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もし一介の高校生たちが異世界に行ったら  作者: ライカ
三巡目 コミュニケーション
7/8

田上昌平「厄介事の気配がする」

 こちらの世界に迷い込んでから、一週間が経とうとしている。楓はどうにか立ち歩けるようになったし、治樹は馬小屋の農夫と随分仲良くなった。時の流れは恐ろしい。……治樹が沈みがちなのが気にならないでもないが、俺がどうにかできる次元の問題でもない。それこそ時の流れか、楓にでも任せるしかないだろう。

 俺はというと、朝から晩まで土いじりをするのが少し楽しくなってきた。元々、高校を卒業したら進学はせずに、家業を継ごうと考えていた。家業というのが農業だったから、結局俺は地球でもここでも同じことをやっているらしい。


 話は変わるが、ここの文明はどうもちぐはぐな気がする。製紙や製本、活版印刷は割合発達している。治樹に言わせると、日本で言うところの昭和初めくらいだそうだ。しかし、農具はほとんど木製で、青銅は見るが鉄は見かけない。いや、包丁は鉄だったな。

 木製の鍬では深く耕せない。先端だけ青銅で覆われてもな……。耕運機をよこせとは言わないが、せめて備中鍬(深く耕せる形のくわ)が欲しい。いっそ作るか。

 そんなことを考えながら、俺は今日も炎天下、草取りをしていた。森に面する畑では、夏野菜がなかなか良い塩梅に実っている。数日前までは盗みを働かないように見張られていたが、今では信頼されているらしい。早くないか?

 少し離れた所には、麦畑が広がっている。まだ青々としていて、風のそよぐのが涼やかに見える。この光景は米でも麦でも同じだな。

「ショーヘイ!」

 明るい、しかしいささか妙な発音の呼び声に顔を上げると、畑の外でサラが手を振っていた。もう片方の手で革製の水筒を持っているのは、多分差し入れだろう。ここ数日持ってきてくれるのだ。

 立ち上がると額の汗が目に入った。手の甲で拭いつつサラに近寄り、水筒を受け取った。礼は笑顔で頷けば伝わる。若い娘を誑かしていることにならないか若干不安だが、どうやらここの村の住人は俺たち三人を子供だと思っているようなので、まあ大丈夫だろう。人種って不思議だ。

 水筒を返すと、サラがなぜかニコニコしている。俺が首をかしげるとサラは楽しそうに

「カエデ」

と言って村の方を指差した。そちらに目をやってみると、杖をついた楓がゆっくりと歩いてきていた。俺が手を振ると、杖を軽く持ち上げた。右腕はまだ動かないらしい。

 サラがどうも「行ってらっしゃい」というようなジェスチャーをしたので、楓に駆け寄る。楓はまだ顔色こそ悪いが、目に生気が戻っていた。

「体調はどうだ?」

 立ち止まって楓に尋ねる。言葉が通じるのは楽だ。村人たちは色々気を使ってくれているが、やはり日本語で会話できる存在が嬉しい。

 楓はニヤリと笑みを浮かべて

「順調だ」

と答えた。それからサラのいる方に再び歩き始め、今度は俺に向かって質問する。

「昌も無理をしていないか?」

「問題ない。……俺は、な」

「やはりか」

 楓は顔をしかめた。刹那、貧血を起こしたらしく、大きくふらついた。俺は肩の傷に触れないようにしつつ楓を支え、しゃがませた。サラが駆け寄ってきて、俺に向かって「何やってるの」と責めるような視線を送ってきた。俺が変なことを言ったせいだと思ったらしい。分かりやすいやつだ。

 とりあえず「俺じゃないぞ」と首を振っておき、俺もしゃがんで楓に視線を合わせた。楓は冷や汗をかいていたが、意識はしっかりしているようだ。俺とサラに向かって「すまない」と呟いた。すまなくはないだろうに。

 サラが俺をつついてから楓の膝の下と背に手を差し入れ、すぐに抜いてまた俺を見上げた。どうやら抱えろと言いたいらしい。楓は「やめてくれ」とぼやいていたが、サラの視線がそれはそれは痛いので「我慢しろ」と楓を持ち上げた。サラは楓の杖を持って先導した。

「軽いな」

「昌も痩せてきた」

「そうか?」

「うん」

 楓は疲れると言葉遣いが普通になる。よほど気を張っているときは別だが。そのことに本人は気付いていないようだし、教えるつもりもない。

 やはり治樹のことを話題にしたのは失敗だったかもしれない。あいつをすぐに楽にしてやれる人間がいるとすればそれは楓だと思ったのだが……。

 先導に従ってサラの自宅に入り、楓をベッドに置いたら俺は退散する。サラが何やら意味深な笑みを浮かべていた。どこの世界でも女子の考えることは同じなようだ。完全なる誤解だが、言葉が通じないので解く術もない。


 俺と楓は、共有するものが大きすぎる。だから多分、恋人にはなれない。


 畑に戻る道中で深々とため息をつくと、通りかかった村長夫人に強く背中を叩かれてむせた。

 ……いや、誤解ですって。そんな「がんばりな、若人わこうど」的な目で見ないでください。



 間が良いのか悪いのか、次に会ったのは治樹だった。馬小屋の作業は終わったらしい。俺を見かけると早歩きで近寄ってきた。

「何か手伝えそうなことあるか?」

 治樹は運動神経が抜群で頭もすこぶるよいくせに、農具の扱いが馬鹿みたいに下手だ。これしかないだろう。

「草取り」

「げ。訊かなきゃよかった」

 夏の草取りは重要だぞ?


 しばらく無言で草取りをしていたが、治樹が不意に口を開いた。

「今日、アーズが上等の馬を二頭連れてどこかへ出かけて行った。何かあるんだろうか」

 そう言われれば、村長レオンもいつもより身なりを整えていたような気がする。そのことを話すと、治樹は草取りの手を止めてこめかみに手を当てた。考え事をするときの癖だ。邪魔するのも何なので、俺は草取りを黙々と続けた。

「多分村長のレオンが礼を尽くす相手が、この村に来る、とか?」

「例えばどんな」

「貴族とかさ」

 なるほど。さすが異世界だ。俺が草を取りつつ感心していると、治樹は不安げに顔を曇らせた。

「異邦人を観察に来る、とかじゃないといいけど」

「暇な貴族だな……。もしそうだったらどうする?」

「害がありそうなら逃げるのがいいかな。この村には恩をあだで返すことになるけど」

 まあ、妥当な選択かもしれない。しかし……

「それは無理だろう」

 俺が断言してやると、治樹も頭を抱えて項垂れた。

「だよなぁ……」

 軽く歩いただけで倒れる楓を連れて、言葉も通じない場所で。西洋風の外見をした人間ばかりの中で、俺たちの見た目は目立つ。八方塞だ。

「何もないことを祈るしかないか……。ほれ治樹、ミミズ」

「うわ、近付けんな!」

「土が肥えてる証拠じゃないか」

「さすが農家の跡取りだな!」

 ふざけてやると治樹も少し元気を取り戻したようで、安心した。

 厄介事の気配がするが、備えておけることはあまりないのだ。なら、気持ちを上向きに保っておくほうがよほどいい。俺は治樹のように考え事ができるわけでもなく、楓のように仲間を勇気づけることもできない。だから“考えない方が良い事”を担当するのだ。


 本当に、何もなければいいが。

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