワレ、シンジル、ナンジラ、ヲ』
全て伝え終えたとばかりに、赤竜の長、エル・マギアが大地より飛び立つ。
エル・マギアが一度咆哮をあげると、赤竜の群れは進行より反転、浮岳エルジャーラに向けて帰っていく。
『ナダカキ、マホウツカイ、セリナ、ソシテ、オノコ、サラバ』
突風と共に飛び立つエル・マギア。
雄大な翼を広げ、尾を揺らしながら去っていく。
赤竜の群れを眺めながら、少年は、笑顔で手を振っていた。
「まったく、私は魔法使いは名乗ってないんだけどなー・・・ま、いっか」
セリナはそうぼやくと、手を振る少年に後ろから抱きつく。
「また、奇跡を起こしたね?」
と、言うと、笑顔で返してくる愛くるしい少年の頬に、彼女は口付けをするのだった。
※
赤竜たちが進行をやめたその日の夕方。
丘の近くに立てられていた木こりの仮宿所でセリナと少年は一息ついていた。
赤竜の進行の知らせを聞き、ここら一体の人々は避難しているのだ。
とはいっても、この仮宿所には藁で作られた簡素なベッドと、暖房のための古い炉があるのみだ。
セリナは、簡単に組まれた木の机で、一通の手紙をしたためていた。
「赤竜の進行は止まり、彼らは住処へ戻った。
次のハレの日まで待ってくれるらしいから、早急に『竜星』を奪還するように。
あと、義理は果たしたからね、と」
書き終えると高価な便箋に綺麗に畳んでまとめ、溶かした封蝋に浸した紋章付きの印璽で封をした。
外気で固まり始めた蝋には、杖に留まる一本足のカラスが描かれている。
封を乾かすように息を吹きかけ、固まり始めたのを確認したところで、後ろを振り返った。
藁のベッドで、少年がウトウトと頭を揺らしている。
「そろそろ、かな」
セリナは席を立ち、少年の傍に腰を下ろす。
すると、少年が気配に気づいてゆっくりと目を開いた。
ほとんど意識がなくなりかけている。
それもそのはずで、彼は実際のところ、齢は9つでしかない子供なのだ。
そんな少年を抱きとめ、セリナは彼の黒髪を梳くように撫でた。
次第に、少年の姿が泡沫のように薄く消えていく。
「今日の夢は、楽しかった?」
セリナが、まるで優しい母のように語り掛けると、少年がコクリと頷いた。
異世界の少年。
この世界ではない、どこかの世界からきた少年。
あと数分もたてば、日が沈む。
夢が覚める時間だ。
「また、ね」
そして、セリナの腕の中から少年は薄明るい光と共に、消えた。
セリナのネックレスの宝石が淡い光を一瞬だけ放ち、そしてそちらも光を失う。
彼女が師匠と仰ぐ人物から授けられた、幸運のお守り、らしい。
普通使いの見習い、セリナ。
彼女は自分をそう呼ぶ。
偉大な魔法使いの師匠に仰ぎ、ありとあらゆる魔法に精通しながら、しかして何を成さなかった。
彼女が知っているのは魔法だけ。
故に、何も成さない、何も成せない。
真理を追究したいとも思わない。
そんなセリナの元に舞い込んだ幸運のお守り。
それは、異世界にいる望んだ相手を、夢を見ている時間だけこちらの世界に呼び出すというものだった。
あちらの世界で、彼は目を覚まし、何を思い、どう生きているのだろうか。
「誰よりも普通で、純粋な男の子、か」
何もできないから、願うのだ。
ああしたい、こうしたい、ああなりたい、こうなりたい。
そういう、夢をみる。
そして、ただ純粋に願える無垢な子供を、セリナは望んだ。
希望も、願望も、彼女にはないものだから。
願い、求める、そんな普通な人間を、使う。
自然の摂理の中で無能に生きることを強要された「普み通り」のままの人を使う自分への背徳感は、ある。
「ふふふ、元気にしてる、かな?」
しかし、藁のベッドに寝そべり、先ほどまで胸に抱きしめていた温もりを思い出す。
目を瞑ると、昼間の流れ星と、少年の笑顔が思い浮かぶ。
そうなると、そんなちっぽけな背徳感など、どうでもよくなるのだ。
今日も、いい夢をみれそう。
そんなことを思いながら。
夢見ることのできない世界最高の万能魔法使いは。
無能な少年から、今日も夢を見習うのであった。
END