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「まだ出来ないのかっ!」

 鷹裕たかひろは側にいる秘書を怒鳴りつけた。

「すみません、もうすぐです」

 秘書の蓮見はすみは更に忙しく指を動かしながらキーを叩いていく。蓮見の仕事がのろいわけではない。膨大な資料から拾う作業は嫌気がさすほどだろう。それでも生真面目な蓮見は真剣にキーを叩いている。

 線の細い、神経質そうなその横顔を鷹裕は意地の悪い目で見つめる。ぶしつけなその視線にも気づかないほど蓮見は作業に集中している。庇護されてきた弱々しさがその容姿にも出ているようで、鷹裕は不快になる。

 自分のこの苛立ちなど知るよしもない蓮見がまたそれ以上に憎くなる。だがこの苛立ちと憎しみの根本を鷹裕は教えてやるつもりはない。


 真城鷹裕まきたかひろはM'sコーポレーションという会社の統括部長をしている。新しいプロジェクトの責任マネージャーで、企画・広報・営業のトータルを兼ねたトップに位置する。

 現在三十歳。いくら実力があろうとその若さで異例の大抜擢だが、その裏には鷹裕の父が元々この会社の社長だったという事情がある。もっと言えばM'sコーポレーションは鷹裕の親族が経営している『真城コンツェルン』の子会社だ。

 真城コンツェルンは江戸時代にさかのぼると元々は大きな薬問屋だった。だが新しい世の中に変わっていくうちにその商売の種類を広げ、金融や鉄鋼業、輸入でも海外の取引などでどんどん資産を増やし、新興のコンツェルンになった。

 戦争でも軍需産業で大きくなり、財閥解体もうまく切り抜け、その後の高度成長期に併せてさらに会社を大きく広げた。

 M'sコーポレーションは数多い傘下企業の中でも、元々の商売であった薬の開発や近年は医療器具などの一部開発・販売も行っている。研究部門が多くを占めるが、製品の企画や売り込みは少数精鋭で行われ、その売り上げはグループの中でも侮れない位置にある。

 父親は若くしてこの会社を継いだが、その後すぐに亡くなった。当然だが今の世の中、一族だけで経営できるものではない。

 主立ったものは一族のものが権利を押さえてはいるが、実質はそれぞれの経営は独立しているし、社長職も一族とは無関係な人間も複数いる。もっとも婚姻などでどこかで繋がっている場合も多いが。

 父が亡くなったあとは、信望のあった重役の中から選ばれたものが現在の社長をしているが、一族の内外を問わず、鷹裕を次期社長に推す声は高い。

 若い頃に留学をしてスキップしながら薬剤師の免許の他に経営理念も大学で習得した。

向こうで画期的な研究発表をして話題になったあと、二年前にこちらに戻って今のポストにいる。

 学生の間に研究で功績を残し、帰国後も現在の壮大なプロジェクトを進めている鷹裕にはカリスマ性があり、評判が高い。そのせいですでに次期社長の呼び声が高いのだ。そしてその中には鷹裕が正当な真城家の一員だという血筋も後押ししている。いくら鷹裕が優秀でも、真城家の人間でなければ今から社長の候補に挙がるはずがない。

 鷹裕はその辺の事はよくわきまえている。逆に言えば、実力などそこそこでも将来に困る事はない。だが鷹裕には意地があった。

 真城の家の人間だからではなく、自分自身の力で社長の地位に就きたいという。誰からも異議のない自分の実力で。そのために真城は日々努力を惜しまない。休みを返上してでも仕事にすべてを注ぎ込んできた。

 当然ながら鷹裕の周りのスタッフも同じように無理をする事になる。その筆頭がこの蓮見尋紀はすみひろきだった。蓮見は二十六歳。

 二年前、このプロジェクトが立ち上がったときは研究員だった。その蓮見を自分の秘書に抜擢したのは真城自身だった。人事からは反対にあったが、真城は始めから決めていた。蓮見を自分のそばに置く事を。最初から決めていたのだ。


――この男を自分のそばに置き、けして目を離さない。

蓮見の人生は自分のために捧げさせるのだ。

自分は絶対に蓮見を許さない。

自分の不幸を連れてきたのはこの男なのだから






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