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歪に素敵な短編集  作者: 啓鈴
気狂わされプログレッシブ
22/46

第壱.伍話 『ヤマアラシのジレンマ』

















 彼女は僕のことを異常体質と称した。


 それより彼女は『貴方みたいな人』と言った。複数形。


 つまり僕みたいな人間は他にも居るという事になる、これには驚いた。















「もし貴方がちょっとでも私に興味があるなら放課後に屋上に来るといい」
















 そう言って彼女は僕の席を立って、教室の隅の方にある彼女自身の椅子に座った。


 それとほぼ同時に担任の先生が入ってきて朝のホームルームが始まる。


 さて……これから暇な時間が始まる。暇つぶしにでも僕の話でも作ろうかな。
























    僕には見えない物、見えてはいけない物が見えた。


    それはまるで夢の中と現実がリンクしているような錯覚。


    錯覚……いや違うな。僕の場合はハッキリと見えているし触ることが出来るのだ。


    初めて僕が異常体質に気がついたのは幼稚園の時のことだ。


    世界は夕焼けに包まれて遠くの地平線から闇が支配しようとしていた。


    僕が遊びつかれて家に帰ってきた時、突然と頭痛が襲った。


    痛かった、初めての頭痛だった。


    途端に僕の脳裏にはある違和感を覚えた。脳裏に何か浮かぶ、そして聞こえる。
























     「ほるむらりまりまり」














     「くるけれれけけれわ」















     「みみみわえみえみみ」

















     「みみみみみみみみみ」


















     「ミミミミミミミミミミミミミミミ!!!」





















     突然と僕の頭は「ミ」にのっとられた。地面に頭を擦り付けるほど頭は痛かった。


     ――『死ぬ』。そう思った。


     その場に倒れこむ、すると闇に支配されている世界に明かりが灯っているのに気がついた。


     火事だ。家が燃えていた。


     そのベランダからこちらをジッと見ている女。彼女の口が……開いた。























     「ミミミミミミミミミミミミミミミ!!!」






















 ・




















 ・



















 ・





















 あの日から僕の非日常は始まった。


 他人には見えていない物が僕には見えていた。


 そんな日常だったからか僕は少しづつ壊れていったのかもしれない。


 取り返しのつかない……致命的なまでに。


 だから僕は諦めたのだ。僕にとっての現実は“僕の見える物”なのだと。














「さて……行くか……」















 学校は既に終わって1時間が経とうとしていた。


 いつもの僕ならとうに学校に帰っているのだが、僕はありえない8時間目の授業を一人で受けていた。


 教室に居るのは僕一人、教壇にはニット帽を被った男が立っている。



















「ようするにこの世界の流れの中では人は無力だという事だ」





















 彼はそう言って教室から出て行った。


 それと同時に頭痛は治まって僕はやっと帰ろうと思った。


 ……彼女は居るのだろうか……??? 別に彼女に興味があるわけではない。


 だけど僕に常人だと言った。じゃあ彼女は常人なのだろうか???


















 僕は階段を上った。




















 時刻は五時を回ったところで夕日が辺りを明るく照らし出す。


 そしてやや黒く染めて。影が長く尾を引く。


 まばゆいばかりの沈み行く太陽をバックにいた。




 誰かが。いた。




















「ほらね。やっぱり来た」





「やあ」




















 彼女は屋上のフェンスにもたれかかって僕の方を眺めている。


 その姿はやけに美しく、奇妙だった。


 口では言えない。文では表すことが出来ない。


 世界中の言語を理解した上でもそれは解からない。それは蜃気楼と似ていた。


 丁度彼女の後ろに燃え盛る太陽が地平線に沈もうとしている。


 ――違和感、僕は何とも言えない違和感を感じたのだ。


 違う。何かが違う、彼女は“何かが”違うのだ。


 決定的に……あるいは致命的に……。


 彼女はスキップをして僕に近づく。そして僕の手に触ろうとした。
















「おそーい。でも来てくれたんだね」







「やめろ」


















 僕の口から冷たい言葉が飛び、彼女の手を払いのける。


 しかしそれさえも奇妙だった。僕が他人のことで……感情を出すなんて。


 自然と言葉が出る。

















「やめろ。“人間らしく”するな」







「ひどーい。





 私だって頑張って“人間”してるんだから、そんな言い方したら駄目だよ――『気狂』さん」








「!!!」















 とっさに僕は跳躍して彼女の体を勢いに任せてフェンスに叩き付けた。


 しかし彼女は何のリアクションもしない、まるで人形。そして我に返った。


 僕は今……何をした??? なぜ僕はこんな事を……。


 僕は突然と僕自身が恐ろしくなって彼女の体を離して2、3歩下がる。
















「ふぅん、まだ感情なんて物があったんだ。





 ねえ思うでしょ??? 感情なんてとても無駄な代物だって」







「……何が言いたい……???」







「つまりね。君みたいな“物”には感情なんて不必要だって言ってるの。





 一度でも感情が無かった方がいいと思わなかったことは無かったでしょ???





 全く……


















 感 情 は 人 間 が 持 つ 物 な ん だ よ ? ? ? 」




















 彼女の口から飛び出した言葉。僕の思考が止まる。


 ニンゲん??? ボクハ人間ダ。君モ僕ヲヒテイするのカ??? ヤメロ!!! ヤメテクレ!!!


 僕はその場に倒れこむ、電池が切れたロボットの如く。



















「ねぇ……“こっち”にこない??? きっと君は“そっち”に居るべきじゃない。





 “こっち”に来るべき存在。逆に異常体質は“そっち”に居てはいけない」








「何の……話をしている??? ……ッ!!!」





















 突然の頭痛だった。いつもより強烈な、頭を内側から金槌で叩かれている感じ。


 割れる。ワレル。コワレル。 こ わ れ る




 視線を上げる、彼女の後ろに……何か居た。

























「貴方は何を見テ来た??? 今マデ何を見てしマッタ???












 コれかラ何を見ルノ??? コレカラどんな世界を見テシマウ???














 何ヲ思イ。何ヲ失ウ。△●■%&”#??@@@!!!!」























 そこで僕の意識は途絶えた。

























 目が覚める。そこには漆黒が広がっていた、闇が……近づいていたのだ。


 少し頭がズキズキする、僕は空を見るような形で屋上に寝転んでいた。


 しかし、冷たいコンクリートを感じるべきなのだが、なぜか頭の部分は枕のようなやわらかい物を感じる。


 ――温度を感じる。


 人肌を感じるのだ。僕は辺りを見渡した。


















「おはよう」







「うん、おはよう。何時間くらい死んでた???」



















 彼女だった。膝枕だった。僕は焦った。


 僕は無理矢理に体を起こして彼女の膝から離れる。


 何だか名残惜しくも感じたがこの状況はかなり恥ずかしかった。


 確か僕は彼女とこの場で話していたんだけど……。


 ……あれ??? 何で寝ているんだろうか??? 寝るような状況だっただろうか???




 少し頭を整理しよう。……おーけい。


 頭の奥の方に隠れていた記憶が僕の体を駆け巡る。


 それはまるで僕の血管に電気が走るように、全身に感じる。


 ――彼女に恐怖する。






















「ええっと……あの……君h」














「私はいろんな呼ばれ方をされている。




『りっちゃん』『りるっち』『死神』『破壊(クラッカー)』『“赤髪”の女』『』……etc




 私は『りるら』。ひらがなで“り”と“る”と“ら”




 貴方が別にどんな呼び方をしようと関係ないけど。




 これからは知らない仲じゃないんだから“君”とか“お前”って言う表現はやめてよね」
















 りるら









 それが彼女の名前だった。だったら僕は??? いや、必要ない。


 名前なんてただの製造番号、僕は名前にそれ以上の感情を持ったことは無い。


 必要であって必要でない。それが名前。


 だから取り合えず僕は。


















「じゃあ“りるら”。君の話はよく解かった。




 でも具体性に欠ける、そう思わないか???」











「思ってる。でも貴方みたいな曖昧な存在には具体的に話す必要は無いわ。




 何だか残念。貴方って実は勉学がなかったり???」


















 りるらはそっぽを向いてムッとしたように話した。


 彼女の言ったとおり、僕には勉学は無い。というより興味が無い。


 例えばそれは数学。


 答えが一つしか出ないという世界、僕はそれに胡散臭さを感じるのだ。


 今まで一番酷いと思ったのが確率の問題だった。


 赤色の玉が袋に6個 白色の玉が袋に4個。


 さあ赤色の玉が出る確率は??? と言う問題だったと思う。


 答えは10分の6。つまり5分の3。


 だけど、もしかしたら全く赤色は出ないかもしれない。つまりただの確率なのだ。


 何の現実味も無い、何の意味も無い、そこに何の価値も存在しない。僕はそう思った。

















「どうしたの??? なんだか難しい顔をしてるよ???」






「ああ、ごめん。少し考え事をしていた」






「そう、考え事はいいことよ。




 それよりも貴方に一つだけ聞きたいことがあるの。ずっと聞きたかったこと。


















 な ぜ 貴 方 は 孤 独 な の ? ? ? 」


















 痛いところをつかれた……。


 彼女はニヤニヤしながら僕の顔を眺める。まるで僕が困っているのを楽しんでいるような。


 僕は少しため息をついて答える。





















「ヤマアラシのジレンマさ」





「やまあらしのじれんま???」




















「ヤマアラシのジレンマだよ。




 ヤマアラシって言う動物には馴染みが無いかも知れないけどハリネズミって言ったら解かるかな???




 彼らは互いを温め合う為に体を寄せ合うのさ。




 だけどお互いの針が当たって温め合うことは出来ない。




 運よく出来たとしてもお互いに傷つけあってしまう。




 だから友達として良い距離を置くことを言うんだ。




 それがヤマアラシのジレンマ」











「うんうん。何だか良い話ね。




 だけどそれが孤独と何の関係があるの???」










「じゃあこれが僕と周囲の人間とならどうだろうか。




 彼らは“人間”なんだよ。でも僕は“ヤマアラシ”




 言いたい事わかる???」











「ああ、なるほど一方的に傷つけてしまうなら関わらない方がマシだって考えてるって事か。




 君は説明が上手いね」

















 つまり、僕がいくら凍えていても所詮僕はヤマアラシなのだ。


 ヤマアラシは人間と引っ付いて温まろうとしたなら人間は血だらけになってしまう。


 つまりヤマアラシ同士で無い為に人間は一方的に傷ついてしまう。


 逆に人間は全身が針だらけのヤマアラシに近づくことさえ恐れるだろう。


 ――そういう事だ。その程度のことなのだ。














「うん、悪くない。悪くないよ、その考え。




 異常体質の人間らしい回答だよ。私は逆だけどね。




 もし私がヤマアラシなら相手が人間であろうと無かろうと体当たりするわ。




 お互い血だらけになって相手が拒絶しても、逃げたとしても逃がさない」













「へぇ、そういう考えもあるのか。悪くないね」

















 僕がそう言うと、りるらは無垢の笑顔を僕に向けた。


 そこには単純に面白い事に出会えたという一人の少女が居たのだ。


 その姿に最初に抱いた違和感なるものは無かった。



















「私はね、この学校で異常体質に人間を集めてるの。





 『気狂プログレッシ部』って言うんだけどね。





 貴方みたいな思想を持った気狂は今まで見たことが無かった。面白いわ。





 良かったら入部しない???」











「へえ、それはそれは興味のある話だね。




 でも遠慮するよ。さっきも言ったけど僕はヤマアラシなんだ。




 しかも相手がヤマアラシであろうと人間であろうと。




 君みたいに体当たりできない臆病なヤマアラシなんだ」
















 彼女はただ一言。「そう、残念」と言って屋上から出て行った。






















 これが僕とりるら。その他大勢のヤマアラシが起こす物語の始まりだった。


 本当ならここで“僕はこれから起こる出来事を知るよしも無かった”


 と、表現するのがセオリーなのだろうが僕は違った。


 僕はりるらとあった時点で気づいていた。そして今、確信した。


 “何かが終わった”と。始まるのではなく終結したのだと……。


 歪んだのだ、僕は歪んだ。彼女と会ったその時から決定的に――歪んだ。




















「と言っても……もう手遅れか」



















 フェンスの奥にはネオン街が並んでいた。




 その奥から徐々に……ゆっくりと……闇が支配していく。

























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