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もし一介の高校生たちが異世界に行ったら  作者: ライカ
二巡目 まずは堅実に
6/8

井上治樹「俺のせいじゃないはずだ」

お久しぶりです(汗。少々短いですが、三人の学校生活に触れた話になっています。

 ご飯とみそ汁が恋しい。


 海外旅行ではよく聞く台詞だが、どうやら異世界旅行でも起きる現象らしい。いや、一日二食(どうやらこの村ではそれが普通らしい)出して貰っておいて厚かましいが、食欲はあまり湧かなくなってしまったのだ。

「治樹、無理にでも食っとけ。身が持たんぞ」

 どうやら顔に出ていたらしく、昌平は自分のスープ皿から目を離さないまま注意してきた。ここ数日重労働ばかりだし、これからも暫くそうだろう。倒れでもしたら村長夫妻に迷惑だし、楓にも心配をかけてしまう。

「分かってるさ」

 居候の様子がおかしいと気づいたのか、村長夫人がこちらを心配そうに窺い、なにやら尋ねてきた。おそらく、「体調が悪いのか」と言ったところだろう。この婦人は俺の母親よりも若く見えるのだが、通じない言葉でも気にせずに話しかけてくるわ、村中の女をまとめ上げているわ、なかなかの女傑だ。

 いいえ大丈夫ですよと愛想笑いし、急いで残ったパンを口に詰め込む。十分に食べさせてもらっているだけでもありがたいことなのだ。贅沢は言っていられない。言っても通じないけど。


 食事が終わると俺は馬小屋に、昌平は畑に向かった。農家の一人息子である昌平は耕具の扱いが上手い。まさか自分の都会育ちを恨む日が来るとは思わなかった。

 馬小屋にいつもいる農夫は俺や昌平が出入りするのに慣れたらしく、熊手らしき道具を俺に渡し、付いてくるよう身振りで示した。農夫はアーズという名前らしいのだが、いつも酒でも飲んだのかと疑いたくなるような陽気さで、調子の外れた口笛を吹きながら仕事をする。覚えてしまったので口笛で合わせてみると、嬉しそうな顔をして背中をバンバン叩いてきた。むせたけれど、こっちも少し嬉しくなった。飼葉を入れ替え、水を汲み――この村の人々はこうして、単調で辛い労働の中に楽しさを見出しているのかもしれない。

 アーズを見ていると、叔父さんを思い出す。大企業の社員になった俺の父親とは対照的に、叔父さんは工場の短期労働を転々とする人だった。それでも半年に一度は兄(俺の父親)のもとを訪ね、俺の背中を叩いて「ちゃんと食ってるか、もやし小僧」などと失礼なことを言ってきたのだ。収入が不安定な叔父さんこそ、ちゃんと食べていない人だったのに。

 叔父さんの事を思い出し、両親や兄たちも思いだした。きっと心配をかけているだろう。あの日、部活でくたくたになりながらも普通に帰り、夕食を食べるはずだった末息子は、突然消えてしまったのだ。友人二人と共に。俺たち三人を体育館倉庫に閉じ込めた連中もかわいそうだ。少なくとも俺たちの死体を見ることはなかっただろうが、ほんの遊び心でやったことのはずなのに。いやむしろ――


 だめだ、考えてはいけない。


 視界が歪むのを感じて、俺は思考を打ち切った。アーズが一瞬こっちを見て、すぐに目を逸らした。

 今一番辛いのは楓で、昌平だって平気ではないはずだ。俺だけがホームシックにかかるなんて、卑怯だ。二人は黙々と耐えているのに。


 俺たちがこの世界に飛ばされたのは、俺のせいじゃないはずだ。だから、泣くな。




――*――*――




「いいよな井上は、なんでも簡単にできてさ」

 幼いころから繰り返し言われた言葉だった。同級生や先輩、酷い時には教師でさえ。

 そうか、寝る間を惜しんだ勉強や、血豆が潰れる素振りは、簡単なことなのか。そう言い返すのは大人気ないと我慢していたが、一度でもそう言った人間に親しむことはできなかった。周囲の人間のほとんどがそうだった。

 模試は全国有数、剣道もかなり上の大会まで進む。文武両道の天才。それが“井上治樹”だった。羨望や怨恨は常に付きまとった。「でも顔は普通だよな」と負け惜しみを言われることにも慣れていた。しかし心のどこかではこうも思っていたのだ。


 努力もしていないのに、俺を妬むな。何も知らないくせに羨むな。


 心を許せる友人など、存在しなかった。高校に入るまでは。

 クラスに、一風変った男がいた。あまり喋らないやつで弁当も一人で食べていることが多かったのに、見ていて腹が立つほどのイケメン。当然モテていた。そんな昌平に一度、治樹は喧嘩を売ったことがある。原因は忘れたが大層イラついていたときに、目の前で美人と談笑されたのだ。

「へぇ、お前、美人には愛想良くするんだな」

 昌平が以前、教室に押し掛けて告白してきた女子を冷たくあしらった事を揶揄したのだ。

 売り言葉に買い言葉、昌平は

「楓は友達、区別するのは当然だ。天才にはそんなことも気になるのか」

と棘のある口調で返した。

 美人――後で分かったのだが、北見楓という名前だった――は治樹と昌平の両方に・・・冷たい視線を送り、その場を立ち去った。治樹も黙って部活に向かった。

 その翌日、なんとなく早起きした治樹はいつもより一時間ほど早く登校した。学校に生徒の影はほとんどなく、校庭も校舎も静まり返っていたのだが、野球グラウンドがある片隅で昌平が素振りや走り込みをしていた。前日のことがあったので声をかけることもはばかられ、無視して教室に向かったのだが、朝練のない野球部で一人真剣にトレーニングをする姿が目に焼き付いて離れなかった。

 その次の日も、また次の日も、昌平は一人で自主練習をしていた。

 定期考査の順位が発表されたとき、治樹は無意識に昌平の名前を探した。やはり着実に上がっている。不動の一位だった治樹とは比べるまでもない順位だが、その伸び率は目を見張るものだった。

 それを見たとき、治樹はなぜか安心した。ああ、俺よりも頑張っている奴がいる、と。ひょっとしたら、外見が良い分昌平のほうがやっかみを買っているかもしれないとすら感じられた。


 それから少しして、治樹と昌平は友達になれた。

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