14
襟首を締め上げられてそのまま殺されるのかと思った。頭がガンガンする。
「俺は一週間待ったんだぞ。待ってりゃ来やしねーし。だがまぁいいや。なんかおまえも苦しそうだしな。金は?」
蓮見はもう声も出ずに、震える腕を上げて指だけ差した。粗末で小さなボードの上に薬と財布などが置いてある。
「い……ま、財布の中にあるだけしかないんだ。後で必ず……」
やっとそれだけ告げた。
「ふ……ん、まぁいいや。あとでまた貰うから。その前に……」
「義父さ、ん……今日は……今日はやめて!」
掠れた声で必死に蓮見は訴えた。今日はそんなことをされたら本当に死んでしまう気がした。
「うるせーな、終われば帰るよ」
「待って……ヤダッ!」
這って逃げようとするが、上からのし掛かられているので無理だった。
「やめ……っ」
力の入らない手で抵抗しようとした途端、
「黙れっ!」
また思い切り顔を殴られて気が遠くなった。口の中が切れて血が溢れた。いままで顔を殴られることはほとんど無かった。顔の傷は目立って外に出られなくなるからだ。義父が殴るのは身体と決まっていたのに、よほど腹を立てているらしい。
「やめ……、やだ……っ」
それでも蓮見は切れた舌で、もつれながらも訴えた。
「うるせーな、何で今日はそんなにめんどくせーんだよ」
言いながらシャツを思い切りはだけられた。ボタンがいくつか飛んでいった。ズボンに手をかけられて、逃げようとしたけれど、それがそのまま脱がされる体勢になってしまった。それが最後の抵抗だった。もうどこにも力が入らない。乱暴に扱われて、どこか奥に酷い痛みが走ったような気がしたが、それが自分のことなのかよくわからなかった。すでに半分意識がなかったのだ。
蓮見は意識をなくして人形のように転がったままだった。
男は気を失っていた蓮見を散々好きにして満足したのか身繕いをすると財布からあるだけ金を抜き取った。ふと振り返ると裸の状態の蓮見が身体を丸めて転がっているのが目に入る。そのあまりに血の気が無い状態に、
「おい……」
呼びかけたが返事がない。まさか死なないよな……そう思って目線に入った毛布を尋紀の身体に掛けた。
「おまえ、後で病院へ行っとけよ
そう勝手なことを言うと部屋を出て行った。
「繋がらないか……」
週末、鷹裕は実家で母親の相手をする合間に蓮見に連絡を何度も入れていた。金曜の夜に病院へ蓮見の容体を聞くために連絡を入れたところ、とっくに退院したと聞いて驚いた。しかも、通院するように言った蓮見が病院へ来ないという。
実家へ戻っても気になって仕方がなかったが、母親の方は相変わらずで鷹裕も手が離せなかった。
日曜になって。これは訪ねるしかないと思った鷹裕は実家から自分のマンションへ戻る前に蓮見のアパートを訪ねることにした。
住所を見ながら探す。見つけたアパートの隣の空き地に車をとめた。見上げたアパートは驚くほど古かった。そう言ってはなんだが、鷹裕の秘書だ。それ相応の給料は支払われているはずだった。
別に高給取りが古いアパートに住んではいけないわけではないし、給料をどう使おうが本人の自由だがあまりに蓮見には不釣り合いだと思う。
そのときその古いアパートの階段から男がひとり降りてくるのが見えた。この古いアパートに似合いの荒んだ感じのする中年男だった。鷹裕の方にちらっと目線を送ると、フンというように興味をなくした様子で背を丸めたまま歩き去った。
鷹裕はなぜか不快になりながら、その男が角を曲がって見えなくなるのを確かめてから古い階段を上った。どうもこのアパートは空き部屋も多いようだ。二階へ上がる。錆びた鉄階段はそのうち朽ちて落ちるのではないかと思うように色を変えていた。なるべく足音を立てないように上がったが、それでも煩く感じるほどに不快な音を立てる。
手前の二部屋は空き部屋だった。奥の部屋の入り口に手書きで蓮見の名前があった。几帳面な彼らしく手書きできちんと書かれた、けれど紙製の名札だった。呼び出すものが何もなく、仕方ないのでノックした。けれどしばらく待っても反応はなく……そのとき不意に気づいた。さっきの男は二階から降りてこなかったか?
二階の他の部屋は空き部屋だ。そこまで見ていなかったが、そうだとするとあの男は蓮見の部屋に来ていたことになる。それとも通りすがりの訪問販売か何かか……いや、そんな感じではなかった。不快な思いが過ぎり、ドアに手をかけると立て付けの悪いドアはきちんと閉まっていなかったらしい。手前に引くと思ったよりすんなり開いたので中へ入る。入れば見渡せるほど狭い部屋だった。
「おい、尋紀っ!」
倒れている人影があったので蓮見に違いないとすぐにわかる。足の長い鷹裕は三歩で蓮見の所にたどり着いた。慌てたので土足のまま上がっていることにも気づかない。人影が被っていた毛布を少し剥ぐと、そこに蒼白な顔の蓮見の顔があった。具合が悪いのは一目でわかったが、それは当然病気のせいだと思った。
「尋紀っ、どうした!」
声をかけながら頭を持ち上げようとして毛布が滑り落ちた。蓮見は全裸だった。
「なっ……どうしたん……だ。おい……」
さすがの鷹裕も唖然とした。よく見れば裸にも驚くが、俯せ気味だった顔を持ち上げれば左側が腫れ上げって変色して唇からは血が流れて乾き始めていた。身体は前に見たように痣だらけ。しかもそこにも新しい鬱血。
そして……一瞬目の前が暗くなり、頭の中は反対に真っ白になった。蓮見の下半身は血だらけで、白い足に流れた血液はやはり乾き始めていた。もちろん、見たくないようなものが混じっていた。
(救急車……)
携帯電話を取り出したが、蓮見の姿に目が行ったときにそれを懐にしまった。こんな姿を他の人間には晒せない―――とっさにそう思った鷹裕はもともと蓮見に掛けてあった毛布でもう一度彼をくるみ抱き上げた。蓮見の意識が戻る気配はなかった鷹裕の行動はすでにほとんど無意識だった。