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「蓮見さんは何かトラブルに巻き込まれていませんか?」

「は?」

 医師は何か迷うような素振りを見せ、だが他に方法がないというように思ったのか思い切るように続けた。

「蓮見さんの体に痣があるんですよ。かなり目立つものです。時間がたったものとまだ新しいもの。その……喧嘩とかですね、トラブルで人に殴られるような、そんなことはなかったですか?」


 鷹裕は会社にいったん連絡を入れ指示をしたあと蓮見の病室に戻り側らに腰掛けた。相変わらず青白い顔をした蓮見の顔を見ながら医師の言葉を思い出していた。

 トラブル、喧嘩。蓮見にはそぐわない言葉だと思う。学生時代も先輩からの嫌がらせを回避できずに、鷹裕に助けを求めたくらいだ。性格も穏やかでとてもトラブルを呼ぶようには思えない。

 それとも蓮見には鷹裕の知らない一面があって、鷹裕が思うような人間ではないのか。実際、鷹裕は蓮見の内面のことは何も知らない。その存在を憎んで疎んではいても、蓮見自身のことには今日まで頓着しなかったから病気のことも具合の悪いことも気づけなかったのだ。

 鷹裕は医師の言葉を確認するように蓮見の布団をめくり、検査のために着替えさせられていた薄いブルーの入院服を捲ってずらしてみた。腹部が見えるくらいに持ち上げると、まず真っ白な蓮見の肌が見える。だがすぐそこにどす黒い色を見つけた。脇腹が黒く、中央に寄った場所が赤紫になっている。そこまで見て、鷹裕はあわてて元に戻した。

「なんだこれは……」

 鷹裕自身は喧嘩もそれなりにしてきた時代があるのでわかる。これは医師が言ったように殴られた痕だ。

「間違いない……だが、何で?」

 鷹裕は蓮見の顔を見つめた。どう考えても蓮見の寝顔と暴力は結びつかなかった。

「いったい誰なんだ」

 鷹裕は考えた。この痣の様子だと、躊躇なく殴ったと言うことだ。もしかしたら蹴ったのかも知れない。ひとつ間違えば内蔵まで傷つける強さだ。しかもどう見ても一回ではない。蓮見の周りにそんな人間がいるのが信じられない。

 そのとき蓮見の瞼がぴくっと動いた。じっと見つめているとゆっくりと蓮見が目覚める。

「鷹裕……さ、ん?」

 蓮見の薄茶色い瞳が鷹裕を認めて大きく開いた。

「……っ?どうして……」

 今の状況がわからないと言いたげだった。それはそうだろう。気分が悪くなって飛び込んだのは会社のトイレだったのに、今は見知らぬベッドに寝て、しかも側には鷹裕が付き添っている。

「おまえ、倒れたんだよ。気分悪かっただろう」

「……っ」

 思い出したのか、蓮見はいきなり起き上がろうとした。途端に目が回ったのか体が傾く。

「無理するな」

 思わずその肩を支えてやった鷹裕は蓮見を寝かせた。

「すみません……この大事なときに。いつも……いつも」

 謝りながら声が震えていた。そして片腕で目を覆う。どうやら泣いているらしかった。

「蓮見……」

 いつもなら怒鳴るか、冷ややかに嫌みのひとつも言っているはずの鷹裕だったが、今はそんな気になれなかった。さっきの医者の言葉を聞けばどれだけ体に負担がかかってきつかったのかわかる。

 自分はとんだ人でなしだったようだ。蓮見を憎んではいたが、別に死んで欲しかったわけではない。

「悪かったな」

 鷹裕の言葉に

「え?」と蓮見が問うように見た。

「おまえ自分が病気だって知ってたか?」

「病気?」

 問い返す蓮見に鷹裕は大きなため息をついた。そんなことだろうと思った。この頼りなげな世間知らずは自分の体のこともよくわかっていないらしい。

「おまえ、少しは自分の体調管理もしろ」

「はい……すみません」

 いつものことだが謝れば済むと思っているな、と鷹裕は蓮見を睨む。

「鷹裕さん」

「なんだ」

「会社に、会社に戻って下さい。ただでさえ忙しい時にご迷惑をおかけしました。僕もすぐに戻りますから」

 蓮見の腕には点滴が繋がっていて、蓮見はそれを恨めしそうに見る。それがなかったら今すぐにベッドから降りそうな雰囲気だ。

「おまえ、俺の言うことを聞いていなかったのか?」

「はい?」

「いま俺はおまえが病気だと言わなかったか?」

「はい」

「ならどうして……」

「大丈夫ですよ、ちょっと貧血気味だったし、目眩とか吐き気とかありましたけど……たいしたことありません」

「血尿もあっただろう?」

「えっ、どうしてそれを……」

「やっぱりな」

 鷹裕は心配を通り越して呆れた。

「なんで言わなかった」

 鷹裕に睨まれてもまだ蓮見に危機感はない。

「こんな忙しくて、鷹裕さんだってろくに休む時間も無いじゃないですか。僕ばっかり病気なんかしていられません」

「していられませんて、すでに病気なんだよ、おまえは」

 鷹裕は我知らずにため息までついた。

「とにかく、しばらくは出社禁止だ」

「えぇっ!」

 蓮見は顔色を変えた。

「少し体調が改善されるまで休め」

「嫌ですっ!」

 思いの外強い蓮見の抗議の声だった。いつも穏やかな蓮見にしては珍しい。鷹裕もこんな蓮見を初めて見た。

「何言ってるんだ、あとで医者に聞いてみろ。無茶をすると命取りだそうだぞ」

「構いません!」

 間髪入れずに意気込む蓮見にさすがの鷹裕も呆気にとられた。

「どうしたんだ。おかしなことは言ってないだろう。仕事の前に体を治せと言ってる」

「大丈夫です、大丈夫なんです……だから、だから仕事は……」

 なんで蓮見がそこまで意地になるのかわからない。鷹裕はひと呼吸付いてから言った。

「あのことは悪かった。忘れてくれ」

 一瞬なんのことかと蓮見は思いを巡らせたらしいが、思い当たると俯いた。

「いいんです……」

 途端に空気が重くなる。鷹裕は蓮見に話したことを後悔した。

「すまない」

 もう一度謝った鷹裕は瞬間、その視線の先に過ぎったものを見つめる。顔を上げた蓮見も鷹裕の視線の先に気づくと、さっとそれを隠そうとした。その蓮見の仕草に反射的に鷹裕は蓮見の腕を掴む。入院患者用の服は袖も緩やかに出来ていて、腕を持ち上げると肩まで袖が滑り落ちた。その腕に真っ青なものが覗いていた。







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