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 鷹裕の父、真城祐介まきゆうすけは鷹裕が小さな時に亡くなった。父親が居ないとはいえ、もちろん生活に困る事はなく何不自由なく鷹裕は育った。世間的にはそうだろう。

 実際、金銭的には何不自由なかったかも知れない。不自由……そう鷹裕には自由がなかった。物心ついたときには父はすでに亡く、母親と二人の生活だった。使用人以外、家族は母親だけ。

 その母親の鷹裕に対する依存度は目に余るものがあった。もちろん最初からそれに気づいていたわけではない。大きくなるにつれ、母親の異常さが鷹裕にもわかってきた。

 将来、M'sコーポレーションの社長になる事は母親の厳命だった。もちろん家庭教師が入れ替わり立ち替わり、勉強や帝王学と言われるものを詰め込みにくる。でもまだそれはさほど苦痛ではなかった。

 それらを飲み込むだけの能力が鷹裕にはあったし、小さな頃はいつも側にいてくれる母親の存在は安心感さえあった。ところが少し大きくなるにつれ、家の空気が少しおかしい事に気づき始める。

 母親の礼子は使用人が少しでも鷹裕の世話を焼いたりするとものすごい剣幕で怒り出す。要するに自分以外の人間が鷹裕に触れる事を許さないのだ。鷹裕が無邪気に話しかけても使用人がぎこちない返事しか返さないのは、母の礼子れいこ)に知られたら下手をするとクビになるからだった。

兄弟も居ない孤独な鷹裕を可哀相がって、相手をしてくれた若いメイドはすぐに屋敷を追い出された。それが鷹裕から話しかけたことであろうと、礼子は許さなかった。次第に鷹裕は使用人とも距離を置くようになり、家で会話をする相手は母親しか居なくなった。下手に使用人に話しかけると、使用人が迷惑を被る事がわかったからだ。

学校でも鷹裕の孤独は変わりなかった。出かける時間も正確なら、下校の時間もきっちり計ったように母親は玄関先に立って待っている。友人と寄り道するどころか、話しながらのんびり帰る事もできない。たまに出来た友人は母親に知れると調査が入りあれこれ言われた。せっかく出来た友人の家族の悪口まで並べられて、鷹裕は母親に言われるまでもなく友達を作ることを諦めた。

鷹裕の世界は母親がことごとく自分以外を排除したために、母親と二人のみになってしまった。当たり前だが鷹裕の神経は小学校を卒業する前に疲弊してしまった。自家中毒を起こしたのは当然の成り行きかも知れない。その有様が本家の耳に入り、鷹裕と母親の距離を少し離そうということになった。

 真城家の人間が進学する学校の中に全寮制の学校があった。本家の命令とも言える形で鷹裕はそこへ行く事になった。鷹裕の曾祖父、祖父は本家の直系で、今本家は父親の兄が継いでいる。

 母親もその伯父の命令には逆らえない。伯父を怒らせたら母親は鷹裕を真城家に置いて実家へ戻らなければならないからだ。この伯父の存在は鷹裕にとって救いだった。いつもぎりぎりのところで鷹裕を母親から引き離してくれる。留学の時もそうだった。

 その全寮制の中学へ進学が決まったとき、鷹裕は母親の部屋に呼び出された。その数日前から母親は体調が悪く、臥せっていた。たぶん鷹裕が寮に入ることになって、初めて離れるので精神的に参っているのだと医者にも伯父からも聞いていた。

 その母の部屋に呼ばれた。

「鷹裕さん……」

 青ざめた顔で話し出す母親の顔を幽霊のようだと思った記憶がある。母親が話したのは父のことだった。立派な家で生まれ、社長までしていた父親のことを鷹裕は当然慕っていた。記憶にもない父親だが、どんな立派な人だったろうと胸に描いていた。

 だが――――――

「あなたのお父さんは酷い人だった……」

 母親の話した父親は鷹裕がとうてい受け入れることが出来ない人間だった。

「お父さんは裏切ったのよ……私を……あなたのことも……」

 母親の話す言葉は恨み。父親への恨みと、それを通り越して呪詛のようだったと今でも思う。鬼のように怖い形相で母親は一気に語り続けたのだ。

 父の祐介は結婚前から好きな女性が居たと言う。だが、親族の強い希望で母の礼子と結婚した。礼子はそんなことを知らずに結婚したが遠い親戚でもあったし、もちろん祐介の優秀さは本家も認めるところで、いずれは本家を継ぐ兄を助けて真城家の支えになるはずだった。

 ところが、祐介は以前の恋人と関係が続いていて、子供までいたという。それを知った礼子は怒り狂った。相手の女のところに乗り込んだりもしたが、祐介は相手を庇ったうえに更に離婚をしたいと言い出した。

 そのときはすでに鷹裕が生まれたあとであり、礼子はそのとき鷹裕を殺して自分も死ぬと言い張り大変な騒ぎになった。本家の伯父が間に入り、まだ祖父も生きていたことから再び父とその女性は別れさせられた。―――――別れさせたと思ったのだが、父はその女性と心中を図ったのだった。

 父は死んだ。父親の死因が実は心中だったことを鷹裕はその時初めて知った。そしてその女性は奇跡的に助かってしまったこと。父は死に、その女は生き残った。母親の神経はそこから少しずつおかしくなっていったらしい。

 そして現在、母親の関心は夫に死なれた分、すべて鷹裕に向いているというわけだ。

 寮に入ってから少し母親の呪縛から逃れられたかと思ったが、週末に実家へ戻らないと学校へ乗り込んできたり、自殺騒ぎを起こしたり……その後も鷹裕は母親に振り回されっぱなしだった。

 だんだん鷹裕の方が実家へ帰ると体調を崩すことも多くなった。母親は夫のことをすべて鷹裕にぶちまけて気が楽になったのか、その後は死んだ父親のことを悪く言い放題になった。その反面、まだ愛しているのだと泣き続け、あの女が憎いと喚き出す。

 鷹裕が実家へ帰ると、母親の憎しみと恨みと……そして哀れさとの狭間で押しつぶされそうになる。誇りに思っていた父親の偶像も地に墜ちた。鷹裕には人間不信だけが積もっていった。もともと周りの人間との接触が極端に少なかった鷹裕は更に無口になり、学校でも完全に浮いていた。

 そんななか、高校進級を控えたある日、鷹裕は伯父に呼び出された。中高は同じ敷地にあり、鷹裕はそのまま高校に進み寮生活を続けることになっていた。週末の帰宅は義務感だけになり、鷹裕に重くのしかかっていた。それでも毎日をあの屋敷で過ごすなら、まだ週末だけの方がマシというものだった。

 そんな鷹裕に伯父は告げた。母親が話したことはすべてが真実ではなく、母親の被害妄想も含まれていること。父親が好きな女と心中したのは本当だが、もともと好きな相手と引き離したのは本家の祖父たちで父親は意に染まない結婚をして苦しんでいたこと。

 それでもずっと浮気をしていたのではなく、他の相手と結婚しようとしていた元恋人が婚約者に突然死なれて途方に暮れていたこと。そのとき相談にのってやっていたことが後の悲劇を生んだこと。

「相手の女性はその婚約者の子を妊娠していてね」

 伯父の言葉に

「父の子ではなかったんですか?」

 鷹裕の声は思わず上擦った。いつも冷静な鷹裕にしては珍しかった。

「そうだったら引き取っているよ。いくら何でも祐介の子供なら礼子さんがなんと言おうと引き取っている」

「では……」

「相手の女性は助かって、その子供も無事に生まれた。だがけっきょく彼女は死んだんだよ」

「亡くなったのですか?」

「数年は生きていたようだが、ずっと寝込んでいて祐介の後を追うように亡くなってね。正直に言えば私も寝覚めが悪いというか、むしろ彼女には申し訳なかったと思っている」

「なぜですか」

 食って掛かるような鷹裕に

「鷹裕、母親の感情に毒されるんじゃないぞ。礼子さんも可哀相だと思うがあの人の考えは妄信的過ぎる。すでに冷静な判断が出来なくなっている人だ。お前をあの人に任せたのは失敗ではなかったかと思っているよ」

「それは……」

 鷹裕も普段は母親を疎ましく思うこともある。だが伯父から全面的に母親を否定されるようなことを言われると気分が悪い。

「鷹裕。お前には祐介に代わって会社を背負ってほしいと思っている。だが人の上に立つというのは大変なことだ。頭がいいだけでは人の上には立てないよ。これからまだたくさん学ばなければならないことがある。人間関係もそのひとつだ。他人を拒絶するだけではとうてい人の上に立つどころか、まともな社会人にもなれんぞ」

あのときの伯父の言葉は父親の居ない鷹裕に対する伯父の愛情だったと思っている。

「わかっているさ」

 結局眠れずにソファーの上で横になり、両腕を額の上で交差させながら鷹裕は呟いた。あのときの伯父の言葉は覚えている。だからその後の高校・大学と鷹裕はそれなりに友人を作り、出来る限り他人に交わってきた。

 けれど、それは表面的な仮面でしかない。やはり大事なものを鷹裕は子供の頃に失ってしまったような気がする。その原因は――伯父はあぁ言っていたが、鷹裕には納得できない。

 長い時間、母親と二人で過ごしてきた。その母親から毎日のように呪詛の言葉を聞き、死んだ父の代わりに母親の束縛を受け続けてきた。鷹裕の自由など何ひとつなかったあの頃。鷹裕が父親を失い、母親に押しつぶされそうになった原因。

「あの親子のせいだ」

 鷹裕の憎しみは父親の相手の女性とその子供に向けられている。家族でもない親子のために父親は心を配り、あげくに死を選んだ。そして父の息子である自分は置き去りにされたのだ。

「蓮見尋紀……許さないからな」

 蓮見はあのときの、父親の相手の息子だった。



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