第Ⅶ.Ⅴ話 『視線』 ※閲覧禁止
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女はもう一度玄関の扉付近を見渡す。
そこには誰もいない。ただの無機質な玄関。
先ほど感じた視線らしきものの正体はどこにも発見できなかった。
「疲れてるのかな……」
そう言えば昨日まで残業続きだった。
開いていた雑誌を閉じてソファーに倒れこむ。
一人暮らしはずっと憧れだったし、正直凄く楽しい。
だけどこういう時は凄く不安になるものだ。
くだらない事を考えていると眠たくなってきた。
このまま寝たらいい。朝起きたら視線のことなんて忘れている。
そう言えば今何時だっけ??? そう思って女が顔を上げて時計を確認しようと――
「ダレッ!!!」
女は慌てて起き上がり、誰もいない部屋を見渡す。
先ほどと同じように何者かの視線を感じたのだ。
辺りを見渡してみるが、視線の正体は分からない。だけど見られている。
部屋には誰もいない。帰ってきた時にも朝と全く同じだった。
だけど見られている。
女は部屋の隅に移動して毛布を被りその視線に恐怖して震える。
「イヤッ!!! ダレナノ!!!」
「
イ
ヒ
ヒ
ヒ
ヒ
」
誰かが笑った気がした。
▲
翌朝。
私はずっと視線を感じている。
朝起きて顔を洗っている時、背後から誰かが見ていた。
でも鏡には私しか居ない。
朝食を作っていたら私は包丁で指を切ってしまった。
すぐ横で誰かが笑っている気がした。
テレビをつけたら政治家が逮捕されていた。
そのブラウン管の奥で誰かが私を見ている。
私は今日、友達と出かける予定があった。取りあえず彼女に電話してみる。
――思いのほか会話が弾んで私はとっくに視線を感じていることなんて忘れていた。
こんこん
誰かが扉を叩いた。そう言えば私は通販で買ったイヤリングを今朝届くんだった。
私は受話器を片手に判子を持って扉を開けた。
一人暮らしなので念のためチェーンの隙間から相手を確認する。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」
――そこには真っ赤に充血した眼球が私を見ていた。
あまりにも非現実的な事なのだが、眼球が、眼球だけがそこにはあった。
私が落とした受話器からは友達の声が聞こえる。私は慌てて扉を閉める。
取りあえず落ち着こう。私は深呼吸してみる。
眼球だけが宙に浮いているなんてありえない。きっと何かの見間違いだ。
私は覗き穴から外を見る。
「~~~~~~~~~~~~~~!!!」
そこには充血した眼がこちらを覗きこんでいた。
声にならない声で絶叫しながら私は部屋の隅まで避難する。
視線を感じる……。
『どうしたの!!! 何があったの!!!』
「ア……ア……」
『そこから出たら駄目だからね!!! 分かった!?」
電話は切れてツーツーと言う音が耳に残っていた。私は毛布に包まった。
そこで初めて気がついた。この視線は……
ど う や ら 一 人 だ け じ ゃ な い ら し い 。
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友達はすぐに駆けつけて私にコーヒーを入れてくれた。
彼女は感じないのだろうか??? この部屋に居る何人もの人間の視線を。
何にせよ。これでもう大丈夫だ。
「視線ねぇ……ちょっと疲れてるんじゃないの???」
「……そうなのかな……」
「そうよ!!! 気にしすぎなだけよ!!!」
それは何の根拠も無い言葉だった。
だけど彼女の言葉ほど助けられる物は無かった。
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を洗いたくなり、洗面台に向かう。
そうだ。気にしすぎているだけだ。
私は顔を上げて鏡を見る。
――そこには数え切れないほどの眼がこっちを見ていた。
●
私はそれこそパニックになり靴もはかないまま、外へと飛び出した。
視線は私の後ろをずっとついて来る。どんなに逃げてもついて来る。
交差点に出た時、私は青白い光に照らされる。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ○%#”&$!!!
私は乗用車に跳ねられて地面に叩きつけられる。
体中に液体を感じる。地面には私の血が汚らしく撒き散らされた。
空を見上げる。
――そこには巨大な二つの眼が私をジッと睨みつけていた
貴方は動かなくなった女をパソコンの画面を通してみる。
次の短編はどんな物語なのだろうと……。
まだ気づいていないのだろうか??? 彼女が感じていた視線の正体。
それは貴方自身。貴方が彼女をずっと見ていたために、
貴方が彼女を殺した。
貴方さえ見なければ、貴方が見た為に彼女は、
車に引かれたはずの女がふらふらと立ち上がった。
女はじっと貴方を見つめる。
「あなたのせいなのね……」
女は少しずつ貴方のもとに近づいてくる。
「あんなに……あんなにぃぃぃ!!!」
あなたのせい。
彼女が死んだのは全部あなたのせい。
だってあんなに
あれほどまでに……
「あんなに閲覧禁止って言ったのにぃぃいいいぃぃぃいいい!!!」