第伍話 『黄昏デイーアイディー』
HRが終わって僕は暫く仮眠を取る事にした。
まあ何せ昨日の夜も寝てないし、そう言えば一昨日の夜も寝ていないのだ。
だから今現在は病的に眠い。
こうやって思考することが出来ている事態おかしいほど眠たい。
まあいいや……。
目覚めたら実は今までのが全部夢オチだったってのも悪くない、僕はそれを期待しながら瞼を閉じる。
夢オチ??? うん、そう言えば彼女の存在はソレに近いのか。
だったらこの物語もきっとその程度の物語なんだろうと思う。
だって誰も得せず誰も損をしない話。
何の知識にもならず何の意味もなく何の楽しみも無い。
まあいいや……昼休みにもう一度部室に行ってエドゥと会話できたらいいや。
深い世界に、深い夢の中に……僕は……僕は……
墜ちていった。
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「率直に聞きますけどダミアンを殺したのは貴方ですか???」
「違いますよ。僕だってエドゥがやってると思ってたんですから」
「まさか!!! 私は人を殺す側の人間じゃありません。
しかし、困りましたね……君じゃなかったらもう疑いなくあの人しか居ません」
僕はまだ完全に起ききっていない脳をフル活動させながら彼の話を聞く。
どうやらエドゥは先ほどから一人一人の生徒の記憶に干渉してダミアンという人間を忘却させて回ったらしく今日は授業には出ていないらしい。
随分とめんどくさい役をやっているなと僕は彼のことを尊敬の眼差しで見た。嘘だけど。
「君は何か知っているんじゃないか???」
「何か??? 随分と抽象的ですね」
「抽象的。そう抽象的さ。
君と僕の会話の中で一度たりとも具体的だった話はあると思うか???」
随分と嫌味を言う人だった。
僕は彼のことを尊敬する眼差しを辞めた。
まあ知っていることはいくらかあるんだけど……。
「彼はラリってました」
「そりゃそうだろう。彼だって彼女に出会ったんだからね。
出会った時点で『ラリル』んだよ、『ラリル』→『リルラ』→『りるら』みたいな。
まあ言葉遊びは置いといてだな。しかし随分とおかしな話だな」
「何がですか???」
「彼はもう退部したんだから正常だと思っていたんだが……。
まだ彼は自分が異常体質だと思っていたのか。
随分と腐った思考をしていたよ彼は」
その時、教室の扉が荒々しく開いた。
余りの勢いで教室全体が振動していると言っても間違いではないだろう。
そして僕は何気なく扉のところを見てみるとコルヴォが立っていた。
「ジャックは何処だ!?」
「知らないよ。いや……あるいは何処にも居ないのかもしれないよ???
実は演技だったとか」
飄々としたエドゥに対してコルヴォは随分と怒りを露にしていた。
まだ彼女が居ると信じているのかもしれない。
存在しないのに頭のどこかで彼女の存在を認めている。そんな感じか。
ジャック。そう言えばここ数日その単語が良く出てきている。
どうやら固有名詞であるのは解るのだが一体誰の事なのかが僕は解っていなかった。
もしかしてエドゥが言う『戦争』というのに関係があるのだろうか。
「演技だと??? あいつの力が演技の範囲に収まると本気で思っているのか!?」
「知らんね。
私は何も知らん、そんなにあいつの居場所が知りたいのなら“りるら”にでも聞いてみればどうだ???」
それは言っちゃいけない。それはコルヴォに対しては言ってはいけない。
――コルヴォの真っ黒の長い手がエドゥの首に向かって伸びる。
このままじゃ本当に殺されるだろう。
うん、コルヴォならやりかねないし、以前のような強烈な殺意を感じる。
僕は足を動かそうと――あれれ??? 足が……足が動かない……。
「出た出た。でも君はその体質を随分と嫌っていたじゃないか。
人を殺す以外には使えない、でも人を殺すにはもってこいの体質。
相手の動きを完全に封じてしまう。
いやもっと別の解釈だ。
『相手の神経を麻痺させる』って言ったけ???
まあどうでもいいさ。でも私の体質も忘れてもらっちゃ困る。
お 前 を 壊 し て や ろ う か ? ? ? 」
「……チッ」
コルヴォはその漆黒の手を離してエドゥは解放されて自由になった。
まあ当たり前か。体質の序列で見れば確実にエドゥの方が圧倒的に有利なのだ。
相手の思考に干渉するという事はそういう事。結局は殺人技。
彼はそれに気がついたのだ。だから解放した、いや解放された――解放されたのはコルヴォの方。
「……今日の放課後、俺はジャックを喰らう――いや恐らく俺が喰われる。よくて相打ちか。
奴は“りるら”の意思に背いた、よって俺に殺すように命令した。
お前は何を言われた???」
「別に??? いつもどおりに証拠隠滅」
「そうか。解ってると思うがお前は手を出すなよ。
俺がどんなに殺されそうになってもな」
うん、僕は空気のようだ。
まあそんな冗談は粉砕しといて。どうやらコルヴォは今日限りで死ぬらしい、さようなら。
とまあ別に僕はコルヴォが死のうが生きようがどうだっていいのだが、だが一つだけ僕はジャックと言う人間に興味があった。
だから戦場になるであろう放課後の学校に居るのである。
さあココからがこの物語の一番の盛り上がりになる訳だが。
俺は今現在放課後の渡り廊下で“奴”の出現を待っている。
武器となる武器は持ち合わせていないのだがその気になればガラスを割って破片を武器にも出来る。
しかしこちらが武器を持ったところでジャックに一撃を与える確率は大して変わりはないだろう。
となればあいつがジャックになる以前に強烈な一撃を与えて弱るのを待ちながら殺しあうしか無いだろう。
……これじゃまるで狩りだな。まあでもこちらには“一時停止”という保険があるのだが。
「~~~♪」
先ほどから聞こえていた鼻歌が少しずつ、近づいてくる――死が迫っている。
俺は廊下の隅に設置されている掃除用具入れの影に隠れて息を潜める。
ポケットから漆黒の手を抜き出す。
一気に心臓を潰す……そうなればこれだな……。
突き手をイメージし、手に力をこめる。
「死ね!!!」
「キャッ!!!」
――左手で『ヤナ』の首を抑えてそのまま壁に磔にする。
彼女の足が地面から数cmのところでブラブラと揺れる。
彼女の口から小さな悲鳴と荒い呼吸音が聞こえる。
そして即座に右手を彼女の胸に突き刺した。
「ガフッ……」
彼女の口と胸から大量の鮮血がぶち撒かれて、呼吸音が聞こえなくなる。
余りにも大量の血が放出されて当たりは文字通り“血の海”と化した。
――右手に激痛。
「チッ!!!」
「……」
今度は俺の右手が裂けて血が放出される。不味い……これは最悪だ……。
一瞬、その一瞬でどうなるのか想像する事は十分出来た。喰われる。
左 手 が 食 い 千 切 ら れ た
「ウグッ」
状況は圧倒的に不利になった。俺は二、三歩下がって奴との間合いを取る。
地面には先ほどまで俺の腕だった固体がポツンと血の海の上を漂っている。切断だった。
俺がひるんだ途端に“ジャック”は俺の腕に噛み付いてそのまま引きちぎったのだ。
「ダミアンを殺したのはお前だな???」
「ギヒッ。ギヒヒヒヒ
ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!
ソの通りサ!!! 俺ハアノ男を“喰ッタ”」
ヤナ。改めジャックは俺と向き合いながら嬉しそうに甲高い声を上げながら笑った。
気持ち悪い。
「ダケど、ソれがどうシた???
お前ノ知ってノ通り俺ハ『りるラ』を知らナイ。
屋上カラ突き落トシテ何が悪イ」
「俺は別に何とも思わないさ。ただしりるらはお前を許さなかった。
だから死んでもらう」
「ギヒッ!!!
存在しナイ物に操らレタ愚か者メ」
ジャックはその場で四つん這いになる。
まるで獲物に一気に飛びかかろうとするライオンの如く。
四足獣、それがジャックのスタイル。
『ヤツザキ=ジャック』と言われる程の強さの所以。
こいつは厄介な事になってきた。何せこちらには左腕が無い。
片腕でこいつを食い止めるのはほとんど不可能なお話だろう。
それに胸を突いた一撃も余り食らっていないのが奴の表情で解る。
まあでも。
「 お 前 は ヤ ツ ザ キ で あ る 以 前 に 俺 は ヒ キ サ キ な ん だ よ 」
――ジャックが跳躍し、俺に向かって飛びついてきた。
咄嗟に体を丸めて掃除用具入れの後ろに転がり攻撃を避ける。
バリバリバリバリ!!!
壁が破壊される音がした。まあ壁は悲惨な物だった。
ライオンに引っ掻かれたような傷跡が痛々しく残っていて、まるであの美術室のような感じだった。
あれを受けたら……間違いなく八つ裂きになっていただろう。
「グひ!!!」
化け物は体を回転させて“前足”の先に有る包丁のより鋭利な爪を振りかぶる。
――用具入れごと俺を破壊するつもりか。
しかしその考えは安易だ。
こいつはいつもこのように四足獣の構えを行なう為どうしても顔面が前に出てしまう。
つまりその顔面に……俺はもう一度突き手の形を作り――ジャックの右目にぶち込んだ。
同時に俺の左半身が潰された。
俺はそのまま吹き飛ばされて二階のガラスから外に我が身を放り投げだされた。
やられてから気がついた。右目を攻撃に行った俺は確実に隙があったはずだ。
ましてや左腕は無い以上、左半身にくる攻撃を止める術など無かった。
殺 さ れ る
俺が落ちたのは2階、頭から落ちなければ死ぬ事は無いであろう高さ。
だがしかし俺の唯一の武器である右腕の骨が折れたらしくダランとだらしなく垂れ下がっている。
立ち上がってフラフラと逃げる。逃げる……分が悪すぎる。
流石に相手もダメージが零とは言わない。
あいつは右目の視力を失っている、人間なら致命傷だろう。
でもあいつは人間の部類には入らない。
間違いなく獣や魔物なのだから、あいつから言わせて見れば『右目はない、でも左目』がある。
その程度の問題なのだ。
「ウゲッ……コリャ本当に洒落になんねぇ」
体が熱い、そして体中に液体を感じる。
当然俺は今左腕を失っているし左半身は奴に八つ裂きにされている。
ここまで自分に血が流れていたのかと思った。
段々と意識が朦朧としていくのが感じられる。
――ふと足元ばかり見ていた顔を上げる。
気がつかなかった訳じゃないが目の前には四足獣が立ちふさがる。
「オイオいおイ。まさか俺ガ獲物ヲ逃がスと思ッたのカ???
冗談キツイゼ。人の眼球潰しトイて自分ダケ逃げようたってソウはイかネェ」
「……本当は“裏技”なんて使いたくなかったけどよ……。
このまま死ぬんだったらお前ごと道連れってのも悪くない―――な!!!」
「ウぐッ!?」
“相手の神経を麻痺させ、動きを封じる”。完全に人殺し専用の異常体質。
こいつがどんなに化け物だったとしても人間なのに変わりは無い。
こうしてしまえば上下関係だって無意味だ。
もうすぐ終わる……後は“あいつ”が何とかしてくれる。
終わる??? いやもう終わった。この物語はもう終わった、完結したのだ。
後はあとがきだけ、もうここからは合って無いようなお話。
「まあいいや……さてお前だけど」
「ギヒヒひヒ!!! ダケドお前は俺ヲ殺す事ハできなイ!!!
攻撃する手段がナイ!!!」
「……“噛み殺してやるよ”」
コルヴォは口を明けてジャックの首元に噛み付いた。
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「おやおや。こりゃまあ酷い有様で」
真夜中の学校。その学校に“異常”が広がる。
あたり一面血の海、そしてその海の上で漂う腕。
グラウンドには血まみれの銀髪。
そしてその隣に転がる生首。