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 いつも「すみません」と謝ってばかりいた。そんな蓮見を憎々しげに見ていた自分が過去には居たはずなのに、今自分の胸の中で小さな子供のように「ごめんなさい」と繰り返す蓮見を鷹裕は愛おしいと思っていた。この感情はどこから来たのだろうか。あんなに憎んでいたのに、いつから自分は蓮見のことを……

「もういいといっているだろう、俺も悪かった。自分自身の問題をお前に八つ当たりしたりして。いい大人のすることではないよな」

 蓮見は首を振った。無言で子供のように首を振り続けた。鷹裕は蓮見の背を優しくなでてやりながら、

「しばらくはここで暮らそう。ここは俺以外に誰もいないし、昼間は仕事で見てやれないのが不安なんだが、体調が戻るまでは絶対に出て行くなよ」

「鷹裕さん、でも……」

「余計なことは今はいいと言っただろう」

 不安げに鷹裕を見上げる蓮見に、

「少し話をしないか」

「話?」

「俺たちは互いのことをあまり知らないようだ。時間をかけてゆっくり話さないか?」

「鷹裕さん」

「普段は俺も仕事で居ないから、昼間はお前もゆっくり休んでくれ、俺が帰ったら夕食でも取りながらゆっくり話そう。そうはいっても早くも帰れないしあまり時間もないが、その分お前はここでゆっくり毎日過ごして身体を治すといい」

「あの、今日は……まだ仕事の時間ですよね」

 思い出したように蓮見は秘書の顔になった。そんな蓮見に苦笑して

「今日は特別だ。大丈夫、仕事はちゃんとしてきたし、残りは持ち帰ったから」

「すみません、僕のために……」

「いや、悪かったのは俺の方だし」

「そんなことありません!鷹裕さんのお話は本当でしたし……」

「確かめたのか?」

「はい……」

 小さな声で蓮見は答えた。誰に聞いたのか。疑問は鷹裕の胸にあったが今は聞かないことにする。

「鍵なんて掛けて悪かったな」

 鷹裕は話を変えた。

「いいえ、でもどうして……」

「単なる用心だ」

「用心?」

「その身体で黙ってどこかへ行かれたら困るからだよ」

 鷹裕は自重するように笑った。その意外な答えに蓮見の方が驚く。

「どこかへって……」

「さんざんお前に酷いことをしてきて、今更こう言うのもどうかと思うが、しばらくは……せめて身体の調子が戻るまではここにいて欲しい」

 懇願されるように言われて蓮見の方は戸惑う。

「とんでもないです、そんなこと……どこまでも迷惑を掛けているのは僕の方なのに……そのうえ……」

「居てくれるよな」

「え……」

「そうでないと落ちついて仕事も出来ないんだ。今日はあの千冬に頼んだけれど、毎日……と言うわけにも行かないだろうし」

「そんな、僕はもう……正直言って行くところもないんです」

 困ったように俯く蓮見のその先を遮るように鷹裕は続けた。

「じゃ、約束してくれるな。絶対に黙って出て行かないと」

「迷惑でないのならしばらくお世話になりたいです」

「そうか……」

 ほっとしたような鷹裕に少し驚きながら蓮見は鷹裕にすがることにした。


 それから蓮見は鷹裕との生活を始めた。そうはいってもやはり鷹裕は忙しく、最初の日を除いては深夜になることも珍しくない。それは秘書である蓮見が一番よく知っていることなので、当然と言うことは分かっていたが、鷹裕の多忙な生活を再認識することとなった。

 忙しすぎる……こうやって離れて、ましてや鷹裕の帰りを待つような暮らしをしているとよく分かる。鷹裕の方こそよく倒れないと思うほどの忙しさだった。話をしようと言ったがそれどころではない。まだ体調の戻らない蓮見は薬を飲むと深夜まで起きていられずに眠ってしまうことも度々で鷹裕に申し訳ないと思いながら鷹裕の帰宅を知らないことも度々あった。

 同居するに当たり一番の問題は蓮見が鷹裕のベッドを占領していることだった。最初、鷹裕はソファーで眠ると言い、蓮見と言い争いになった。けれどもちろん鷹裕は病気で怪我人でもある蓮見がソファーに寝ることを許すはずもなく、それならとなぜかいっしょに寝ている。

 鷹裕のベッドはキングサイズで、まだあと二人くらい寝れるのではないかと思うほどのサイズだったが、同じベッドというのはもちろん抵抗があった。けれど解決策もなく、しまいには鷹裕がベッドに入ってきても蓮見が気づかず寝ている日もあって、むしろ意識する方が滑稽だと思うようになった。

暫定措置なのだから仕方ない……と蓮見は思うようにしている。

 そんなすれ違いとも言える生活の中で、気になることがあった。せっかくの週末……今度こそゆっくり話が出来るかと思ったのだが、鷹裕が申し訳なさそうに言った。

「どうしても実家へ行かないといけない」

 蓮見が気になったのは、そう言った鷹裕の重く暗い表情と、蓮見のことを気に掛けながら一晩家を空けたあと帰宅した鷹裕の疲れ切った様子だった。すでに起き上がることが出来るようになった蓮見が帰宅した鷹裕を迎えるとソファーに座り込んだ鷹裕は頭痛でもするのか、目を閉じている。

 蓮見は黙って洗面所へ行くと、熱いお湯で蒸しタオルを作り鷹裕の元へ戻った。鷹裕をそっと寝かせると、目を閉じた瞼の上からそれを当ててやる。しばらくじっとしていた鷹裕はやがてタオルを押さえていた蓮見の手を握った。

「鷹裕さん……」

「前にもこんなことがあったな」

 鷹裕がつぶやいた。








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