第肆話 『裏切りペシミズム』
悪くない。悪くないとも。
君がそういう思考の持ち主だと言うことは私は予め、知っていました。
そう、知ってました。
私は貴方以上に貴方と言う概念を深く深く理解し、そして受け入れる事が出来ているのです。
何をそんなに不思議な顔をしているのですか???
よもや忘れたわけじゃありませんよね??? 私がどういう事が出来る存在かを。
私は自分自身で“忘却”と呼んでいます。
そう言えば他の人達は精神誘導と言います。
『相手の記憶を書き換える事が出来る』
つまり私はコルヴォよりも強く、ジャックよりも残酷な能力を持っているのです。
ただ彼らのように悪用はしません、私は忘却を“正しい方向”に使います。
正義の為に使うと言うんでしょうか。
ここで貴方は疑問に思うはずです。
……思わないわけが無い、貴方は人一倍ぶっ飛んだ異常体質ですからね。
“こちら側の人間”に正義などと言う言葉は存在するのだろうか???
勿論、私やりるらがどれだけ正義だと言い張っても君が納得しないのならそれはきっと偽りの正義なのでしょうがね。
おっと話がそれましたね。
そもそも貴方は考えた事はないでしょうか……“正義の定義”を。
一体どこまでが“正義”でどこまで行けば“悪”になるのか、貴方は一度でも考えた事はありませんか???
無いとは言わせない、無いとは言わせませんよ。
何しろ貴方はこの世界の裏を見る事が出来るんですから。
じゃあこういうのはどうです???
ある街で殺人鬼が現れました。私がそいつを一刀両断、ぶち殺しました。
さあここで考えて欲しい。恐らく二通りの解釈があるでしょう。
――そうです。そこがこの話の面白いところ。
『お前は街を救った正義のヒーローだ!!!』
『いいや、お前は一人の人間を殺した殺人鬼だ!!!』
どうです??? 私はこの行為をするだけで“正義”と“悪”の両方を言われるのです。
貴方はどう思います??? 私は正義を語るべきか、それとも悪を語るべきなのか。
……ほぉ、面白いですね。実に面白い回答です。
私は今まで何人もの異常体質者にこの質問を問いかけてきました、しかしそちらの回答を選んだのは貴方が初めてです。
流石。と言うべきなのですか???
やはり二つの世界を見ている貴方はただの異常体質者だけで済ますのは勿体無い気もしますね。
……貴方は“常人”だと言われた事はありませんか???
貴方は限りなく気狂とは程遠いのかもしれませんね。
私やコルヴォはもう駄目です。壊しすぎている――壊れすぎてる。
貴方と違ってもう戻れません。そう……戻れない……。
少ししんみりとしてしまいましたね、すみません。
お詫びに貴方に一つだけ質問をさせてあげましょう。
私に答えられる事なら答えてあげますよ。
……それを聞きますか。やはり貴方はまだ大丈夫です、まだまだ大丈夫。
しかし私がこれを回答すると貴方は戻れなくなる。
コルヴォや私のように、壊れますよ??? それでもいいんですね。
いいですか??? 一度しか言いませんし、一度しか言えません。
Я Γ ∵ エ = 5 ”
あれから暫く時間は経って時計の針は丁度天辺をさしていた。
僕は休校を知って、家に帰るわけでもなく、友達と遊ぶわけでもなく、ただただ時間を潰していた。
いやこういう場合は時間に潰されていたというのが正しいのだろうか。
とにかく学校は今日一日は休校になって明日から又同じように始まる。
何だか気が進まないな……。
と言うのも僕が今朝にりるらと話した事。
思い出せばまだ体が凍りつくような感覚に襲われる。
あの後、りるらに部室で今後の事についてミーティングがあるんだけど参加しないかと言われたのだが僕はあの場からすぐに立ち去りたかったので断った。
部員失格。
「でもまあ……」
学校が無いのも暇だなと僕はため息を漏らしてみる。
うん、何だかこういうのは人間らしい。
いや、人間を意識している時点で僕は遠い存在なんだろうけど……。
得にする事も無いので日本経済と今後の課題について思考する事にしてみる。
「あの……」
「はい???」
僕の頭の中のイメージは一気に吹き飛んだ。振り返る。
そこには僕と同じ制服を着た少年、僕より身長は高い。コルヴォと同じくらい。
だけど僕は身長よりも真っ先に髪の毛に目がいった、……金髪。
僕は金髪に対して余りいい印象は持っていないので関わりたくないなと思った。
それが正直な気持ち。
「ええっと……君は……???」
「僕はダミアンです。君は確かヤックンだよね???」
――僕は呼吸が止まるんじゃないかと思った。そして同時に身構える。
その名前は呼んじゃいけない。
僕を呼ぶときは○○と呼ばないといけないんだ、勿論偽名だけど。
ヤックン。それはヤマアラシから名づけられたあだ名、名づけ親はりるら。
となるとコイツは……。
「君ももしかして……???」
「いやいや、今の僕は君たちとは違うよ。
まあ勿論体質はそのままなんだけどね。随分と人間らしくなったよ」
今の僕??? ああなるほど。文脈は理解できた。
ブロントは僕の隣に座った、いや……そんな事より……。
「あの部活って退部できるんだ……」
「当たり前だよ、あれでも一様クラブ活動なんだから」
どうやら出来るらしかった。
しかしそれならもっと気に入らない方向に話が進む事になる。
彼が元気狂プログレッシ部の部員なのならなぜ僕の存在を知っているのだろう???
いくら僕が壊れているからと言ってもそれは内面の話、つまり人を見て「あっ、こいつは異常体質者」だなとはならないわけである。
じゃあなぜダミアンは???
「知っているさ。
君は自覚が無いのかもしれないけど“そちら”の世界では随分と有名人だよ???」
「僕は別に特別な事をしていませんけど???」
「特別な事をしていない??? そりゃ本当に傑作だな。
君はそんな異常中の異常。異端の中の最上級を持つ能力を持っているのに???
僕は君の存在自体が特別だと思う。
君 の 存 在 自 体 が 異 常 だ と 思 う 」
異常中の異常。異端の中の最上級。
この僕が――有名人だって???
誰も見る事の出来ない裏側。
歪んだ世界を見る事が出来るこの腐った眼球が、有名???
だって可笑しくないか。
僕みたいな何の意味も無い体質よりもアリゴのような聞耳の方がずっと便利だ。
コルヴォやりるら、ヤナなんかの方が凄い異常体質を持っているに決まってる。
それなのに――
「あれあれ??? 気がついてなかった???
僕と君とはとても似ているんだよ。だから僕も君もりるらに気に入られてしまった。
あんな“化物”に気に入られた。だから僕は逃げ出した。
そしてりるらから逃げた、逃げて逃げて、やっと逃げ切った」
「どういう……???」
「そのままの意味さ。それよりもう見た??? 彼女のあの眼」
僕には心辺りがあった。と言うより心辺りがありすぎた。
あの眼というのは多分あの時の無感情の目の事だろう。
確かに僕を見る時にりるらは楽しそうにしている。
それは僕がりるらのお気に入りだから???
解らない……なんで俺はこんな奴の言うことを信用してしまっているんだ。
まるで他人の気がしない。
「僕はね……」
ダミアンは続ける。
「 異 常 体 質 者 で は な い ん だ よ 」
「イ常タイ質者ジゃ……ナイ???」
僕の頭の回線はフリーズしてしまった。
余りにも莫大な情報量を扱ってしまったパソコン如く。
だってそうだろう。説明すらされていないがあの部活は異常体質者の集まりじゃないか。
それなのにダミアンは異常体質者ではないだって???
嘘だ、だって先ほど彼は自分が体質が持っていることを発言している。
「ごめんね、説明が足りなかったから混乱してるだろ。
比喩っていうのかな??? 僕の体質は“あって無いような物”
最悪終了――僕の周りでは決して幸せなんてありえない。
だから解らないのさ。例えば君が明日死んだとしたとしよう、でもそれは僕のせいかな???
いくら僕が“災厄製造機”だとしてもそれは僕がやった事なのか???
……そう、この体質はそういう事なのさ。
あるはずなのに、どれが僕が引き起こした物なのか解らない。
全部かもしれない、もしかしたら一つも無いのかも知れない。
本当に……本当にもしかしたら僕はこんな体質は持っていないのかもしれない」
「……でもそれって可笑しくないですか???」
そうなのだ。僕やアリゴみたいな体質なら自分が異常だと気がつくのだ。
でも彼の場合は絶対に気がつくことが無い。
もし周りの人間が全員バッドエンドだったとしてもそれが自分の体質だなんて考えるだろうか???
人間と言うのは誰かを蹴落として生きる動物。
――なら全員が“災厄製造機”
彼だけじゃなく……人間全員。
じゃあ何で彼は自分が異常体質者で自分の体質が最悪終了だと気がついたのだろうか。
「おかしい、そうおかしいさ。でも僕が自分の体質に気がついたのは退部した後さ。
つまり、りるらは異常体質者ではない人間を取り入れたのさ。
さあ何でだと思う???」
「さあ、解らないです」
「彼女は思ったんだよ。異常体質者よりも狂った普通の人間、つまり。
もっとも狂ってるって――」
「君はさっきからいちいち回りくどい。一体何が言いたいんだ???」
「ごめんね、気を悪くしないで。
じゃあ率直に言おう。うん、そうしよう。
僕はね、ある日突然、何のきっかけも無く、ただ単純に気がついてしまったのさ。
それが僕が“災厄製造機”なんじゃないかと言う問だ。
僕が生きているだけでどこかで誰かが苦しんでいる。
もしかしたら僕はそういう体質を持っているんじゃないかとそう思ってしまった。
いや、その逆もありえる。
僕が生きているせいでどこかで誰かを無意識の内に助けているのかもしれない、これは恐ろしい事さ。
誰かの人生を俺は書き替えてしまっている。
俺は誰かの人生と言う名のレールを歪ませてしまっているのかもしれない」
ああ、そうか。
彼は異常体質者なんかじゃないんだ。
彼の思想こそが異常体質者なのか。
「なるほどね、確かに君は本当に狂ってるみたいだ。
じゃあ僕から君へ質問。何で退部したんだ???」
――その質問を問いかけると彼の体はガタガタと震え始めた。
額には汗をかいて、顔色が段々と悪くなっていくのが解っていく。
そして口を開いた。
「最初に言ったと思うが……彼女のあの眼を見たか???
僕はなアレを見てからもう彼女が怖くなってしまったんだ……。
いや違う……本当は“もっと別の所”にある。
そうだな……真実に辿り着いてしまったから。
僕は知ってしまったんだよ……彼女が一体何なのか……。
……そして異常体質者が一体どうなってしまうのか……。
気をつけろ……
ラ 行 に 気 を つ け ろ 。
も う す ぐ そ こ ま で 来 て い る ぞ ・ ・ ・ ウ ェ ッ プ 」
ダミアンは相当気分が悪かったらしく、口から胃液をぶちまけた。
そしてポケットから小さいビンを取り出し、中から大量の錠剤を手に出して口の中に押し込んだ。
精神安定剤。この時ばかりは僕も少し動揺していた。
「いいか???『リルラ』の周りは悪と悲惨に満ちている。
彼女は悪魔のような物だ……直に君も気づくだろう。
関わったら最後。皆同じ道を歩む事になる。
僕はもう駄目だ、そろそろ『リルラ』になる」
「りるらになるって一体???」
「そいつは駄目だ、知っちゃいけない。君も『リルラ』になるよ。
さて君とは話せてよかったよ。じゃあね」
僕はダミアンを引きとめようとしたけど、彼は去ってしまった。
何だか後味の悪い終わり方をしてしまったよな……。
まあいいや、今日は家に帰ろうかな。