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15

 蓮見が目を覚ましたとき、見慣れない部屋にいた。高級そうな寝具に寝かされているので病院でないのはわかった。記憶をたどったがすぐには思い出せない。

 ここ最近のことが頭のなを巡って、ようやく最後の記憶にたどり着く。

「あぁ……」

 病気のこと、仕事のこと、そして養父のこと。嫌なことばかりが記憶に上って再びここはどこだろうと思う。起き上がろうとしたが無理だった。入院したときと同じように体に力が入らない。しかも体中が痛い。嫌な記憶もよみがえって、なおさら不安になる。ここはどこだろう?


「目ぇ覚めた?」

 そのときドアを開けてひょっこり顔を出した人間がいた。予想外の知らない人間の出現にびっくりして声も出せないでいると、

「ずーっと眠ってたんだよ。すげーな、薬のせいもあるかも知れないけど、このまま目ぇ覚めないのかと思った」

 無遠慮にそういいながら近づいてきたのは、どう見てもまだ未成年のような子供にみえた。細いがりがりの体にやたらとあちこちにピアスをつけた様子は、初めて会うという以上に蓮見には馴染みのない人間だった。

「だ、誰?」

 予想も付かない展開に身構えて訪ねると

「オレ?俺は……なんだろ?」

「ふざけるな!」

「いや名前ならあるよ。千冬ちふゆって言うんだ。でもどういう関係かって言うと……なんだろ?」

「誰なんだ」

 もう一度蓮見は問いかけた。

「つーかさ、あんたこそ誰なんだよ」

 千冬という少年に逆に聞かれて蓮見は固まる。そんな蓮見を見て千尋は言った。

「俺はここのマンションの住人。俺の同居人がここのマンションの管理任されててさ、この部屋の真城さんに頼まれたんだよ。あんたを見ててくれって」

「真城さ……ん……て、鷹裕さんが?」

「そうそう、その真城鷹裕だよ」

「じゃ……」

 わからない頭で考えるとここは鷹裕の部屋で、鷹裕が蓮見を連れてきたことになる。

 どこから……?きまっている、自分のあのアパートからだ。だとすると─────

(見られた!)

 とっさに自分を見ると、知らないパジャマを着ている。痛みも痣もあるが、身体は清潔だ。気を失ってしまったが、最後の自分はどうだった?とそこまで考えて蓮見は死にたくなる。

 いきなり起き上がった蓮見に千冬が驚いて飛びついた。

「何やってんだよ!やめろよ。あんた怪我してるし、病人なんだろう?起き上がるの無理だから見てろって言われたんだから」

「離してくださいっ」

 暴れる蓮見を千冬は無理矢理寝かせると部屋を飛び出した。寝室の外へ出ると鍵をかける。鷹裕が急いで取り付けさせた鍵だった。外から鍵をかけると当然蓮見は外へ出れなくなった。

 その隙に千冬は自分の同居人でここの管理者である有賀に連絡を取る。電話の向こうで有賀が言う。

「わかった、おまえは真城さんが戻るまでそこに居ろ」

「えーなんで?」

「なにかあったらまずいからな。中の気配にだけは気をつけてろよ。それが今日のおまえの仕事だ」

「わかったよ」

 不満そうに電話に向かって千冬は答えたが、おまえの仕事だと言われれば仕方なかった。有賀は千冬の同居人で保護者みたいなものだった。有賀に世話になっている以上、無下には出来ない。しかなく寝室の扉の前で千冬はしばらく座り込むことにした。


 あの少年に鍵をかけられた。外から鍵とはどういうことなのか。なぜ鷹裕が自分のアパートへ来たのかとか、そのときの自分がどうだったのかとか、思いを巡らし蓮見は考えることをやめた。考えたくもない。そのまま布団に埋もれて、もぐって……消えて無くなってしまえばいいのにと、小さな子供のようなことを思った。

 しばらくして外で話し声がした。一旦静かになり、しばらくすると静かに鍵を開けて鷹裕が現れた。

「鷹裕さん!」

 消えて無くなりたいと思ったのも事実だが、なぜか鷹裕の顔を見て安堵した。幾日ぶりだろう。毎日のように見ていた顔を見ることが無くなって今日で何日たったのか。胸が熱くなった。

「尋紀……良かった、気がついて。顔色も少し良くなったみたいだ」

 いつも険しい顔をしている鷹裕は少しやつれた顔をして、でもはじめて見るような優しい目を蓮見に向けた。

「かわいそうに」

 鷹裕が近づいてベッドに腰掛け、赤黒く腫れた蓮見の頬に触れる。もう忘れていたが、痛みからするとかなり腫れているだろう。顔はさぞ酷いことになって醜くなっているに違いない。それより何より自分は……

「すみません……ご迷惑ばかりかけて……あの……あれは……」

「いいから」

 蓮見の話を鷹裕は遮った。

「いずれ話して欲しいとは思うが、今でなくていい。そんなことはいいから」

 鷹裕がそっと肩を抱いてくれた。何もかも知られた。いや、何もかもではない。鷹裕が見た以上に醜い事実がある。鷹裕に話す勇気があるだろうか。自分の……自分の醜い部分を話す勇気が。

(嫌われる)

 今更だが、蓮見は怯えた。嫌われる、今まで以上にきっと嫌われる。絶望的だと思った。鷹裕を少し押しのけ距離を取った。

「どうした?」

 鷹裕が蓮見を覗き込んだ。

「嫌われる」

 心の言葉がそのまま声になって出た。

「何が?」

 鷹裕がわからないという感じで尋ねた。

「鷹裕さんに……嫌われる。きっと嫌われる」

 まるで子供のように蓮見は繰り返した。

「大丈夫だよ」

「嫌だ、嫌われる、嫌われる、嫌われる」

 おかしくなったように繰り返す蓮見を鷹裕は抱きしめようとした。それを拒否するように両腕を突っ張る蓮見を鷹裕は強引に引き寄せた。ベッドの上で座ったまま鷹裕に抱きしめられて、その胸の中で今度は「ごめんなさい」と繰り返した。そんな蓮見を抱きしめたまま鷹裕は自分自身の複雑な感情も抱いていた。










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