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蓮見のことを憎む割には、鷹裕は蓮見のことを注意して観察したこともなければ知ろうとしたこともない。だがこうやって見てみると蓮見は色白と言うにしてもあまりに顔色が悪すぎる気がする。
自分が頑丈なたちなので、蓮見のことは虚弱なのだと思うことですませていたが忙しすぎるということを除いても不健康そうで見ていられなくなってきた。しかも抱き上げた感覚だと、信じられないくらい薄い体で軽かった。
「いったい……」
どんな生活をしていたらこんなになるのか。しかもよく観察をしてみると、身につけているスーツもいつも小綺麗にはしてはいるが、どう見ても安物に違いない。鷹裕ほど高級なものを身につけなくとも、蓮見の給料はそれなりに年齢よりもいいはずだった。
蓮見ほど神経を使う男なら鷹裕の隣で仕事をするのにそれなりに身なりも気を遣うはずだ。今まで無関心で気づかなかったものがいちいち気になりだした。とりあえずはこの貧血だ。この一ヶ月だけでも数回倒れている。少しおかしい。
そういえば以前倒れたときもすぐに病院から戻ってきたようだった。気なると放っておけなくなって、鷹裕は自分が頭痛に悩まされていたことも忘れ、意識のないままの蓮見を担ぎ上げた。部屋を出ると他の秘書たちが目を丸くした。
「マネージャー……どうなさったんですか?」
「ちょっと病院へ行ってくる」
「あ、あの……」
一番年嵩の、鷹裕よりもだいぶ年上の男性秘書があわてて言葉もないまま、思わずという感じで後を着いてくる。
「とりあえず出来るところまで仕事は進めておいてくれ、後で連絡を入れる」
鷹裕が言い捨てると、
「あの、救急車を呼びましょうか?」
なぜ鷹裕が自分で蓮見を連れて行くのかわからないという顔で秘書が追いすがる。鷹裕と蓮見が二人で居なくなったら困るのだろう。
「いや、ついでに俺も診察してもらうから。今朝から調子が悪いんだ」
鷹裕が調子のいい言い訳をすると、
「そうですか……」
よくわからない顔で、それでもそれ以上は深入りできなくて秘書の追いかけてきた足は止まる。そのまま幸いに秘書を置き去りにして、鷹裕は地下の駐車場においてある自分の車に向かった。
以前蓮見が運ばれた病院は会社が社員の健康診断なども依頼している病院で、真城家の人間もみな利用している。蓮見を預け、しばらく廊下で鷹裕は待った。
午後の診察が始まる前の中途半端な時間だったが、社長自らが運んできた病人に病院側も驚いて急患で受け付けてくれた。しばらくして医師が現れる。
「患者とは?」
聞かれると思ったので鷹裕は用意していた答えを示す。
「彼は私の第一秘書ですが、学生時代の後輩でもあるんです。公私ともに支えてもらっていますが先日も倒れたばかりなので心配になり、今日は私が自分で連れてきました」
医師は少し考え込んだが余程蓮見と鷹裕が親しいと踏んだのだろう、鷹裕はその辺もしっかりと計算に入れていた。
「先日も……もう少し検査などした方がいいと思っていたんですが」
「どこか、悪いんですか?」
鷹裕のなかにも嫌な予感が浮かんだ。
「いえ、深刻な病気というわけではないです」
ほっとしたような鷹裕の顔を見て医師は続けた。
「かと言って放っておけるようなことでもない」
「というと?」
「貧血の一種なのですが、蓮見さんの場合は『溶血性貧血』ですね」
「溶血性貧血?」
「えぇ。 名前の通りなのですが、赤血球が壊れて起こる貧血なんです。そうたくさんの患者が居るわけではないですが珍しい病気というわけでもありません」
「あの、それで!?」
鷹裕は驚いていた。まさかそんな深刻な病気だったとは思わなかったし、この際きちんと病院にかからせようと思って連れてきただけなのだ。眠っている間に連れてきて、目が覚めたらまた嫌みの一つでも言って蓮見を困らせてやりたいと思っただけだった。思いがけない展開に頭の中は整理が出来ていなかった。
「たぶん、血尿とか出ていたと思うのですが……そろそろ黄疸も出てきておかしくはないと思うんですよね」
「黄疸!」
黄疸などと言うと鷹裕のイメージでは重病人に出る症状のように思える。そんなに悪かったのかと驚いてしまう。
「心配はいりませんよ。 薬で治療は出来ます。五年後の生存率で八十パーセントくらいですから」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 生存率……って。死ぬんですか!?」
鷹裕の声が上擦った。思いもかけない話に鼓動が跳ね上がる。
「貧血は意外に怖い病気なんですよ。でもきちんと治療すれば大丈夫です。でもこのまま放っておいたらもちろん死ぬことだってあります。長期の投薬で何とかなりますが、症状が重くなった場合は手術も必要です」
「手術? ですか……」
「赤血球が破壊される場所が脾臓なんです。と同時に胆石が出来やすくなるので悪化した場合は胆嚢の摘出をすることも多いですね。あとは投薬のせいで免疫力が落ちるので、そちらの方も注意が必要です。あまり激しい生活はなさらない方がいいかもしれません」
「激しい生活……」
だから医師は鷹裕に説明したのかもしれない。今のような激務は蓮見の命を削りかねないからだ。
(俺はもう少しで……)
蓮見の命を奪うことになったかもしれない。鷹裕はそう思った。
「それともうひとつ」
鷹裕の物思いを遮って医師は話を続けた。