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 蓮見は強引に退院して自分のアパートに戻った。寝ているのはどこにいたって同じ事だ。無理に病院の個室で退屈を持てあまして寝ていることはないのだ。医者からは止められたが、あれ以上あそこには居たくなかった。

 退院すると言い張ると医者は薬を大量に持たせた。

「いいですか、必ず飲んで下さい。それと栄養も付けて、点滴はまだ続けたいんですが退院するなら三日に一度は通院して下さい。必ずですよ」

 しつこいくらいに蓮見に言い渡した。

「わかってますって……」

 ひとりで呟いて、でも蓮見はそれが出来そうにもないことを感じる。部屋に帰った夜から微熱がまた出始めて身体がだるく、看病する人間も居ない狭い部屋で食事もろくに取れずにいた。

 退院して四日。

 昨日は本当なら病院へ行かなければいけない日だった。だが億劫でやめてしまった。きっと行けばまた食べてないことだの色々言われるに決まっている。あれから携帯の電源はずっと切ってある。

 忙しい鷹裕がそう何回も電話をしてくるとは思えなかったが、もう同じやりとりを繰り返すのはたくさんだった。精神的にも今は特にあの鷹裕と張り合うことなど無理だった。壁により掛かり座り込んだままふとカレンダーを見た。

(週末か……)

 本当は行くべき所があった。だが、行きたい訳ではなかった。それでも自分が行かなかったらどうするのだろう?と思ったが、どうでもいいことだと考え直した。

「もう……終わりでいいんじゃない?」

 誰もいない部屋で誰にともなく呟いた。熱が上がったせいなのか、寒いのか熱いのかわからない感覚の中、蓮見は思った。病気で自分が死ねば全部終わりになるだろうか。ひょっとしたら鷹裕の辛い思いも少しは和らぐだろうか。

 今までの人生の中で死にたいと積極的に思ったことはなかった。自殺願望も無かった気がする。だからといって生に執着していたかと言えばそんなことは絶対になかった。

 鷹裕に言われたことを事実として受け入れたときに思った。鷹裕親子に迷惑をかけたこと、母が苦労して死んだこと。色々考え合わせると自分は生まれてこない方が良かったのではないかと。事実を知らされて初めてそう思ったのだ。

 そのときドアが開く音がした。築年数も古い、今時鉄の外階段で上る木造のアパートの二階だ。部屋のドアの鍵も申し訳程度についている程だったが、誰も訪ねるはずのない部屋のドアを、それも無断で誰が開けるというのだろう。

 熱のせいなのか、だるくて仕方がない身体で立ち上がる気力もなく首だけそちらに向けた。どちらにしろキッチンと小さな部屋がひと間しかない一目で見渡せる部屋だ。

玄関もすぐそこだった。歩けば数歩でたどり着く。そして無断で鍵を開けて入ってきた人影を見て尋紀は固まった。

「なぜ……」

「よう、尋紀。待ってても来ないからこっちから来たさ」

「お義父さんっ」

 無断で入ってきたのは母親の再婚相手の義父だった。

「な、なんで入って……」

「前にちょっと合い鍵作っておいたんだ。こんな事もあるかも知れないだろう?」

 顔つきは一見穏やかだったが、どこか面白そうににやついている。

「作ったって……いつの間に……僕に黙って……」

 義父は蓮見が生まれる直前に母親が結婚した相手だった。だが当の母親は一年もしないうちに死んでしまった。その後、蓮見はこの血の繋がらない義父に育てて貰ったのだ。普段はこのアパートに住んでいるが、週末の土曜日は義父の元に必ず行くことになっている。仕事で行けないときは必ず連絡して日曜に行く。

「で?何で来なかったんだ?しかも連絡もなしに、だ……」

 蓮見の顎を掴むようにして自分の方に向けながら義父は言った。

「ごめん……ちょっと具合悪くて……」

「あぁ?」

 語尾を上げながら胡散臭そうに蓮見の顔色をのぞき込む。

「そういや、なんか顔色が悪いな」

「ごめん、義父さん。来週は……」

「何で連絡くらいよこさなかったんだっ」

 蓮見はしまった……と思った。鷹裕のことに気を取られてこの義父のことをさっきまですっかり忘れていた。

「ごめんなさい、うっかり……」

 言った途端に義父にじろりと睨まれる。思わず背筋が寒くなって、後ろが壁なのも忘れてずり下がろうとしたが無理だった。

「携帯の電源まで切りやがって、誤魔化されないからな」

「違うんだ……本当に……」

 バシッ!と音がして壁により掛かっていた蓮見の身体が横に倒れた。思い切り横顔を叩かれた。平手だったが加減なしだった。普通なら火花が散るところだが、今の蓮見は違った。ぐらりとして目が回った。そのまま頭を起こすことが出来ない。

「いい加減なことを言うなっ!」

「嘘じゃないんだっ……うっ!」

 今度もすべては言わせずに構わず腹を蹴られた。鈍い音が蓮見にも聞こえた。当たり前に吐きそうになるが、ずっと何も食べていないので吐くモノなどない。胃液だけが上ってきて喉が焼けた。

「義父さん、待って、僕の話を聞いて……」

 起き上がれずに畳に伏せったままだった。顔だけを義父に向けて訴える。

「言い訳はいらない。週末は来るように言ってる。これないときは連絡だ。そして翌日に必ず来る。そう言う約束だったよな。違うか?」

「それが、体調を悪くして……入院したんです……それで……」

「おまえの都合なんか聞いてない。約束を守れと言っている。おまえは約束を破ったんだ。そうだろ?」

 いいながら蓮見のパジャマの襟を掴んで引き寄せる。蓮見の軽い身体が半分宙に浮きかけた。

「やめて……義父さん、離して……っ」

「ふんっ」

 蓮見の身体を突き飛ばすように離した途端に、蓮見の身体が狭い部屋の隅に飛んだ。奥の壁に強かに打ち付けられて、息が止まりそうになった。

「…………うっ、……はぁっ……っ」

熱っぽい体が更に現実味を無くし、息も荒くなる。腕を持ち上げるのも辛かった。その蓮見の上に義父は馬乗りになり襟元を締め上げた。



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