第参話 『聞耳ネクロフォビア』
僕は一度だけ正夢を見たことがある。
あの体験がどんな意味を持って僕の夢に登場したのかは解からない。
だけど僕はあの夢を見てしまったのだ。
小学5年生の春、それは理科の実験室だった。
その時に何の実験をしていたのかは忘れてしまった。
夢の中で僕はアルコールランプに灯っている炎をジッと見つめているのだ。
ユラユラと揺れている光。
炎とは不思議な物だ。人間の本能だろうか、人間は火に何とも言えぬ感情を抱く。
それは一瞬だった。
僕の隣の席ではしゃいでいた男子の手が勢いよくアルコールランプに当たったのだ。
ガラスが割れて中身の液体が辺りに飛び散る。勿論それに引火して辺りは火に包まれてしまった。
――僕の前の席に座っていた少女はいきなり立ち上がって踊りだした。
自分の体に纏わりついている炎を振り払うように。
彼女の悲鳴を聞いて周りの生徒達は教室の隅まで逃げる。僕は動かずに彼女をジッと見る。
声にならない叫びで彼女は踊り続ける。ファイヤーダンス。
そこで夢は途切れる。
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「らしくないな」
僕は昔話に浸っていたがキャラじゃないなと思ってここで止めることにした。
まあ後日談としては彼女は暫く入院した後に精神病棟に入ったわけだが……。
なぜ精神病棟に入ったかと言うと彼女はあの事件以来、極度に炎という物を嫌うようになったのだ。
いわゆるパニック症や恐怖症。
あれは非常に厄介な物らしい。
克服は非常に難しいらしいし、社会復帰に出来なくなるような物もある。
僕は閉所恐怖症だ。
狭くて圧迫される場所が滅法苦手、あの重圧に耐えることが出来ない。
考えるだけでも気分が悪くなってきた……。
「そう言えば、りるら遅いな……」
「ごめんなさい。少し厄介事があったの」
僕の背後から突然と制服姿の女の子が現れた、赤髪。りるらだ。
場所は音楽室の隣の教室の前。
普段は空き教室なので僕は訪れた事は無いのだが、なぜか僕は来たことがあるような感じがする。
そう言えば先日の記憶がポッカリと開いているのだ。
前後の日は何があったのかは覚えているのだが、その日だけは何も思い出すことが出来ない。
――まるで誰かに僕の記憶を操作されているような。
「厄介事???」
「うん。部長として部員のことは考えないといけないでしょ???
さあここが私達の部室だから入って入って」
僕は彼女の言われるままに部室に入った。
中に入ると空き教室の為に机はあちらこちらに転倒している。
ふと目に留まる物があった。それは教室の後ろの方、ロッカーの周辺だった。
黒い液体の乾いた後だろうか??? 僕は近寄ってみる。
何だか赤い気もする、臭いをかいでみた。
「……これって……」
「血」
りるらが無表情に答える。まるで興味なさそうに。
しかし、この周囲一面が血に塗れているのだ。これは明らかに……。
――致死量を越えているだろう。
人間にはこんなに液体が入っていたのかと思うほどの量なのだった。
「それはね……占い師の血よ」
「占い師???」
「そう。
私達と同類なのにも関わらず、私達とは違う欠陥製品ね、使い物にならない存在だった。
本当につまらないと思ったわ。
綺麗事を並べる事しか出来ない愚か者よ。だから死んだ。
だから殺した」
僕はその殺したと言うのを何かの比喩なのかと思ったので大して深くは考えなかった。
欠陥製品。
何だか僕のことを言われているみたいだ、僕は自分のことをそう思っている。
どこか違う、人とはどこか違う“物”。いやそれ以下か……。
もし僕がこの能力が無かったら普通の生活をしているのだろう。
こんな狂った思考はしないだろう。
だけどそれは考えるだけ無駄。欠陥製品と違って直しようが無い。
――乱暴にドアが開いてそこから一人の男子生徒が現れる。
「よお」
銀髪。
「やっぱり来たんだな」
「ええっと君は……」
彼は、銀髪の彼は僕を知り合いのように話しかける。だけど僕はこんな奴知らない。
ニヤリと笑って僕の目の前に腕を伸ばした。なぜだかその腕に不信感を抱く。
黒色の皮手袋。不思議とそこには何も感じなかった。
僕は彼の手を握る。
「初めまして」
「ああ、なるほどな。精神誘導ね」
「まいんど???」
「俺の名前はコルヴォ。俺もお前と同じ異常体質の人間さ」
どうやら彼は部員らしい。しかし彼の異常体質とは何なのかを聞こうとは思わない。
彼に対する不信感……それが僕を躊躇させている。
こいつは危険だ!!! こいつだけは敵に回してはならない!!!
体がそう発言している。
「ヤックン、コルヴォとは仲良くしてね」
「ああ」
「他の人達にも挨拶くらいは言った方がいいと思うわ。着いてってあげる」
そういうとりるらは僕の手を取って歩き出した。教室にはコルヴォが取り残されたまま。
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僕らは北館を離れて中庭にある小さな池に向かっていた。
あそこには確か鯉だとかがいたと思ったが僕は大して興味が無いので近づいたことは無かった。
その池の周囲には誰かが居るわけでもないのだが、僕とりるらは池に近づく。
りるらは地面に落ちていた大きめの石を拾い上げて池に投げると波紋が広がって鯉が慌てて逃げる。
「アーーーーリーーーーゴーーー。居るんなら出てきて」
「え??? ここには誰も……」
「なんだい???」
――それは突然と現れた。まるで河童のように。
池の中から人間が現れた。