第十七話 『夢オチ』
私は勝ち組になっていた。
事業が成功して、今や日本を担う一大企業だ。その会社の社長こそがこの私だ。
窓の外を見るとそこには街が広がる。ふと眼に入る人間達が居る。
遅刻したのか走っているサラリーマン、通学中の高校生、フードを深く被った男。
あれが下等生物に思えるほどに私は勝っていた。確実に勝ちを収めていた。
きっと誰もが私のことを嫉妬している。誰もが私と交代して欲しいに決まっている、当たり前だ。
っと……こんなことを考えている暇は無い。私は起き上がってクリーニングしたてのYシャツに腕を通す。
ピンポーン♪
今日はやけに早いな……。
「社長、お迎えに上がりました」
「ご苦労。すぐに行く」
俺はそういうとスーツに身を包んで俺の武器であるノートパソコンを手にとって家を出た。
長細い車――リムジンに乗り込んでモーニングコーヒーを味わいながらパソコンを開く。
グラフを見ても我が社は他の企業よりスバ抜けて勝っている。ココまでうまく行くと面白いものだ。
私は少し笑みを浮かべて今日のスケジュールを見る。朝から会議か……、面倒だ。
そうこうしている間にも車は社に着いた。玄関にリムジンは止まって私は降りる。
社員達は私に深々と頭を下げて一礼する。
「おはようございます」 「朝から大変ですね」 「おはようございます」
「キャーーーーかっこいいーーーー!!!」 「素敵なスーツですね」
「おはようございます」 「貴方に勝てる人間はいません!!!」
「世界一の人材ですぞ」 「貴方無しでは日本は動きません」
「結婚したいわ!!!」 「社長は勝ち組です」
あちらこちらから俺を称える声。これほど心地よいものは無い。
まるで俺は神だ、俺はまるd――
「きえろ」 「邪魔なんだよ」 「無に帰れ」
「失せろ」 「金出せ」 「負け組」
「ガラクタ野郎」 「君を選んだのは失敗だった」
「使えねぇ」 「目障り」 「不必要」
「社会のクズ」 「ゴミ」
「負け組」 「負け組。」
私はそこで目覚めた。
■
嘘だ。本当は私が勝ち組なんて嘘。負けの人生、まさしくその通りだった。
ただのしがないサラリーマン、いやあるいはそれ以下か……。
中卒で世の中に飛び出し15年。今や義務教育は高校までと言われているのに私みたいな人間は当然通用しなかった。
始めの方は私は有能な人間だと自分で思っていていた。中学では常に学年トップの成績。
しかし誰も私のことなんて見ていなかった。いや本当に私のことなど視界に入っていなかったのかもしれない。
誰も私のことなど興味が無い。居ても居なくても関係が無い存在。
「はぁ……」
今日はため息を何回つくことになるのだろうか???
私は布団をたたんで机の上に置いてある汚いシワシワのYシャツに身を包む
私の武器のノートパソコン……そんなもの無い。優雅な車も自転車でさえも無いのだ
・
・
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入社すると後輩の連中は誰も挨拶しない。あいつらは自分以下の人間には媚売っても仕方ないことを知っている
考えれば当たり前。当たり前のことなのだ、人間としてごく普通のことなのだ。
人間なんて利己主義の塊みたいなもの、誰かを蹴落としても自分が大切なのだ。自分の人生の為なら何だってやる。
私もそうするべきだった。そうすればきっと日本の将来を担うような大物に――
「○○!!! ちょっと来い!!」
「は……はい……ッ!!!」
私より5歳下の班長。私はこいつが嫌いだ。
もし自分の班でミスが見つかれば全て私のせい、おかげで私は首を切られかけた。
しかし、こいつのやっている事は人間として正解だ。――勝ち組だ。
私はその班長の下に向かう、偉そうなデスク。私の物と比べたら遥かに違う。
「お前!!! まだ書類提出してないだろう!!! 一体いつまで待たせるんだ!!!」
「スッ……すみませんッ。明日には提出しまス――」
「昨日も同じこと言ってただろうが、もう書類は提出しなくても良いから!!!
……言いたかないけどお前この仕事辞めたらどうだ???」
何も言わなかった。いや、何も言えなかった。
とうとう言われた、しかし前から解かっている事だった自覚もある。
人間には何事に向き不向きと言う物があるのだ。私は単純に向いていなかっただけ……と言い訳する。
まるで子供、滑稽だった。
その日、仕事を終えたら夜の12時になっていた。
▲
私は勝ち組だ。
事業が成功して、今や日本を担う一大企業だ。その会社の社長こそがこの私だ。
窓の外を見るとそこには街が広がる。ふと眼に入る人間達が居る。
リストラされた顔の青男、何かに絶望したような顔の男、フードを深く被った男。
あれが下等生物に思えるほどに私は勝っていた。確実に勝ちを収めていた。
きっと誰もが私のことを嫉妬している。誰もが私と交代して欲しいに決まっている、当たり前だ。
っと……こんなことを考えている暇は無い。私は起き上がってクリーニングしたてのYシャツに腕を通す。
そろそろ迎えが―――
来ない。
十分経っても二十分経っても迎えは来なかった。
私はふと鏡の前に立つ。そこには酷く疲れきった男が立っている。
これが……私???
そこで突然と背後に気配を感じた。振り向く。
「よお」
「……誰だ???」
そこにはまだ若い。20歳前後の男が立っていた。
その顔には見覚えがある・・・そう私がこの人間と同じくらいの年齢の時、そう過去の私だ。
過去の私はニヤニヤして私の姿を見て笑い出す。
「酷い姿じゃないか。どうやら現実のお前は相当な運命を歩んでるみたいだな」
「現実……???一体何の話をしている……???」
「とぼけんなよ。気づいているくせによ、お前はいつも思ってたはずだ。
夢の中の自分と現実の自分ではなぜこんなに違うかってな???
当たり前だ。夢ってのは人間の作り出す妄想であり非日常でもある。
現実で出来ない事が夢の中じゃ意図も簡単に出来ちまう。
そこでアンタは目覚めたところでこう思うはずだ。
『ああ、ずっと夢の中でもいい。現実に戻らなくてもいい。ずっと夢の中がいい』
ってな」
私は考える。それはつまりどういう事か。
いや……考えるまでも無いか。いつも私が考えていたことだ。
もし夢の中で生きるのなら、それは夢でなく“現実”になる。夢で生きようが現実で生きようがどちらの世界でも“現実”なのだ。
つまり夢の中で生きていてもそれは現実と言ってもいいのかもしれない。
「さあ選べ。俺の力を使えば、お前は一生目覚めることの無い身体になる。
その代わりにお前は一生夢の中で、お前の思うがままに生きる事が出来る。
さあ選べ!? どちらがいい。どちらの『現実』をお前は望む!?」
「私は――――」
●
「また一人増えましたね」
「まったく……この一年で患者は倍以上に膨れ上がっているぞ」
ここはとある大きな大学病院。そして一人の男がベッドの上で静かに眠っている。
この部屋だけで同じような患者が20人は居る。しかし病気とは思えない表情で患者は寝ているのだ。
不思議な事に患者たちは全員が全員“笑っている”。
まるでいい夢を見ている子供達のように。
「彼も『ユメ墜ち』なんでしょうか……???」
「恐らくな。ユメ墜ちした者たちは皆、笑顔を浮かべながら二度と目覚めることは無い」
「しかし思ったんですけどね。私達は彼に栄養を取らせていないにもかかわらず、なぜ彼らは生きているんですか???」
「……これは一部の人間しか知らないことだよ」
そう言って医者は新米の医者に資料を手渡した。たった一枚の紙切れ。
しかし、新米の医者は驚いた表情をして患者の顔を見る。
そして一言。
「でも、そんなはずは……」
「それは事実だよ。私も調べてみたがね、彼らは脳だけしか動いていないんだよ。
他の器官は活動停止。心臓でさえも……しかし彼らの脳には電気信号が見られる。
これは驚くべきことだとは思わないか???」
「電気信号ですか……まさかユメを……見ているんでしょうか……???」
「もしかしたら彼らはユメの住人となって生きているんじゃないのかな???」