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「あの男は……あいつは……お前の養父だったのか!?」

「会ったんですか?どこで?」

 蓮見の問いかけに、

「アパートの階段で見かけたんだ。その後でお前を見つけた」

「そうですか……」

 蓮見は項垂れた。

「あぁやって僕が週末に会いに行かなかったので来たんですよ。ほんとは毎週お金を届けて……それで……っ……」

「言わなくていいっ!」

 鷹裕は蓮見の言葉を遮って、その代わりに蓮見を自分の胸に抱きしめた。どんな週末を送っていたのか。子供の頃から恩をきせられ、身体まで自由にされて、大人になってからは経済的にも肉体的にも、そしてもちろん精神的にも雁字搦めにされてきたのだろう。

 皮肉気に蓮見を見ていたときは覇気のない、まるで幽霊のような男だと思ったこともある。違うのだ……鷹裕でさえ母親に精神的に追い詰められた週末は安息の時でなく、疲れ果てた重い足取りで週明けに仕事へ向かった。

 気力を振り絞り、頭を上げ前を向くのが精一杯だった。蓮見はそれに加え身体まで……

どれだけ絶望的な思いで日々を過ごしていたのか。あのまま将来にわたって蓮見があの養父に食い物にされ、食い尽くされて行く様を想像しただけで鷹裕は震えた。そんなことは絶対にさせない。

 蓮見は幸せに暮らしているのだと思っていた。自分とは違い、きちんとした家庭で育っているのだと。だから憎かった。

 とんだ茶番だ。自分だけでなく、蓮見まで親の犠牲になっていただなんて。自分だけが被害者面していたことが恥ずかしい。もしもこの真実を知ることがなかったら─────

 考えるだけで恐ろしい。今でも遅すぎた感はあるが、知らなかったよりはずっとましだ。

「ごめんなさい……知らなくて。僕は罪の子なんだ。僕が生まれなければ母は困ることはなかったし、あなたのお父さんに縋ることもなかったと思う……そうしたらきっと……」

「やめるんだ」

 蓮見の口から次々と溢れてくる言葉を鷹裕は遮った。

 伯父に言われた。母親の言葉を信じるなと。蓮見の母親のことは関係ない。自分の両親の関係は初めから間違っていて、初めから崩壊していた。

 母の礼子が蓮見の母の所まで乗り込んでいったことは聞いている。蓮見のことを夫の子供だと思いこんでいた礼子が、蓮見の母親をどんな風に詰ったか鷹裕には容易に想像できた。父は我慢の限界だったのだろう。きっと母から解放されたかったのだ。自分と同じように。

「お前たちのせいじゃないんだ」

 鷹裕は蓮見を強く抱きしめて、蓮見の言葉を止めようとした。

「汚いし……僕は汚いし…………見たんですよねっ」

 最後の言葉だけ強い口調で蓮見は言った。

「尋紀……」

「見ましたよねっ、僕のこと……僕は人間じゃないんだ……父親にあんなことされるのは……普通の人間じゃない……」

「尋紀、もう何も言うなと言ってるだろうっ!」

 鷹裕が何を言っても、熱に浮かされるように蓮見の言葉は止まらなかった。

「僕は人間以下なんだ……」

「尋紀……」

 蓮見の嘆きはわかる。自分だったら耐えられなかったはずだ。よく今まで我慢してきたと思う。だがここへ来て告白したことで、色々な思いが止まらなくなってしまったのだろう。麻痺していた感情が溢れて止まらなくなったに違いない。

 その思いはまるで大量の氷が溶けて流れるようだった。こんな思いまでして耐えてきたのに、それでもまだ自分を責め続けなければならないのか?鷹裕も蓮見も親は選べない。選べなかっただけなのに。なぜこんなに親に傷つけられなければいけないのか。

 心を無くしたように謝罪と卑下する言葉を繰り返す蓮見に鷹裕の中で堰を切ったようになにかが溢れた。熱いものが溢れ出す。

「尋紀、俺が許す……尋紀……もういいよ……」

 鷹裕がそう言ってやらなければ、蓮見は死ぬまで自分を責めそうだった。もう鷹裕の方が耐えられそうになかった。

「許す……もういいんだよ。尋紀は悪くないんだ。もうたくさん辛い目にあっただろう?」

「許す?」

 鷹裕の言葉に蓮見が耳を傾ける。

「いいの?」

 子供のような口調で返されて胸が詰まった。

「僕はどうしてあの人にあんなことされるのかわからなかった。でも話を聞いてわかったんだ。これは罰なんだって、鷹裕さんたちを不幸にしたから罰を受けたんだってやっとわかった」

「違うんだ、すまない……俺があんなことを言ったから」

 鷹裕は蓮見を憎んだ日々を後悔した。取り返しの付かない、無意味な日々だったことを知る。

「俺の方こそ、すまない」

「鷹裕さん……なんで泣いてるの?」

 下から覗き込むように蓮見が尋ねる。さっき溢れた熱いものが涙だったと鷹裕はいま知った。

「尋紀……許して欲しい……」

「鷹裕さ……ん、なに? 悪いのは僕の方だから、鷹裕さんは悪くな……ぃ…………んっ……」

 蓮見にそれ以上何も言わせたくなくて、鷹裕はその唇を塞いだ。自分でも予想外の行動だった。

「……ん……っん」

 痩せた蓮見の身体が折れるほどに抱きしめた。何も言わせないように舌を絡ませた。息を弾ませて呼吸もままならなくなった蓮見から唇をやっと離したとき

「……っどうして……」

 蓮見が信じられないように呟いた。

「お前を……離したくないんだ」

 勝手に言葉が出ていた。その言葉の通りに、鷹裕はもう一度離さないように蓮見を抱きしめた。




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