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もし一介の高校生たちが異世界に行ったら  作者: ライカ
二巡目 まずは堅実に
4/8

北見楓「行動あるのみだ」

 巨大狼が悲鳴を上げるのを聞いたのが最後で気を失った次第だから、私の顔を覗き込んでいた西洋風美少女には甚だ驚いた。それから慌てて部屋に飛び込んできた友人二人にはもっと驚いたが。

 私はそこでようやく、右肩の激痛に気付いた。


「楓、大丈夫か?」

 ああ、昌の心配顔を見るのは久しぶりだ。暢気のんきな感想を抱きつつ、己の状態を確認。右肩は落涙を誘うほど痛む上に、どうにも動きそうにない。慎重に上体を起こしてみると酷い眩暈がして、いつの間にやら倒れていた。後で知ったのだが、真っ青な顔を真っ白にして倒れた私に、昌と治樹は悲鳴を上げたらしい。こちらは貧血で聞いていられなかったが。

「無理をしないで。体調が良くないのは今分かったから」

 たしなめる治樹に頷き、私は体を動かすことを諦めた。代わりとして私も、上手く働かない頭を使う。

「どれくらい経った?」

 喋るのは億劫だが、黙っていても痛みが和らぐことはない。話せるところを見せることで二人を安心させる目的も持っての質問だ。

 答えたのは昌だった。

「――日」

 よく聞き取れなかったので顔をしかめると、治樹が指を何本か立てた。残念ながら視力の関係で見えなかった。察した昌が私の目にかなり近いところで三本指を出してくれたので、それでようやく三日だと分かる。

「すまん、眼鏡は失くした」

 私の目の悪さを把握している昌は、申し訳なさそうにしている。私は数年間愛用した黒縁眼鏡の末路に思いを馳せたが、見えないものは仕方がないので諦めた。

「いや、失くしたのが眼鏡だけでよかったよ。昌と治樹が助けてくれたところまでは覚えている。それだけで感謝してもしきれない」

 他にも聞きたいことは山ほどあったのだが、先ほどの西洋風美少女が再び入室したので中断された。彼女の手にはスープらしきものの入った器がある。何語なのか定かでない言語ながらも、何事か優しく語った彼女は、そのスープを私の口元まで運んでくれた。食欲があるかどうかは考える余裕がなかったが、出されたものは食べる主義だ。


 程なく全身にと纏わり付くような眠気がやってきて、私の意識は暖かい暗闇へと落ちて行った。



 次の覚醒は、半日後だったらしい。その時、あたりは薄暗く、狭い部屋の中はどうしてか蝋燭の明かりだけが灯っていた。私の寝かされているベッドの傍らに木製の椅子が置かれているのだが、それに座っているのはどうやら昌だ。流石に眼鏡が無くとも、幼馴染の佇まい程度は分かる。

 そういえば、昌は野球のユニフォームを着ていない。まるでRPGの村人のような服装だ。

 その鍛えられた体が規則的に前後に揺れているところを見るに、居眠りをしているらしい。

 口が微かに動いた。

「桜……」

 懐かしい名前だった。私の半身の名だ。

 私はどうやら熱に浮かされていたらしいが、それなりにきっぱりと口を開いた。……と、思われる。

「違う。桜はいない」

 鏡に映したような、瓜二つの顔形かおかたち。録音すれば自分たちにも区別のつかなかった声。

 しかし私は桜ではない。

 昌の頬に、薄明かりにも分かる光るものが伝った。

「……そっか、そうだったね」

 私のただでさえぼやけている視界が、更にはっきりしなくなった。だがその現象の正体を考察する余裕はなかった。

「ああ。桜は死んだ。守れなかったのは私たちだ」

 それからまた、私は眠ったらしい。



 夢うつつで、昌の疲れた声を聞いた。

「治樹、サラがパンをくれたぞ。詰め込め」

 ベッドサイドには治樹がいるらしい。私はようやく意識がはっきりしてきたので、目を開けた。昌が「お、起きたか」と居眠りから覚めた人にでも対するような軽さで言った。私は微妙に頷いた。治樹がベッドから離れた。パンを食べるらしい。それにしても、詰め込むだなど、食物への冒涜行為だ。

「どれくらい経った?」

「またそれか」

 昌はあきれるが、気になるものは仕方がない。

「狼もどきに襲われてから、丸四日だ」

 説明しながら私の額に手を当てて、「熱は大分下がったな」と顔を綻ばせた。近いので見えた。治樹は何故か、パンを齧りながらそっと目を逸らした……と思う。ぼけた視界に映ったままを正確に言うと、肌色だった治樹の頭部が黒くなったのだ。

 左手を突いて、慎重に起き上がってみた。目眩はしたが、想定の範囲内だ。今度は無様に倒れなどはしなかった。

 右腕は全く動かないが、痛みはずいぶん楽になった。順調に回復していることは確かだ。柄にもなく安心した。

 安心したことで、色々と思い出す余裕が生まれた。

「で、ここはどこだ」

 数秒の沈黙。

 口を開いたのは、治樹だった。

「異世界」

 ……どうやらまだ、熱があるらしい。


 何を以って異世界と判断したのかと問うと、治樹が持論を展開した。曰く、突然の移動、虎サイズの狼、日本語はおろか英語まで皆目通用しない西洋風の人々、村長(と、思われる男)宅で目にした世界地図と思しき壁掛け――なるほど、常軌を逸した出来事だ。大勢の人間が寄ってたかって私たちを嵌めようとしているのでもない限り、異世界と考えるのも詮方なかろう。


「楓はどう考える?」

 昌が苦い顔をしているのが目に浮かぶ。口調から察するに、昌は治樹の論を受け入れているのだろう。

「明言は避ける。信じがたい話だが、否定もできない」

「だよなぁ」

 色々と混乱しているのだろう。昌がここ数年をかけて作り上げてきた偽ハードボイルドが、剥がれている。

 昌と治樹が私に何を求めているのかは分からないが、私は答えの出ないことを考え続けるのは苦手だ。そういうのは治樹にでも任せておくことにして、脳の空き領域を別の目的に使う。


 さし迫った問題を列挙しよう。紙と鉛筆があれば便利だが、ないので昌と治樹にも記憶してもらう。


  一、帰れるか否か。帰れるとしたら、その手段。

  二、食糧やとりあえずの住居(どうせ今日明日では帰れまい)の確保。

  三、私の動かない右腕と役に立たない目。


 ああそうだ、これを忘れてはいけない。


  四、治療、衣食のお礼をする。


「こんなところか?」

「……かさがさね思うけど、なんで楓はそんなに冷静なの?」

「言っただろう治樹、この女は現実主義女王だ。足元しか見ていない」

 足元しか見ていないなど、何かにぶつかりそうな言いようだ。失礼な。

 とはいえ怒るのも大人げないので、呵々と笑って冗談を飛ばした。

「治樹は横、昌は前と後ろしか見ないから、バランスが取れていいだろう」

「ごもっとも」

 賛同した治樹は笑った。それから、

「じゃ、横しか見えない俺は、一を取って帰り道を探すよ」

と理解のある発言をしてくれた。憮然とした昌はそれでも、「二は任せろ。四は全員で当たるのが礼儀だな」と住まいの確保を担当するらしい。

「当然ながら、三は私か。まあ、なるようになるだろうから、他にも出来そうなことを探そう」

 何があるだろうか、喋りながら考えついた。


  五、ここの言語をある程度学ぶ。


 挨拶はできたほうがいいに決まっているし、そのたコミュニケーションも取れれば取れるほど良い。

 頭しか使えないのだから、それを使えばいいだろう。提案すると二人も納得してくれて、無理はするなと釘を刺されたものの、とりあえず役立たずではなくなった。


 そうと決まれば、行動あるのみだ。忙しくなる。

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