表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/22

18

 蓮見は実の父親を知らない。正直に言えば母親のこともすでにうろ覚えだ。実の父親は生まれたときには亡くなっていたし、母親は身体の弱い人で儚げな印象でしかなかった。今となってはなぜ母親がひっそりと、息を詰めるように生きていたのかがわかる。自分が信頼した夫になるべき男と、過去に愛した元恋人を二人とも亡くしたのだ。

 母親には絶望しかなかったのかも知れない。何もかもわかった今では母親にとって蓮見の存在自体が重荷だったのではないかとさえ思える。自分がいなかったら母親はもっと楽に生きれたかも知れない。鷹裕の父親に再会してすがることもなかったのではないか。

そう思えてしまうのだ。

 かなり大きくなるまで蓮見は義父のことを本当の父親だと思っていた。幼少期に義父から虐待を受けたとかそういう記憶はない。義父が母親を粗末にした覚えもないので義父は母親をそれなりに愛していたのだと思う。

 鷹裕から母親のことを聞いたとき、蓮見は義父から話を聞き出した。義父の言うことを信じるなら、鷹裕の父親と学生時代に愛し合っていた母親は家柄の違いで別れさせられた。二人はその後は音信不通になり、母親はその後知り合った蓮見の実父と婚約する。

 やがて身籠もるが、その直後に突然の交通事故で実父はあっけなく死んでしまった。二度の恋愛の痛手に母親は疲弊し、しかも自分の実家からも荷物扱いで邪魔にされた。生きる意欲もなくしたとき、偶然鷹裕の父親と再会する。

 鷹裕の父親の祐介もまた、自分の妻との生活に疲れ果てていたために、再会した蓮見の母親に同情もし、自分自身も彼女に救いを求めた。二人は急速に接近するが祐介の実家や妻にばれて二人は追い詰められる。

 心中未遂はその時に起こったもので、けっきょく祐介は死に、蓮見の母親はお腹の中の蓮見共々助かった。そのときの母親の心中を思うと蓮見は身を切られる思いがする。だがたぶん母親の心はそのときに死んでしまったのだろう。

 その後、対面を気にした母親の実家は母親とその子供を引き取ってくれそうな男を探す。そのときに名乗りを上げたのが今の義父らしい。事業を営んで羽振りも良く、綺麗で若い妻をもらい受けることにした。

 養父の話によれば母は従順でおとなしかったという。ただ病気がちで伏せることも多く、養父の子供は望めなかった。養父は蓮見のことをそれなりにかわいがり、家族としては普通に生活を営んでいたようだ。

 歯車が狂いだしたのはそんな母親が死んでからだった。病気がちの、心さえ死んでいるような女でも養父には支えだったらしく、母親に死なれてからは急速に働く意欲が失せたようだった。

 事業も傾き、蓮見が小学校を卒業する頃には生活も困窮した。狭いアパートに引っ越し、酒浸りになった養父と暮らす毎日は食べることにも困り始めた。そんなときに養父に襲われた。子供だった蓮見には何が起きているのかもわからなかった。騒いで暴れる蓮見の口を手でふさぎ養父は言った。

「お前は俺の本当の息子じゃない」

 その言葉に目だけを見開き蓮見は硬直した。蓮見はそのときまで知らなかった。ずっと本当の父親だと思っていた。

「自分の子供でもないのに今まで育ててやったんだ。これからはお前が俺に奉仕しろ」

 そう言われて蓮見は抵抗できなくなった。確かに母親が亡くなった後も養父はずっと蓮見を手放さずに面倒を見てくれた。養父が母親と蓮見を拾ってくれなければ、たとえ一時でも平穏な暮らしはなかっただろう。

 その日から蓮見にとって世界は一変した。そして地獄の日々が始まった。それまで実の父親と信じて疑わなかった男。それが酒臭い息を吹きかけ、母の名を呼びながら自分にのし掛かってくる。

 最初は心のどこかに憐憫もあった。母の名を呼び、求められることが、母に去られた養父の寂寥のような気がしたからだ。だが蓮見の成長と共に養父は蓮見を虐げることに快感を得るようになった。

 恐怖と絶望は蓮見を無気力にし、感情の乏しい人間にした。蓮見が現実から逃れるのは学校の中だけで、そこでも殻に閉じこもり友人さえ出来ない毎日はひたすら勉学に費やされた。食べるお金もないほどの生活だったが、その能力で奨学金をもらい有名進学校へ通い、そこで真城鷹裕に出会ったのはいったいどんな運命のいたずらだったのだろう。

「そこで真城鷹裕という有名な先輩がいるのはすぐに知りました。僕には単なるあこがれの先輩でしたけど……もしかして……あのときはもう、知っていたんですよね」

 蓮見が言っているのは昔、タチの悪い先輩に目をつけられた時の話だった。だが鷹裕からの返答はなかった。見るとさっきの蓮見のように目を見開いたまま鷹裕は呆然としていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ