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「あの……」

 唐突すぎて鷹裕の言っている意味がよくわからない。なぜいきなり母親の話なのか?しかも――

「あの……母親は病気で死にました。僕が小さいときにです」

「知ってる」

「鷹裕さん、言っている意味が……」

「お前の母親のことは、たぶんお前より知っている」

「鷹裕さんが?」

「お前は自分の母親の何を知っている?」

「何をって――」

「お前は自分の母親の何を知っている?」

 鷹裕は再び尋ねる。

「何を? 僕の母親は僕の父親に死なれて、一人で僕を生みました。そのあと養父と再婚して……死んだんです。病死です」

「そうだな……だがその前があるんだ」

「その前?」

「お前の母親はお前が生まれる前に俺の父親と心中したんだ。だが失敗した。死んだのは俺の親父だけでお前の母親は生き残ったんだ。お腹の中のお前と母親だけが生き残って、俺の親父だけが死んだんだよ。むろん俺とお袋は置き去りにされたわけだ。お前の母親のおかげで俺とお袋は捨てられたんだよっ!しかも永遠にな」

 鷹裕の指が腕に痛いほど食い込んでいたが、蓮見は痛さを感じなかった。

「ちょ……ちょっと待ってくださいっ。そんな話聞いたこと無い! 僕は知らないです!」

「そうだろうな。お前はそうやって知らないからのうのうと苦労知らずに生きてきたんだ。呆れた話だ。お前もお前の母親も人の家庭をめちゃくちゃにしやがって」

 いつも無表情な鷹裕の顔が珍しく怒りで紅潮しているように見えた。この暗闇で、そう見えた気がしたのだ。なぜ自分はそんな風に思うのだろう。蓮見は今の会話に現実味がなかった。心のどこかで嘘だと思っている。

「嘘です」

「嘘じゃない」

 間近な鷹裕の顔が微かに意地悪く笑った気配がした。

「嘘じゃない」

 鷹裕はもう一度念を押した。

「ちょっと調べればわかるさ。昔のことを知っている人間ならお前の母親とうちの親父が若い頃恋人同士だったことも。表向きは事故死に処理された親父の死が不自然なことも。そして親父が死んだときお前の母親が一緒だったこともな」

「嘘だ……」

 蓮見は足から力が抜け、膝から床に座り込みながら壊れた人形のように呟いた。

「嘘じゃないと言ってるだろ。その後、俺たちが……いや、俺がどんな思いで生きてきたか。俺はお前たち親子を許さないからな」

 座り込んだ蓮見の方に屈み込んで鷹裕はその耳に口を近づけて言葉を続けた。「だからだよ――」

「お前を俺の側で奴隷のようにこき使ってやろうと思ってな。この会社に入ったお前をクビにするのはかんたんだったが、それでは面白くない。お前は研究員志望だったがそんな仕事は一生させてやらない。俺の側で一生細々と雑用をして過ごすんだ。辞めることは許さない。死ぬまで働かせてやるからな、死んだ母親の分まで……それが俺の復讐だ――――」

言い終わると鷹裕は蓮見を置いたまま一人でさっさと暗い部屋を出た。


 なぜ、あんなことを言ったのか。自分のマンションに帰ってから鷹裕はさっきの自分を振り返る。蓮見が病院から戻るとは思わなかった。そしてその蓮見になぜ唐突にあのことを話したのか。蓮見に話すつもりはなかった。

 話さないまま蓮見を自分の側で飼い殺しにするつもりだった。一生、などと思っていたわけではない。いつかきっと耐えられなくなって逃げ出すと思っていた。そのときはすべてぶちまけて、罵って笑ってやるつもりだった。その程度のことだと思っていたのに。

 なぜあんなことを……蓮見を見る苛立ちがなにか違った形に変わってきはじめている。それが何かはわからないが、最初に出会った学生の時に感じた小さなわけのわからない感情。大きな憎しみの中になにかひとつ、染みのようにかすかに浮かんだわけのわからないものが大きくなってきている。それがいつか自分を覆い尽くすような気がして落ち着かない。

(なんだ……)

 怯えとも不安ともつかない感情だった。

(俺らしくもない)

 鷹裕はその一言でかたづけるとその感情を無理に押しやった。


 週末。

 鷹裕が帰る真城家は都内の高台にある昔からのお屋敷町の一角にあった。門は昔からのまま残してあるために日本家屋の母屋と同じように和風の、昔の武家屋敷のような木造の大きな冠木門だった。

 母屋は日本家屋のたたずまいを残しながら和洋折衷の様式だった。手入れはしてあるが、時代がかった感じもあり鷹裕は余り好きではない。祖父の時代からのものなので年数も経っている。

 母親には何度となく建て替えるように勧めているのだが、頑として首を縦に振らない。母親はこの家の中でいまだに父親の亡霊と居るつもりなのだ。鷹裕が玄関を入ると使用人が迎える。

「お帰りなさいませ」

 鷹裕はそれに無言で頷くだけだ。その昔、親しく口をきいた使用人が次々と辞めさせられて以来、鷹裕は使用人とはどうしても必要なこと以外は口をきかないことにしている。

 だからこの家に帰っても鷹裕が会話するのは母親とだけだ。そのまま母親の部屋を訪ねる。母親は体調が思わしくなく、寝付くことが多い。体が悪いと言うよりは気の病だ。重度な鬱病なのだろう精神的に不安定で、酷いときは記憶まで曖昧になる。時間系列がめちゃくちゃになって、昔と今の出来事が整理できないままになるらしい。非常にやっかいでこの母親と会話していると鷹裕の頭痛は酷くなるばかりだった。



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