第Ⅰ話 『怪人病棟』
僕は生まれたときから体が弱い。呼吸器がないと生きられない人間だった。
そんな僕だから僕の親は僕を捨ててどこかに行ってしまった。
僕はよく今まで生きてきた15年は暇では無かったのかと聞かれる。
だけど僕は『そんなことはない』と言う。
なぜか??? 僕はあることを思いついたのだ。
それは簡単な事だった。人間を観察をする事にしたのだ。
それも普通の人間じゃない……少し変わった人間。
――だから僕は“精神病棟”にベットを移してもらった。
今日も新しい患者が精神病棟に運ばれてきた。
「こんにちは」
『こんにちは、君は何て名前???』
「残念だけど名前は無いよ、僕が生まれたすぐに親が逃げちゃったからね。
だから僕は患者番号563202って呼ばれてるんだ。
で君は何でココに着たんだ???」
『僕はね。あることに気がついたんだよ』
彼は僕と同じくらいの歳だったし、とても精神が病んでいる人間だとは思えなかった。
僕は彼を狂っているとは初めは思わなかったのだ。
それより彼は何を思いついたのだろうか???
『僕はね、全ての人間を“自由”にする方法を考えたのさ!!!』
「自由にする方法??? それは一体どういう事だ???」
『それより今の君は人間が自由だと思うかい???
何の拘束も無く、何の鎖に縛られる事なく、何の隔たりも無く生きていく事が出来ていると……。
本心から思っている???』
「……」
『そう!!! 人間は自由ではない。この世界に生まれた瞬間から束縛されている。
じゃあどうすれば人間は自由になれるか???
――その前に果てしなく自由に近い存在は何か???
これを知ることが全ての始まりだった』
彼はスラスラと台本を読むように言う。
まるで無邪気な子供のように笑いながら、その笑顔とは裏腹に言っている事はまるで哲学。
壊れている……今まであってきた人間よりずっと壊れている。
『それはな……
液 体 さ 』
■
「えき……たい???」
『そうさ。例えばこのコップをこの高さから落とす』
彼は自分の手に持っていたガラスのコップを落下させる。
落ちる……落ちる――そしてガラスが割れる。
ガラスが割れると当然中の水が辺りに撒き散らされる――水は自由になった。
『そう。水は自由なのさ、どんな形にもなる事が出来る。
じゃあ人間はどうすれば水のように自由になることが出来るか???』
「でも人間は70%は水だったはずだ」
『いい質問だ、とてもいい質問だ。
じゃあこう考える事は出来ないだろうか???
水 に 意 思 を 持 っ た 物 が 人 間 だと』
こいつは何を言っているんだよ……
水=人間??? 人間=水???
俺も水。彼も水。誰もが……水???
『いや……正確には水が“人間と言うコップに注がれた”のが人間だと言うべきか。
だから君のその皮膚はコップなのさ。
ここまでこればどうすれば人間が自由になれるのか解るか???』
「……」
人間がコップなのなら中の水を取ればいい。
それをぶちまければいい。さっきの水のように。
僕はそう思った。そう思ってしまった。
――血液をぶちまければいい。
『そうさ。人間は本来は水だったんだから水に戻ればいい。
水には意思がある。こういう実験を知らないか???
水に二つの紙を張る。
一つには『ありがとう』と書いた紙をもう一つには『死ね』と書いた紙を張る。
それを凍らせるんだ。
他に何もしない、そして二つの氷の結晶を顕微鏡で見るんだ。
『ありがとう』と書いた方には綺麗で美しい結晶が出来る。
しかし『死ね』と書いた方には黒くなってグチャグチャの結晶が出来る。
確かに水には意思があるのだ。だから水は人間と言う“服を着た”
自由になりたければ、それを脱げばいい。
全裸になった時、何ともいえない開放感になった事は無いか??? それと同じさ』
「でもそんな事をすれば……」
『どうなると言うんだ??? 言ったとおり水には意思がある。
人間と言う服を着ているんだ。それを脱ぐ事でどうにかなるわけが無い。
お前は服を脱ぐ時に何か起こるか???』
こ い つ の 話 を 聞 い て い る と 頭 が 割 れ そ う
▲
『人間は気がついていないのさ。自分自身が水だった事に、自由であったことに……。
僕だけが知っている。どうすればいいのか……どうすべきなのか』
「……」
『だから僕は今まで色んな人間を“自由”にしてきた。
彼らは水となって、あるべき姿に戻ったんだよ』
ああ、だから彼はここに着たのか。
彼にとってはその行為にはどんな罪も無いが他から見れば十分すぎる犯罪だろう。
だけど僕は……。
『水になればいい。皆水に戻ればいい。
人間なんて邪魔くさいコップを潰して、自由気ままな液体に戻ればいいんだ。
僕はこの思想を何としても実行する』
「……何で???」
『僕の中の水がそう言っている。他の人間の中に入った水たちは忘れている。
自分が水であったことを忘れている。だから僕自身が解放してやれと言っている』
――僕の中で何かが歪んだ。
僕は今まで色んな壊れた人間に出会ってきた……違う。
僕は壊れた人間にしか出会っていない
そんな僕が初めて……初めて――まともな人間に出会った。
彼はどこも壊れていないじゃないか。
彼は真実を口にしているだけじゃないか。
『固体は死んでも……意思は水に継がれ、自由になれる。
それはもう死んだ事にはならない。
死んだと言うより“誕生”とも言える』
そう言って彼は一本の小瓶を差し出してきた。
●
『さあ思い出してみて欲しい。
今まで君が生きてきて自由だと思った事はあるか???
このまま“人間を着て”いて君は自由になれるのか???
呼吸器をつけて、一生をベットの上で終わらせるつもりか???』
「……」
『僕なら君を自由に出来る。
水になれば病気にもならないし、怪我もしない、死ぬ事もない。
水は生態系の天辺なのさ』
僕は自分の爪に力を入れて皮膚に食い込ませる。
“服”は破れてそこから真紅の液体が流れる。――これが本当の僕。
これこそが……自由。
『大丈夫。痛みは無い。
君は服を脱ぐ時に痛みを感じる事はないだろう???
次眼を覚ました時には君は自由さ』
「 」
眼を覚ませば僕は小瓶の中に居た。