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田上昌平「お願いです、助けてください」

 田上昌平だ。

 現在、三人連れで森の中を逃走している。追ってくる影は見えないが、立ち止まれば別の危険もあった。


「治樹、気張れ! 村が見えたぞ!」

 時折振り返らないと、親友がついて来れているか不安になる。なんせ、治樹は意識のない楓を抱えているのだ。いくら治樹に体力があり、楓が自称するよりかなり細いとはいえ、人間一人を持って走るのは辛いはずだ。加えて、足元の不安定な道無き道が行く手を阻んだ。

「先に行って、助けを頼んでくれ!」

 治樹は知恵が働く。先ほども、治樹の機転がなければ、狼から楓を奪い返すことはできなかっただろう。俺には真似ができない。

 その治樹が言うことだ。信頼に値する。

 今最優先するべきは楓の命であって、俺たちの安全ではない。

 俺は走る速度を上げた。



 楓が『村のような』と形容した理由が良く分かる。そこは俺と楓の出身地である“村”とは随分違う様相だった。簡単に言えば、中世ヨーロッパのような村だ。

 異国調の木造住宅がちらほらと立ち並ぶ中に、数人の人間が立ち話をしていた。こちらも、日本ではお目にかかれないような男たちだ。髪の色が金だの赤だの(黒もいるが)派手で、俺に気付いて振り返った顔は皆堀が深く、瞳の色も黒ではない。彼らは俺が走っているのを見て警戒したような表情をしたが、ここで遠慮するわけにはいかない。


 日本語が通用するか不安だったが、とっさに英語を出せるほど優秀な頭脳は持っていない。全力疾走して大きく息が吸えなかったが、吸えないなりに叫んだ。

「助けてくれ、連れが大怪我をしたんだ!」

 すると、男たちはすぐに警戒を驚愕や心配に変えた。日本語を理解したかはさておき、切迫した状況にあることは理解してくれたらしい。

 金髪の中年が外国映画で主演をしていそうな顔を引き締め、俺の背後を指差して何事か呟いた。やはり外国語だ。何語なのかは分からないが。

 治樹が追いついてきていた。

「お願いです、助けてください」

 俺はとりあえず日本語で叫んで頭を深く下げた。お願いです、楓を助けてください。


 男の足が動いたので顔を上げると、精悍な顔が頷く。金髪の男は背後の仲間に二、三言指示を出し、楓を抱えた治樹を手招きした。掌を上に向ける西洋風の手招きだった。

 治樹の足取りが覚束なかったので、「代わる」と断って楓を受け取ろうとしたのだが、治樹は首を横に振って腕に力を込めると、金髪男の後に続いた。治樹のことだから、運び手を交代すると楓に負担が大きいと思ったのだろう。

 治樹が歩いた後には、楓の血が点々と続いている。恐ろしい光景だった。



 楓死んでしまうのか?

 考えないようにしていた疑問が、脳裏に浮かんでしまう。よせ縁起でもないと思考を止めようとしても、簡単に止まるものではない。治樹の後を呆然として追いながら、血の気が引く感覚がした。

 楓とそっくりのあいつ・・・の死に顔が浮かぶ。子供を庇ってトラックにねられたあいつ・・・と、化け物みたいな大きさの狼に襲われても、俺と治樹に逃げろと言った楓と。

 どうしても、重なってしまう。



 立ち尽くしていると後ろから、村の人間に肩を叩かれた。振り返ると、少女だ。

 その子はなにやら外国語で喋って、陶器のコップに入った水を渡してくれた。何語なのかは分からなかったが、飲めということらしい。

 受け取って飲んでみると、水からはほんの僅かな塩味がした。喉が酷く渇いていることに、ようやく気付いた。スポーツ飲料ではないが、塩味が嬉しい。

 礼を言うと、その子は微笑んで、楓が運ばれていった小屋へと歩き出した。俺も続く。


 小屋の外には、どうやら追い出されたらしい治樹が座り込んでいた。少女が治樹にも塩水を渡した。治樹は疲れきった顔で微笑んで、「ありがとう」と日本語で言っていた。それから自分を指差して「治樹」とゆっくり言い、俺を指して「昌平」と紹介した。少女は「マコト」、「リョーヘイ」と訛った復唱をして、「サラ」と名乗った。

 治樹が「英語を話せますか」と下手な英語で問うと、サラは困ったように首をすくめた。英語は理解できないらしい。となると、日本語と粗末な英語しか分からない俺たちと会話することはできない。

 とりあえず、中の怪我人が「楓」だと伝えると、サラは小屋に入っていった。

「男は出て行けってことだと思う。治療してくれている人も、女性ばかりだった」

 治樹が説明してくれた。それから少し間を空けて、

「助かるよな?」

と聞いてきた。

「縁起でもない事を言うな。あいつのしぶとさは折り紙つきだぞ。さくらとは違う」

 思わず出てきたあいつ・・・の名が、俺の動揺を物語っていた。

「確かに、儚さを象徴する花と比べるのは間違ってるけど……」

 どうも誤解しているらしい治樹は放っておいてもよかったのだが、後々楓に説明させるのも酷い話だろう。

「……桜ってのは、楓の双子の妹の名前だ」

「へえ、初耳だ」

「一昨年、交通事故で死んだ。俺の彼女だった」

「……そうか」

 治樹は俺の親友だが、高校に入学してからだ。桜のことは、話す機会がなかった。


 話を変えることにしよう。

「治樹、ここの人たちが話しているのは何語だと思う」

 どうせ分からないだろうけれど聞いてみると、やはり分からないらしい。

「ヨーロッパ風ではあるけどね。ドイツ語とイタリア語を足して二で割ったような発音に聞こえる」

 つまり、聞き取れない。ドイツ語やイタリア語なんて、音楽の授業で曲付きのを聴いただけだ。音楽好きの楓なら少しは覚えていそうだが、そんなもの単位が取れればいいと思っていた俺たちはさっぱりだ。

 それから少し考え込んだ治樹は、難しい顔をした。

「昌平、俺は頭がおかしくなったかもしれない」

「は?」

「ここが、異世界じゃないかと思う。根拠ならある。体調から判断して、長時間眠っていたなんてことはないのに、明らかに日本ではない風景や人、言葉……極めつけは、楓を襲った狼だ」

 勿論、異世界が存在することを前提にした論だけどね。と締め括り、治樹は俺の反応を待っている。


 インターネット小説で、よく読む話だ。異世界に迷い込みました。

 ただ、迷い込んだだけ、というのが妙なリアリティを醸している。黒髪黒目が特別というような日本人うけする設定も(多分)なければ、身体能力が上がっているというご都合主義的な設定もない。今のところしがらみがないのは有難いが、同時に保護だってない。説明してくれる存在もない。


 そこまで考えて、苦笑した。俺は、異世界だなんて非現実的な話を受け入れている。

「頭がおかしいなんて思わねぇよ。俺もここは地球じゃないんじゃないかと思う。ヨーロッパであれば、片言の英語が通じるだろ。サラみたいにあからさまに分からない顔はしない。……あとは現実主義女王の御復活を待つだけだな」

「ああ」


 生きろよ、楓。老衰以外では死なないって約束しただろう?

 書き貯めがあったのでほいほい投稿しましたが、これから更新が遅くなります。

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