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歪に素敵な短編集  作者: 啓鈴
歪な愚形の果実共
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第九話 『歪な愚形の果実共』





 俺は殺し屋。名前は昔に捨てた。


 コードネームは『フェニックス』


 今回の仕事は雇い主のライバル会社の社長を殺す事。


 何でも相手会社は新しいゲームの商品開発でこれが完成したら雇い主の会社が危ういらしい。


 確か電脳世界だったっけな……???


 俺は為に少し離れた旅館で作戦を練っていた。


 暗殺か??? 狙撃か??? あるいは会社ごと吹き飛ばす爆薬か???


 すると部屋の中に着物を着た仲居の人が入ってきた。そして俺の前に正座する。






「お夕食の前にお時間がありますが、この辺を散歩してみてはいかがでしょう???



 中々いい街ですよ」




「そうか、俺が住んでいた所はこんなに畑は無かったからとても新鮮だ。



 ……そうだな少し気分転換に散歩にでも行こうか」






 そうして俺は旅館の外に散歩に出かけた。この辺は田舎で田んぼと畑が広がっている。


 ――山の上に建っている灰色のビル。あの中にターゲットの社長は居るのだろうか???


 それより風が気持ちいい、何処かから聞こえる川のせせらぎ、木の上で鳴いている鳥。


 ふと視線を目の前に移してみる。


 そこにはぽつんと一つだけ、不自然に、周りの景色とそぐわない果樹園が広がり、誰かが収穫している。







 ……なぜこの季節にスイカが生っているんだ???







 と言うより俺は何か忘れているような……遠い昔に何かを……あれは何だったかな???



















 果実??? うーん……。






















 ■



















 思い出そうとしても中々出てこないのが人間の頭脳。


 ふと収穫しているお爺さんと目が合った。


 いや相手は藍色の帽子で目が見えないから目が合ったというのはおかしいか……。


 そして俺の方に近づいてきて背中の籠から取り出した赤い果実を俺に手渡した。


 俺はその果実を見てギョッとした。























 その林檎はぐにゃぐにゃに曲がっていた。





















「な……なんだこれは……!?」




「……食べてごらん。とってもおいしいんだ」






 俺はもう一度、視線を下ろして自分の手の中にある林檎を見た。


 今までこんな形の果実は食べた事が無い。いや見たことも無い。


 言うなら『歪な愚形の果実』だった。こんな物がおいしいなんて思う奴が居るだろうか???


 それにその林檎は異常なほどに赤かった。まるで血だ。






「なぜこんな形を……???」




「……食べてごらん」














 シャクシャク……














「うっ……うまい!!! 何だこれは!!!」




「……ほらね」







 その林檎はとてもおいしかった。俺はこんな美味い林檎を食べたのは初めてだ。


 不思議な事にその林檎には種が無くて中まで赤くて、血管のような筋が通っていた。


 俺は目の前に広がる果樹園の果実を見てみる。

























 ジグザグなバナナ



 ぐにゃぐにゃのミカン



 腕のように細いスイカ



 長方形のレモン






















 とにかく歪だった。


 何もかもが歪んでいた。


 ……俺は何かを忘れている……あれは何だったんだ??? 俺は何を忘れているんだ???


 そう言えば先ほどから気になっていたんだがあのビニールハウスは何が栽培されているのだろうか???








「あのビニールハウスは……」









「あれはまだ収穫時じゃないよ。それより――」














 









 そ ろ そ ろ 夕 食 だ よ ? ? ? 





















 ▲


















 旅館に帰ってから初めて気が付いた。


 そう言えばあの人は何で夕食の時間を知っていたのだろうか???


 夕食を終えた私は考えてみる。


 もしかするとあの人は俺のような観光者にあの歪な愚形の果実を食わせていたのではないか???


 そうする内に時間を覚えたのだろうか???


 まあどうだっていい。するとドアが開いて先ほどの仲居さんが入ってきた。






「散歩。どうでした???」





「中々いい街でしたよ



 それよりこの辺に歪な愚形の果実を栽培している農家はありませんか???」
















「……知りません」








 そう言うと仲居さんは食事を持って部屋を出て行った。


 何だか様子がおかしかったように思えたが……気のせいだろうか???


 まあいい。また他の奴に聞けば、そして俺は再び作戦を考えて始める。

















 ・















 ・

















 ・















 取るもの手に付かず。


 確か松尾芭蕉の奥の細道でこんな表現があったと思う。


 まさに今の俺だった。確か彼は旅への執着心からそんな状況だったと言われている。


 だが俺はまた別の事への執着心。あのビニールハウスの中身はなんだったのだろうか???


 知りたい。知りたい。知りたい。

























 ど ん な 形 だ 。 ど ん な 色 だ 。 ど ん な 味 だ 。
























 ●


















 気が付けば私は果樹園に来ていた。


 旅館の場所からここまではそう遠くない為、行き道くらいは覚えていた。


 聞こえるのは川のせせらぎとフクロウの声だけ、余りに静かな為、俺が砂利を踏む音が月夜に響き渡る。


 あたり一面に人気は無かった。さっき来たときも無かったのだが、今ではあのお爺さんも居ない。


 やはり木の枝から実っている果実の形は歪だった。


 そんな物を見ながら俺は目的のビニールハウスの目の前まで来た。


 一体ここには何があったのだろうか……???


 ゆっくりとドアを開いて隙間から中の様子を伺ってみる。


 真っ暗で何も見えないが人が居る気配は無い。


 ビニールハウスの中に入って手探りで照明のスイッチを探す、あった。これだ。


 電気がつく。























 そこには木に吊り下げられた血まみれの人間が100体以上は居た。






















「どういう、ことだ……???」





「……そういう事だよ」








 入り口に鎌を持った作業着のお爺さんが立っていた。


 四方八方から地面に向かって血が滴る音が聞こえる。







 これは…… な ん だ ? ? ? 









「あの果実共は……」


「……その通りだよ。これがあの果実の『種』」













 あの形、骨が砕けてしまった人間。


 あの色、血まみれの人間。そして血管。


















「……これが『歪な愚形の果実共』だよ」



















 ……思い出した。


『歪な愚形の果実共』


 それは昔、俺が趣味で作った小説の題名だ。


 中身がどんな物語であったかはいまいち覚えていない。


 ……そうか、そうだったのか……。


 あの小説は誰も得しない内容だった気がする。誰も得せず、誰も知りえない世界。



























 今になって解った……あの小説こそ歪だったのか。




















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